274部:織田軍
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朝妻城、新庄館の大広間。
居館では、一行が琵琶湖の湖鮎をふんだんに使った料理でもてなされる。鮎はもともと産卵期に河川を遡上する魚だが、琵琶湖で育つ鮎は陸封型で海に出る遺伝子を喪失している。他の地域の海に出ることができる鮎とは性質の違う湖魚だ。
・・・・この地の古代豪族・息長宿禰王の娘である神宮皇后またの名を息長帯姫は、幼少の頃はこの地の魚を食べて育ったので琵琶湖の湖魚には神聖な力が宿っていると考えられて、この魚に「魚」と「占」を合わせた「鮎」の字が与えられたという。
ここにしかない新鮮な魚料理に舌鼓を打つ一行。
「琵琶湖の鮎の佃煮は最高だな!」と於勝が絶賛する。長良川で捕れる川鮎とは育つ環境が違うためか品質が違う気がする。川のものに慣れた奇妙丸達にとっては湖で育つ湖鮎は特別感がある。
「私も好物です」同意する桜。甲賀ノ郷にいる時も、鮎が好物だった。
「私は塩焼きの方が好きだな」と勝盛。
素朴な塩焼きも鮎の身の美味しさを際立たせる。
「甘露煮も良いし、とにかく美味しいです!」
と、於八は料理のすべてに感激している。
直頼は、ほぼ毎日といっていいほど鮎を食べているので、鮎に対してそれほどの執着心は持っていなかったが、奇妙丸一行にこれほど喜んで貰えたので、ここの領主で良かったと思う。
「そうですか、ではご遠慮なさらず、おかわりもありますから存分にお食べ下さい」
「はい! 有難く頂きます!」
皆、ここぞとばかりに琵琶湖の湖鮎を食するのだった。
「そういえば、織田家の上洛軍はどのような様子でしたか、岐阜での相撲で順番を決めるとなっていたのですが」
奇妙丸は、長政と小法師が父の率いる上洛軍と合流出来たのかが、気になって奇妙丸達の後から岐阜を出発した織田家の上洛軍の話を振ってみた。
「上洛軍の通る中仙道は、それはもう大変な人だかりが出来ていましたよ!」
直頼も国境付近まで織田軍を出迎えに行ったが、街道には大勢の民衆が織田軍の晴れの上洛を一目見ようと押し寄せたそうで、それを交通整理し沿道の警備をする堀・樋口だけでは人手が足りず、新庄家からも多くの人数を動員したらしい。
「陣容は、どのようなものでしたか?」と興味を持って聞く奇妙丸。
「私が記録したものがあります。少々お待ちを」
長頼が奥の書棚から、行軍の様子を書き留めた「手控え」を持ってきた。
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(織田軍陣容)
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「織田軍の先陣は、川尻秀隆殿でした」
「やはり結果は、川尻様が相撲でも無双だったか」
直頼も、岐阜で行われた相撲での上洛軍陣立て争奪戦を聞いている。
「黒と黄金で彩色された鎧で統一された部隊で、それはもう圧巻の美しさでした」
感想を述べる直頼。
「川尻殿も面目を施されたでしょう」
さすが師匠だと思う奇妙丸。
「二番は柴田勝家殿でしたな」
「佐々、前田といった力自慢の方々が、次々と柴田殿に対決を申し込まれたようで、川尻殿と対戦するころには疲労困憊されていたそうだ」
「やはり、皆さん勝家殿を破って名を上げたいのですね」
「つぶし合いはもったいないな」
「私も柴田様の本気の戦いを見たかったな」
武勇談義をする奇妙丸達。
それをにこやかに眺めながら続きを読み上げる直頼。
「三番は坂井政尚殿」
「坂井殿は今、絶好調だな」と勝盛。
「四番は森可成殿」
「森殿も奮戦されたようだ」
「くそっ、坂井!」於勝が膝を叩く。
「おいおい、これから縁戚になるのだぞ」
と、於八が於勝を叱る。
「わかっている!しかし、何故か腹が立つのだ」
「そのうち、於高殿が両家の絆を結んでくれるだろう」
奇妙丸はそれほど両家の仲を心配していない。お互い戦陣で背中を預けるようになれば心強い味方であることに気付くだろう。
「五番は丹羽長秀殿」
「五郎左衛門殿家中の大島殿が奮戦されて上位に食い込んだそうだ」
「なるほど、五郎左衛門殿を慕って良い人材が揃っていますからね」
と、直頼も丹羽家が侮れない勢力へと成長していることを知っている。
「六番は中川重政殿、その舎弟・津田盛月(信重)の御兄弟」
「試合では中川兄弟の大健闘があった様子だな」
馬廻衆から旗頭へと昇格した中川重政は、織田一族からの出世頭だ。
「七番は塙直政殿」
「塙殿も、坂井殿に続いて絶好調のご様子だな」
直政の妹は信長の側室にあがり、信長とも義理の兄弟の関係だ。柴田勝家の妹(*1)婿でもあり、柴田勢力も侮れない。
「八番は金森長近殿、それに与力の肥田忠政殿、佐藤秀方殿」
「金森殿は腹が据わった方のようだし、相撲も強いのだな」
「母衣衆にも加わられたそうです」
斎藤道三にも重用され娘婿となっていて、信長とは義兄弟の関係にある。道三・信長に気に入られるのはよほど見所のある人物なのだろう。斎藤義龍の信長暗殺部隊派遣の際には、蜂屋頼隆とともにそれを未然に防いだ。
「九番は美濃衆の原政茂殿」
「原殿は美濃衆の中でも武勇に優れた方のようだ」
直頼は、政茂の所領が湖北に近いため、政茂の武辺を聞き及んでいる。
「十番は佐々成政殿。佐々殿の鉄砲隊が見事だったそうだ。部隊のほとんどすべての人が鉄砲で槍を持って無かった」
「上洛に合わせ気合を入れて鉄砲を揃えられたのかもしれませんね」
信長の旗元と同じ様な、半数以上のほぼ全軍を鉄砲衆で構成する部隊を作る度胸は、普通の武将には無い。小信長とも言えそうな程に主を崇拝しているとはいえ、やはり先見性のある武将だと思う。
「十一番は中條家忠殿。中條殿のところは弓衆が見事だったそうだ」
中條家は鎌倉時代からの名門武家なので、兵士達の意識も高く弓の練度がつまれているという。佐々隊と組み合わせれば、相当な遠距離攻撃部隊が成立しそうだ。
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(*1)勝家の娘とも伝わるが世代を考えると同世代なので妹と思われます。小説上のことということでフィクションです。




