295部:郡上街道
白山・郡上街道
長良川の流れを横に見ながら、奇妙丸一行は街道を北上する。
「於八、お前達は関で何を見て来た?」
馬上から於八の方を振り返り、関での成果を聞く奇妙丸。
於勝達も仲間の動きには関心があった。
「城下に良い女娘がいたか?」
直感のまま、すかさず聞く於勝。
「違うわ!」やや呆れ顔で否定する於八。
「私は、楽呂左衛門や鯰江森親子と共に、鉄の加工について研究してまいりました」
奇妙丸に真面目な表情で答える。
「鍛冶場に行ってきたのか?」
そういえば、町を離れてからも、於八や白武者衆の周辺では焦げた匂いがする。
「ええ。相槌打ちを習得して参りました」
「相槌?」
「はい。刀の作刀において相槌打ちとは、熱いうちに鉄を仕上げる為に必要な作業だということです」
「鉄は熱いうちに敲くか」
どこかで聞いた言葉の通りだな。
妙に納得した奇妙丸。
二人の傍に竹中半兵衛が馬を寄せてきた。半兵衛も於八達側近の行動には関心がある。
「相槌の始まりは、京都の刀匠・三条宗近という伝承がありますね」
半兵衛の言葉に、奇妙丸が記憶を辿る。
「“宗近”といえば伝説的な刀工。粟田信濃守又は、藤四郎とも呼ばれているな」
半兵衛が補足説明する。
「彼は山城国京都の三条粟田口に住んでいた貴族の刀匠で、一条天皇の頃(980~1011)の人物です。姓は橘姓だったとも伝わります。一条帝に作刀を依頼されたものの満足のいく出来にならず途方に暮れていたところ、彼の氏神である稲荷神が手を貸して相槌を打ち、名刀・小狐丸を完成させたと言います」
「小狐丸か、その名、聞いたことがある!」
於勝と正九郎が、刀の名前に反応する。
「今は九条家の所蔵と聞きます」
半兵衛は現在の所有者も知っていた。
「摂関家に伝わる刀か・・。刀があるということは本当にいた人物なのだな」
「稲荷神は刀剣にも深い関わりがあるのでしょうね」
稲荷神の由来にも関心がある半兵衛。
「稲荷の神が氏神の氏族と言えば山城国の秦氏。しかし、宗近は橘姓だったともいう。
古代の秦氏と、新興の橘氏の両者が結びついて刀剣に関わっていたのだろうか・・・」
古の謎へと思いを馳せる奇妙丸。
於八は、於勝の用事がどうなったのかが気掛かりだ。
「於勝、お主こそ、関和泉守兼定に会えたと聞いたが、成果はどうだったのだ?」
「うむぅ。兼定殿の条件を満たすのにまず隕鉄とやらを手に入れねばならなくなったのだ」
「隕鉄?!」
「流れ星の欠片だ」
「ほ~う。難題だな。それで、見通しはあるのか?」
「神頼みというか、道すがら巫女を探すことになった」
「巫者に占ってもらうのか?」
「うむ。藁をもすがる思いだ」
兄の為に、なんとかしたいと決意する於勝。
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一行は郡上への中継地、大矢田へと近づく。
「桜、どうした?」
先程から、桜が蟀谷を抑えて静かにしていることに生駒三吉が気付いた。
「少し頭が重くて」
気丈に応える桜だが、無理をしているように思えた。
「陽射しにやられたのかもしれぬ。ここで小休止するか」
奇妙丸も、ただただ馬に運ばれている感じがする桜の不調が気になる。
「すみません」
「なに、謝ることは無い」
いつもならへこたれない気概を示す桜だが、相当具合が悪いのだろう。
「この先の森に湧水がありそうだ!水を飲むなら、川の水よりも新鮮で冷たい方がいいでしょう。先に行って確かめて参ります」
佐治新太郎が気をきかせて、水源地を探しに先行することを名乗り出た。
「頼む!」
奇妙丸の命で、一行は街道で休息をいれる。
馬を降り、それぞれに街道の脇に木陰を見つけて休む。
そこへ行商の様な一団が街道を登ってきた。
よく観察すると50名ほどの老若男女が同じような白い襷をかけて中央の駕籠を囲んでいる。
最初は行商に思えたが、幟を掲げていないので特に商売をしているという訳ではなさそうだ。
奇妙丸達の傍まで来ると、女駕籠の中から指示する者の声が聞こえ、一団が停まった。
駕籠から若い女性が降りて来た。
女性からは何か神聖な雰囲気が漂い、一団の者は皆、この女性を崇めている様子だ。
奇妙丸達もただただ呆然と見守る。
しずしずと歩き出す女性。
木陰で休む桜の前に来て、しゃがんで表情を覗き込む。そして、桜だけに聞こえるような小さな声で問いかける。
「娘さん、大丈夫ですか?」
「なぜ私が女だと?」
完璧な男装を見破られたと衝撃を受けながら、小さな声で答える桜。
「そのような気がしただけですよ」
桜にニコリと微笑む。悪意のない笑顔だ。
「私が手当てをいたしましょう」
女性がそっと桜の額に手を当てた。
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