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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十七話(高賀山,前編)
298/404

298部:両面宿儺

大矢田神社境内。

鳥居をくぐり、長い石段を上って本殿へと向かう。近隣の村々から多くの人達がこの祭りに参加し、境内は人で溢れていた。

皆、思い思いに着飾り、老若男女貴賤問わず、拝殿前に順に並んで、次々と神様に祈りを捧げている。


本殿前、広場中央に設けられた切妻造りの屋根の付いた舞台では、巫女が二人華麗な舞を披露し、舞殿を中心に観衆が何重にも取り巻いていた。

拝殿側では行列を構成していた人達が、山言葉とよばれる普段使われない言葉で構成された唄を合唱する。そして手に持った拍子木を打ち鳴らして、鐘や太鼓を節目に入れていた。


「「あの人は?!」」

一段高い舞台の中央で踊る舞姫に注目する傍衆達。

「桜を治療してくれた人だな」

「はいっ」

「やはりそうか。優雅な立ち居振る舞いだな」

じっと見入る奇妙丸達。

「それにしても、不思議な謡だ」

山田勝盛が、詩の内容を必死に聞き取ろうとしていた。

「初めて聴くし、初めて見る踊りです」

物珍しげに祭りの様子を見まわす生駒三吉。

「とても惹きつけられる踊りだ。しかも、二人とも見事なほどに動作が揃っている」

楽呂左衛門は、日本の踊りに魅入っている。


桜が観衆の中に入り、聞き込みを始めた。

「すいません、あの方のお名前は?」

「拝殿踊りの名手。椛ノおよし、おおりょう姉妹様だ。皆は、姫と呼んでいるがな」

桜の問いに気安く応える町人。

「あのお方は、およし姫というのか」

奇妙丸も舞台を傍で眺めようと観衆の中に居た。

「妹の方はお良姫か」

生駒三吉が奇妙丸の傍らにいる。

「確かに姫と呼ばれるほどに気品がある」

池田正九郎も二人の舞の美しさに目が離せなかった。


*****


娘二人の踊りに注目する観衆。

「おい、於八あれ!」と肩を小突く於勝。

「ん、あの女か?」

「何処かで見たことは無いか?」

「・・・・・」

「あれは、熱田でみたくノ一!」

とっさに駆け出す二人。


背後に立つ人の気配に気づいた桜。

「澪!」

桜の幼馴染で甲賀黒川村のくノ一・澪だった。

「ひさしぶりね、桜」

抜け忍として追われていた伴兄弟は、今は織田家に召し抱えられているとはいえ、掟を順守しようとする甲賀の保守派には警戒心を解いていなかった。

懐剣を握り身構える桜。


「そこの女!」

「逃げ場はないぞ!」

駆けつける於八と於勝。

奇妙丸の周囲では、喧嘩が始まったと騒然となった。

「ふふふ、貴方を討ちに来たのではないわ」

「ということは、何かを盗みに? 次は何を狙っているの?」

睨み合う二人。

「ここでの問答は無粋。境内から外に出ようか」

と割って入る半兵衛。

「ええ、いいわ」

澪が応じたので半兵衛が先導し、澪の左右を於勝と於八が抑え、桜が後に付く。


祭りの音が遠くに聞こえる場所までやってきた一行。

「それでは、きかせてもらおうか。草薙ノ剣を何故盗んだのだ」

奇妙丸が澪に問う。

「ふふふっ。それは六角承禎入道様の命です」

澪のいったことは真っ赤な嘘だ。


「なぜ、明智殿が草薙剣を取り戻せたのだ?」

於八が、ずっと気にかかっていたことを問う。

「ふふふっ、今、黒川様は明智様の与力。私達はいわば将軍家家臣、そして将軍家に出仕する織田家の盟友となっているのよ」

「明智殿の? 甲賀は六角家を見限ったということ?」

「ええ。甲賀衆は分裂してしまった。昔からの甲賀惣中の掟も機能しなくなったわ」

「ならば、澪も自由?」

「いいえ、私は今の主・明智様の命でここに来ている、今日は貴方達に警告しておくわ」


「北美濃は、西美濃三人衆にも所縁がある。三人衆の総意で、入道一鉄様の婿・斎藤利三殿が北美濃を統括しているわ。それに今は、飛騨の両面宿儺も美濃を伺っている。余計な手出しはしないことね」

「将軍様の命で、明智殿もそれに一役買っているということ?」

「ふふふっ」

「美濃は鎌倉の頃より土岐家のもの。桔梗の旗の下にあるのが正しい事だわ」

「織田家に謀反すると言うの?」

「いいえ。織田家が天下の管領家となって京都に常駐するようになった暁には、美濃守護職は土岐家のものへとおのずと戻るということよ」

「既にその時の準備を始めていると?」

「それじゃあ、警告したわよ、桜」

「待って!」

「私にはまだ用事があるの、じゃあね」

観衆の人混みの中に溶け込み、あっという間に消えてしまう黒川ノ澪。

「行ってしまった」


*****


「桜、どうした?」

「澪の言っていたことは・・」

澪の言葉を心の中で反復する桜。

「飛騨の両面宿儺が、美濃を伺っていると言っていましたね」

半兵衛が腕組みをし、それから左手で顎を撫でる。

「半兵衛殿、飛騨の両面宿儺とは?」

伝説の怪物の名であることは知っているが、今の世にもいるということか。


「私の義父・安藤守就殿は、郡上の遠藤左馬助盛枝(のち慶隆)と接近しております。北と東美濃方面は飛騨の姉小路自綱との関係が急速に悪化しているとのこと」

「姉小路家?」

「元々は三木自綱と名乗っていましたが・・。現在は信長様の要請に応じて上洛中です」

「ほうほう」


竹中半兵衛も北美濃の関係者という事になるが、半兵衛は安藤守就の指示で動いているわけではないだろう。それだけは確信できる。

半兵衛は昔、旧主・斎藤龍興と同僚に侮られ、石垣の上から小便をかけられるという屈辱的な扱いを受けた為、反逆したのである。

戦国の世、主から不当な扱いを受けたのだから仕返しをするのは当然だ。

家中をまとめることが出来なかった龍興の、君主としての器量が足りなかったといえよう。

自ら仕官すると言ってくれた半兵衛の期待に応えなくてはと思う。


「四国の土佐国司・一条家、飛騨の国司・姉小路家は、今の世の両面宿儺。そしてそれを操るは京都摂関一条家。権大納言一条内基様」

半兵衛の言葉をひとつひとつ刻む。

「土佐の長曾我部家が京都一条家の保護の下に息を吹き返したと聞きますね」

信長の小姓だった池田正九郎は、上洛に従って上方に居たので四国の事にも詳しい。

「京都一条家の影響力は侮れぬということか・・」

佐治新太郎をちらりとみる奇妙丸。

新太郎は最近、一条内基から妙に気に入られ、文を交わす仲となっている。新太郎の忠誠心を疑うわけではないが、一条家から求められての情報漏洩や、妙な勧誘には気を付けてほしいものだと心の片隅で願う。


そして、美濃の豪族・丸茂兵庫助長照殿と、一条内基の関係が深いことは判っている。それに息子の丸茂三郎兵衛長隆殿は稲葉一鉄入道殿の娘婿の関係だ。これに明智光秀殿や朝山日乗殿を介して、西美濃三人衆も水面下で動き出しているということか・・。やはり、京都の殿上人。貴族の方々の動きにも注意が必要だな.



金森甚七郎が進み出る。

「私の父が、北美濃方面を管轄下に置くようにと信長様からは命令されていると言っていました」

「そうであるな。金森五郎八長近殿は土岐家一門ながら道三様の娘婿として私の義理の叔父だ。それに、我が叔父・斎藤新五郎長龍殿とともに北東方面の備えも受けているはず」

現況から答えを導き出そうと思案し、美濃の地図を思い浮かべ空を見上げる。

「織田家の準一門で基盤を固める備えに対して、足利義昭が明智殿を通して美濃三人衆と結びつき、北美濃を影響下に置こうとしているのかも・・・」


「大桑城の金森長近殿は、鉈尾山城主の佐藤秀方殿と一門でもあるな」

「はい。祖父・定近様の娘婿です。現在は北の長屋氏を抑える為に共闘しています」

「郡上への道中、鉈於山へと挨拶に立ち寄ってみるか。北美濃での各勢力の動き、情報をつかめるやもしれぬ」

「「はっ!」」

傍にいるものが一斉に応じた。


未だ、美濃の統一が完全になったわけではないのだな・・。

私が、美濃の諸豪族から奇蝶きちょう母上の嫡子として完全に認知されるまでは、真の美濃国主とは言えぬ。


自分の知らない処で物事が動いている。

美濃諸豪にとって自分の存在は、まだちっぽけなものだと感じた奇妙丸だった。



澪は125部に登場しています。

地図は285部の美濃国の諸勢力図をご参照下さい。

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