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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十六話(関・安桜山編)
293/404

293部:兼定

神明しんめい神社、鳥居前。


大島光成と共に奇妙丸を先導していた竹中半兵衛が、おもむろに振り返る。

「若様は何故、神明神社に参拝しようと思われたのです?」


「ここに来たのは、伊勢神宮のことを思い出したからだ」

少し恥ずかし気に応える。感傷に浸るようで照れくさい理由だ。

「天照大神の?」

「直接的には、伊雑宮いぞうのみや・玉色姫のことを思い出したのだ」

隣を歩く桜にも説明する。

国崎海士潜女くにさきのかずきめ・弁天御前様も、海女達との出会いも、遠い昔だったような気がしますね」

桜も志摩の海に思いを馳せる。

「うむ。いろいろとあった。それに神秘的な体験をした。これからの姫達の無事を祈りたいし、そして我々の旅の安全も願おうと思ってな」

「そうですね」


「奇妙丸様は神様を、信じて居られるのですね?」

光成が、信長に比して奇妙丸の方が信心深いのか?と思う。


「うーむ。そうだな、信仰というか大自然の人の力の及ばぬ造形や、人と人のめぐり合わせ等に、時折、人知を超えた説明できない神秘的なものを感じずには居られぬ事もある」

「確かに・・」

半兵衛も納得顔をする。

何処かで誰もが、その様な神意を感じる体験をしているのだろう。

「人力ではどうしようもないものに対しての畏怖の念ですね」

光成が話しを纏める。

「そうだな」

奇妙丸が静かに頷き、拝殿に向かう。


****

刀匠街。


「於勝殿は確か、“兼定”のような槍と言ったな」

白江権左衛門が、於勝の言葉を指摘する。

「残念ながら“兼定”は美濃伝ではあるが、関七派ではない。ここでは最近、それ以外の者は末関すえせき鍛冶という」

「そうなのですか?」


・・・・織田家領内で推し進める殖産工業は、領内各地に鍛冶集団を分散させる原因ともなっていた。関城下の刀匠達にとっては、織田家の御膝元に居ることで刀剣の受注が増え、安定した政治と物資供給、物価により以前よりも収入は増加することにもなった。

しかし、織田家の有力武将に引き抜かれ新天地を求めていった”末関”派閥が各地で根付き、生産力を向上させたことにより、美濃中央で繁栄してきた“関 鍛冶座”の求心力が弱まり、「座」の解体の恐れが出て来ていた。

現在では、関ばかりでなく、蜂屋(兼貞など)、坂倉、赤坂(兼元など)、清水(兼定など)等の各地の市でも「美濃刀」は打たれていた。


「今、関の名工といえば、孫六・四代目兼元殿もしくは、和泉守・三代目兼定*殿の二公と言われているが、お二方は織田家に引き抜かれ、関鍛冶座からは脱会されて御座る」

「それで、七人頭衆が渋い顔をしていたのか?」

「おそらく。同門の流れながら、関鍛冶の団結を乱す者として、微妙な扱いとなっているのでしょうね。侮蔑と嫉妬の交じった意味で“末関まっせき”と呼んでいる様です」


「清水の領主・稲葉殿の所では三代目和泉守・兼定殿、氏家殿の大垣・赤坂では四代目孫六・兼元殿が惣領となって、槌を振るって居られます」

「孫六と、和泉守」

腰の愛刀“十連針兼定”に触れる於勝。

兼定は清水の鍛冶で、関ノ奈良派からの分かれだ。


「私の刀は、兼元殿の作です」

と剛剣を見せる白江。「折れず、曲がらず、良く切れます」

装飾が無く質素な造りだが、刀身幅が太く、実戦用の刀であることが分かる。

兼元は、大垣赤坂の金子孫六の流派で、関ノ三阿弥派からの分かれだ。


「和泉守兼定殿に打って欲しければ、稲葉殿の下を訪ねて当たってみるが宜しかろう」

白江が、於勝に助言を贈る。

「御教授、ありがとうで御座る」

丁寧にお辞儀をする於勝に、一緒に頭を下げる新太郎。

「兄上に、名槍を用意できると良いな」

白江が於勝の肩を軽く叩いて、その場を去って行った。


****

神明神社境内。


「於勝、成果はあったか?」

難しい顔をしている於勝に話しかける奇妙丸。

「白江殿という気になる人物に出会い案内してもらいました」

「白江?」

「加治田の斎藤長龍殿の与力衆に御座います」

半兵衛が説明する。

「ほうほう」

流石、半兵衛殿だ。加治田衆にも詳しい。

「後で長龍殿にも礼を言っておこう」

叔父である長龍殿とも話す話題が増えた。今度、加治田衆の面々を紹介してもらおう。


「それで槍はどうなった?」

「自分の思う槍を得るには、和泉守兼定殿に面会せねばならぬということだけは分かりました」

於勝が残念そうな表情に変わる。

「今は西美濃三人衆の御一人・稲葉殿のご領地、清水で和泉守兼定殿が鍛冶をしているそうです」

「清水か・・・」

「西美濃は逆方向だ・・、また今度だな」

「我が故郷に参られる時に立ち寄られればよかろう」

半兵衛が、故郷・菩提山に行く機会にと於勝を慰める。


「和泉守は、ここにも居るぞ」

木陰の下から、杖をついた背の高い老人が、ひょっこりと現れた。

「本当ですか、御老体?」

「どこだ?どこにいるのか教えて下され?」

「どちらか教えていただけますか?」

新太郎に於勝がたて続けて老人に問いかける。


「この儂だ」

身形は薄汚れた旅装姿で、痩せて、ひょろ長い感じの老人だ。


「え?」

「ふざけんな爺! 剛剣造りの兼定が、こんなひょろひょろの分けがないだろう!」

於勝は老人におちょくられていると思い憤慨する。


「ふぉっ ふぉっ ふぉっ」

「何がおかしい?!」

「若いのう。若いから人を見た目で判断しよる。儂は、芯がしっかりしているならば反り返っている若者も嫌いではないがな。ふおっ ふおっ ふおっ」

失礼に逆上してもおかしくはないが、ここは余裕を見せる老人。


「和泉守と承る。どうか本当の名を教えて下され」

半兵衛が礼儀正しく挨拶する。

「うむ。儂が二代目和泉守・兼定、またの名を之定じゃ」

之定ゆきさだ??!!」

「ニ代目・兼定殿!!」

突然の和泉守の登場に驚愕する奇妙丸達。


「之定殿は、ここで、何をなされているのですか?」

「名を三代目に譲ったので、私は諸国を見て回ろうと思い立ちましてな。出発前にまず、故郷・関の神明神社に願を掛けに参ったのですよ」

「それは、神明様のご引き合わせですね」

またも不思議な出会いがあるものだ。

「ここで出会いましたのも何かの縁。之定殿、ここに居る於勝は、貴方に兄の使う槍を打って欲しくて必死なのです。どうですか、彼の為にひとつ刀を造って頂けませぬか?」


「私でなくても、申し込みがあれば三代目・関の和泉守兼定が受けましょう」

「私は量産品ではなく、兼定殿が全ての技術をかけて造って頂いた、ただひとつの名槍を頂きたいのです!」

「ほ~う。私の全てですか」

「馬十頭ではどうでしょうか?」

「ふむぅ、特に今は欲しいものではありませんな」

「黄金も僅かではありますが」

「我らは丹羽殿から鉄鉱石の補充と、丹羽殿の与力である木下藤吉郎からは鍛冶の燃料となる木炭の供給を受けている。安定した生業の中で欲しいものはない。我、流派も安泰とみて私は次代に譲り隠居したのでござる」


「ご隠居されるのですか?」

驚くとともに残念だという思いの奇妙丸。

「本当に隠居されるのですか? 造ってみたい刀はないのですか?」

於勝が食い下がる。

「ふ~~~~む。小賢しいことを言いよるな。確かに未練はある・・」

しばらく考え込む之定。


「刀を作ってやっても良いが、条件がある!」

之定の言葉に、於勝の目が輝く。

「強いて言うならば、昔、鍛冶修行仲間だった村正むらまさが、鍛冶の原料に取り入れたという流星の欠片を、私も手に入れて刀を造りたい」

「村正殿とは、桑名の刀工の」

「瀧川殿の下で刀剣を量産されている一派だな」

「奴とは若い頃に師匠の下で相槌の仲だったのだが、最近、村正は自らを“日本一の刀匠”だと豪語しておるそうだ」

「桑名の村正殿は、切れ味を見れば誰の作か分かる、と「村正」銘を入れる事も辞めたと聞きますね」

村正の話題にムッとした表情をする之定。


「儂も星の欠片を原料にして、刀槍を打ってみたいものだが・・」

「星の欠片を手に入れる以前に、その物を見たことも聞いたことも御座いません」

と条件の難易度に新太郎が驚きの声を上げる。

「古代の大陸では、隕石から得られる「隕鉄」という鉄で剣を造った事があると、書物で読んだ覚えがありますな」

「流石、半兵衛殿。物知りじゃ」

「隕鉄か・・」


「その隕鉄!星の欠片を手に入れて見せます!!」

於勝はやる気を失っていない。

「お主が見つけ出すことができるのかな?」

と、ニヤリと笑う之定。

「やって見せましょう。武士に二言はない!!!」


郡上への旅に、「流星の欠片探し」という新たな要素が加わった。


*****


* 銘=疋定ひきさだ

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