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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十六話(関・安桜山編)
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286部:文書(もんじょ)殿

(四月末!?)

奇妙丸の傍衆達は、半兵衛は未来をどこまで見透かしているのだろうと、

その言葉に畏敬の念を抱く。


気掛かりなのは「楚葉矢ノ剣」盗難事件が解決していないことだ。剣の封印は解かれ呪いの魔力は解放されたままだ。これが天下にどのような風雲を呼ぶのか想像がつかない。近々、天下の静謐を覆す「応仁の大乱」の様な戦争が始まるかもしれない。戦国の世は未だ治まったわけではない。


奇妙丸の中で、嫌な予感が頭をよぎる。

(あれから伊賀では、盾崎道順が亡くなり音羽48人党が発足したという。伴ノ一郎の調べでは、音羽48の棟梁・城戸某の手を経て六角家が剣を手中にしたという噂もある)

物憂げな表情になった奇妙丸。


「雪解けには、まだ少し時間に猶予があるな」

楽呂左衛門が積雪の残る山並みを眺める。ただの呟きだが呂左衛門の一言は重みがあり広間の誰もが彼に注目し、その視線の先を追った。


「その間に、こちらの足元を固めておきましょう」半兵衛が真剣な表情で奇妙丸を見る。

「異存ない」頷く奇妙丸。


奇妙丸の指示で、書物や絵図の入った長持から、一枚が両手を広げた程の幅のある大きな絵図面が持ち出され、床の上に並べられる。これほど大きな紙は庶民では入手することは出来ないものだ。

奇妙丸が手を尽くして手に入れた越前・若狭・近江・美濃・飛騨・信濃西部の地図だ。


「これは、これは、よくお集めになられましたね」

半兵衛が、奇妙丸の秘蔵していた良質な地図に感心する。

「昔から地図を読み解くことを瀧川殿に教えられ、秘かに収集して参りました。これを基に半兵衛殿に各地の現状を分析して頂きたいのですが」

もろこしの国のことですが、かつて、しん帝国の帝都・咸陽に乱入した劉邦(のち漢帝国の高祖)の腹心である張良ちょうりょう(秦の世を終わらせた天才軍師)と蕭何しょうか(後に漢帝国の宰相)は、阿房宮の美女や金銀宝物には目もくれず、役所・文書殿にある歴史書に各地の風土を記した地図や戸籍を確保しに走ったそうです。それほどに次の世を狙う政治家にとっては、歴史書と地図は天下を支配するには重要な物なのです」

「そうなのか。そう言われれば、父と長秀殿の行動に納得いくことがある。長秀殿から父は昔から唐国や日本の書物を読んでいたと聞いた」

「やはり、そうでしたか。殿様のうつけ姿とは、世を欺く仮の姿・・・」

若い頃の信長を見た目だけで判断し侮った者達は、ほぼ世の中から一掃されている。


「先程も申しましたが、殿様の都での長期逗留は越前侵攻を視野に入れてのことでしょう」

「それは父のみぞ知るところだ」

織田家の最高軍事機密であろうことは、奇妙丸には未だ関わらざるところだ。どこで誰が聞いているかも分からないので断言は避ける。


「現在の織田家にとって、幕政を顧みぬ朝倉家を放置することは、天下の面目を失うことになります」と構わず続ける半兵衛。

「朝倉義景は、織田家を下に見ているのだろうな」

於勝はなにかと鼻に着く雰囲気の朝倉家を好きではない。

「ええ、守護家となった朝倉が、斯波家の家臣である織田家に従う事は尊厳が許さないのでしょう」

「それだけのことで」

現在の将軍家もそうだが、旧来の権威にすがりつづけることは大局を見失うことに繋がるのではないかと感じる三吉。


「私は北美濃の情勢が心配です。どうですか?」

奇妙丸が半兵衛に思いを告げる。

「当然、織田家の地盤を切り崩すべく、朝倉家による調略の手が、北美濃の諸将に及んでいることでしょう。そして、美濃の諸将の脳裏には、潜在的に武田入道信玄への畏怖の念が存在しております」

半兵衛が説明する。

「ううむ、確かに。遠山家で起きた「遠山七家惣領職」争い調停の為、武田信玄の介入した武田騎馬軍の東美濃乱入での電光石火の進撃の恐ろしさは聞き及んでいる」

賛同する山田三左衛門。山田氏は美濃国にも多くの縁戚が居るので、美濃に住む侍の心情は良く分かる。

(足元を固める為には、美濃諸将の心の動きの様子も熟知しなければならぬな)


北美濃、郡上郡を扇子の先で指す半兵衛。

「奇妙丸様は、殿様の意を汲む為に気を割いてこられた経験からか、人心を読むことを自然に体得されている。美濃諸将と実際に会って話をすれば、おのずと美濃の治世へと反映されて行く事でしょう」

「半兵衛殿には私の心のうちも見透かされている様です」

奇妙丸の考えたことも既に見抜かれている。


「それでは北美濃の様子を見に行くか!」

立ち上がる奇妙丸。

「私もお供します」

頭を下げる半兵衛。それに続いて傍衆達が一斉に礼をする。

「「承知いたしました、我が君!」」


*****

その頃、近江小谷城の清水谷浅井館。


浅井久政の部屋を訪ねていた長政。久政は昼間から酒をあおっている。

「父上、私は母上を救出しに越前に参りたいと思います」

(敵地に身を投げ捨てて、自分を育ててくれた母に、私は報いねばならない)

長政は固く決意していた。


「そ、そうか。阿古の居場所は分かるのか?」

長政の言葉の圧力に、真正面から息子の眼を見る事ができない久政。

「足羽三カ庄(北ノ庄・社庄・木田庄)十人衆の有力者・橘屋、国人の堀江家の者達と連絡を取っております。一乗谷の情報は掴んでいます」

・・・・越前の足羽三ケ庄軽物座は、金津八日市、今館郡水落と大野、遠敷郡東市場からの物資を集め加工し生産した商品を、浅井家の支配する北陸街道と脇街道を通じて太平洋側の南日本(畿内・東海道)に輸出していた。商人達は義景の進める京都や岐阜方面への物資の停止という経済的な封鎖の陰で、義景の意に反してでも商業圏を維持しようと長政との結びつきを強化していた。


「そうか」

「私が小谷に不在の間、家臣たちが何を言って来ても、兵は動かさないで下さい。浅井家の当主は私ですから」

「う、うむ。阿古を宜しく頼む」

「身内を人質に出すことはもう辞めましょう、父上」

じっと、父を見下ろす長政。


「わ、わかった」

久政はひじ掛けに縋るように身を縮めて、空になった盃に酒を注ぐ。


父を一瞥して、身を翻し退出する。

「殿様、誰をお供に?」

浅井の両玄蕃、舎弟の玄蕃頭政元、従兄弟の玄蕃允高信、二人が長政に従い歩く。

「藤堂の者達を連れて行こうと思う。玄蕃達は家臣たちの抑え込みを頼む」

「畏まりました。私達もなんでもやりますよ」

「高信は引き続き、双葉矢の剣の奪回作戦を頼む」

「はっ」頭を下げる高信。双葉矢の剣を奪われたことに責任を感じていた。

「政元には、越前国境の領主たちの動向を調査してほしい、北近江だけではなく若狭、美濃、加賀の国々もだ。特に美濃は、山を隔てているとはいえ越前朝倉家に近い郡上が心配だな」

「郡上は飛騨の勢力との関係も絡んできますからね」

「その通りだ」

美濃の空を見上げる長政。

(奇妙丸達は、もう岐阜城に帰った頃だろうか)

義理の甥・奇妙丸の笑顔を思い出す長政だった。



*****


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