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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十六話(関・安桜山編)
283/404

283部:名物狩り

美濃国、岐阜城奥御殿。


久々に自室でくつろぐ奇妙丸。傍衆達を労い、お茶をふるまって語らう。

「若様の御手前、本格的になってきましたね」と奇妙丸を褒める於八。

「母上から教えて頂いているからかな」

(信長の趣味の相手を勤める奇蝶は、自然と美濃国有数の文化通でもある)

「都では、殿様(信長)が名器・名物(茶器・刀槍)の数々を精力的に収集されておられるそうですね」

佐治新太郎が、京都での信長の噂を入手している。

「最近の趣味は名物の収集らしい。松永久秀殿が父の心に火をつけたようだ。松永殿は、大和一国の守護職を茶道具(九十九髪茄子)で勝ち取ったと噂だからな。一国の価値に値するものが茶器や刀剣にはあるのだな」

奇妙丸が、宝物についての価値を皆に教える。

「殿様は、道具に所領と同等の価値を見出されているのですね」

金森甚七郎が信長の趣向に関心を寄せる。

「道具ばかりでなく、昔は戦場で活躍できるように名馬を求めていたというな」

「平手殿とは一頭の馬の事で紛争になりそうだった、と聞くくらいですからね」

於八は、信長の若い頃の平手家との対立を父から聞いて知っている。池田正九郎もそれに頷く。

「父は若い頃から収集癖があるのだろうな」

父の表情を思い出す奇妙丸。奇妙と名付けられた自分からみても父・信長の生きざまは奇妙だ。

思いにふける奇妙丸を見て、新太郎が呟く。

「若様は、色々な芸道を修めてこられましたが、特にどのようなものに興味がおありですか?」

「今の自分のやっていることは、武士のたしなみとして、すべて師匠達に叩き込まれたものだからな。自分で何かに特別な興味をもって打ち込むという時間もなかった気がする」

「無心になって打ち込むのなら、陶芸などは如何ですか?」

と新太郎。

「東美濃では瀬戸の職人が移住して美濃焼きが流行し始めている様子です」

甚七郎が東美濃の近況を報告する。多治見修理の一件で、奇妙丸達はその様子も見てきていた。

「そうだったな。陶芸も精神を一心にする。剣の極意に通じるかもしれないな」

「はははっ、奇妙丸様はやはり剣術がお好きなのではないですか?」

「そうなのだろうか?」

自分自身のことながらよく分からない。於八なら物を作ること、於勝なら武術の腕前をあげて武将として天下に名を轟かすこと、目標は客観的にみても分かりやすい。


「我が美濃国は陶芸ばかりでなく、刀鍛冶も盛んですよ」

金森甚七郎の先祖は、土岐家の庶流であり織田弾正忠家の古参家臣ながら美濃国に所縁をもっている。

「関は美濃鍛冶の本場です」

「関か、於勝の刀は美濃鍛冶の逸品だったな」

十連針兼定を誇らしげに見せる於勝。

「父・可成が、私の出仕の際に用意してくれたものです」

「その刀を打った、関の鍛冶場もみてみたいな」

楽呂左衛門が身を乗り出す。

「私も自分に合った美濃刀が欲しいですね」

「私はこの刀と同じ美濃の刀剣師に、槍の製作を頼みたいです」

呂左衛門と於勝が目を合わせて頷き合う。感情の起伏がはっきりとしている於勝と呂左衛門は何かとうまが合う様子だ。


「殿様はどの道も頂点を極めようとなされます。若様は殿様の経験から大将として必要な芸道を選んで、その道の一流人から教え込まれている様に思えます」

於八は、奇妙丸が施された修行の数々については、信長が帝王学として選んだ芸道だと推測する。

「そうなのかな。私は父から直接、いろいろな手ほどきを受けたいのだが」

多才な父を見て、奇妙丸は真剣にそう思う。


「鷹狩りはどうでしょう?」と廊下から声が聞こえて、新たに提案がでた。

「この声は?」

振り返った傍衆達の前に、二人の人物が控えていた。

「三吉!於九!」

「戻ってきたか!」と次々と生駒三吉と森於九を出迎える傍衆達。

奇妙丸の前に進み出る二人。

「若様、生駒三吉、森於九、ただいま清州より戻りまして御座います」

「三吉、於九、ご苦労だったな」

「はい。清州の後のことは埴原はいばら殿と、殿様の命で派遣されました長谷川嘉竹殿が御番をされるということです」

「そうか。戻ってきてくれて心強いぞ」

「有難きお言葉です」

奇妙丸に久々に会えたことで、ほっとした気持ちになる三吉。

「ところで、先ほどのお話ですが。鷹狩用の鷹を入手するなどされてはどうでしょうか」

「鷹狩用の鷹を求めるのも悪くはないな」

三吉の言葉に納得しかける奇妙丸。

「武士ならば、やはり馬でしょう。最近は甲斐・信濃国の武田領から、良馬を取り扱う馬商人の出入りが京都でも多くなって来ているそうです」

佐治新太郎は、海辺で育ったゆえ陸を走る馬に執着があった。

「そうだなあ」

最近、大鹿毛を可愛がっていないと反省する奇妙丸。北近江に行くときは船に乗ることも考えて馬借の馬を利用した。

「ところで新太郎」と於八が新太郎を不思議そうな目で見る。

「どうしてそのように京洛の情勢に詳しいのだ?」と新太郎に疑問をぶつけた。

「最近は一条様と手紙のやり取りをしております。一条様が何かと目をかけて下さるのです」

少し自慢げに答える新太郎。傍衆達の中で京都の摂家と交信を持っている者はいない。

「ほうほう、一条殿とは、丸毛家を宿所にしていた内基殿か?」

「はい、なにかと便宜をはかって頂き、そのうえ土佐の珍しい品物など贈り物を頂く様になりました」

「ふーむ。不思議なことがあるものだな」

「きっと一条様は、伊勢湾知多半島の佐治一族に一目を置かれているのかと」

「まあ、目をかけて頂く事は良いことだ。その縁を大切にすることだな」

「はい。奇妙丸様」

都の貴族・一条内基は、武家の有力者である織田家の中に与党を創り、次の時代への布石を打つ準備をしていた。


*****

四月。


上京中の信長は、各地の有力者・文化人が秘蔵する名物を召し上げる。その奉行は、丹羽長秀と松井友閑まついゆうかんが勤めた。

・・・・・松井友閑は、元は幕府奉公衆の松井家の家系の出身で、尾張清州に来て東海道の物産を京都に運び入れる物流に関わり、武家商人として地位を確立し、清州町衆の元締めとなっていた。畿内の情勢や経済に明るく信長が認める人材だ。今では織田家の御蔵を総括する財務奉行として登用されている。


堺の商人・今井宗久からは「茶壺 松島」と「茶入れ 紹鴎茄子」、「開山の蓋置」と「二銘ノ茶杓」。今井宗久は信長に取り入り、織田家の武力を背景に堺会合衆の元締めに躍り出ようとする野心家だった。宗久は自身が信長の後援者となることで、信長の天下制覇を助けて巨利を得ることに掛け、織田家と運命共同体の関係になることに覚悟を決めていた。


また、天王寺屋(津田)宗及の「菓子の絵」、天王寺屋了伝の「花入れ 貨荻かてき」。堺の豪商・天王寺屋の津田宗久は堺の会合衆の総元締めである。宗久は三好家に肩入れしてきたが、信長はここで三好家とは手切れし織田家に忠節を誓うようにと圧力をかけたのだった。


他にも薬師院の「茶壺 小松島ノ葉」。油屋常祐の「花入れ・柄杓立 柑子口こうじぐち」。武家からは、松永久秀の持つ「絵 煙寺晩鐘図えんじばんしょうず」などを召し上げている。久秀からは先年、「茶入れ 九十九髪茄子」も入手している。


京都の大文字屋 栄甫えいほこと疋田(比喜多)宗観からは大名物「肩衡かたつき 初花」。疋田(比喜多)宗観は京都町衆の元締めである。祐乗坊から「茶入れ 富士茄子」。

法王寺所有の「竹の茶杓」。池上如慶 「花入れ かぶらなし」。江村栄紀所持の「花入れ 桃底」等を次々と押収していた。

信長はただ没収したのではなく、対価として十分な金子きんすをそれぞれに与えたという。


*****


「それにしても、殿様の行いは京都では「名物狩り」と呼ばれて、数寄の者達は戦々恐々としているらしいです。殿様は文化人から憎まれるかもしれない仇を作って何をされたいのでしょうか」

一条内基の手紙で、信長に対する苦情が述べられていたことを心配する新太郎。


「父が世に知らしめるのは、一部の特殊な世界にしかない価値観を、庶民に分かりやすく宣伝する効果はあるのかもしれない。それに貧富の格差を明らかにして、織田政権は富裕層からも物を納めさせて従わせている公平さを、世間に公表されているのかもしれない」

「名物とともに、それを所持している世にいう富豪の名も全国に伝わりますね。富貴者と庶民の格差を明らかにする目的もあるのかもしれませんね」

「今までは世に現れなかった富豪達の動きも、父は日本中に明らかにしたいのかもしれぬ。特権階級の富裕層が織田政権に従うのか、忠誠心も試し、反抗的であるならば特権を剥奪するなどの待遇を決めるためのものかもしれないな」

奇妙丸は、富裕層から悪名をかぶるようなことをしている父の行いの理由を想像した。


信長は若い頃は町中をふらつき庶民とも容易く会話をしていたという。庶民の視点から富裕層の中で静かに行われている茶道というものが、庶民と隔絶した価値観の中で、富の象徴となっていることについて、分かりやすく伝えるために「名物狩り」と呼ばれる蛮行を、あえて行っているのではないだろうか。



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