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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十五話(竹生島編)
272/404

272部:浅井姫

琵琶湖、湖中。


(むう・・・・、湖に落ちたのか。身体が重い)

仰向けになって深い湖底にゆっくりと落ちてゆくような感覚だ。


(ここで逝くのか?)

音が何も聞こえない。


(日本を変えると言っていたが、御笑いぐさだな。夢をみただけで終わるのか?)


(このまま名を残さずに消えてしまうのも、楽かもしれぬ)

悪い考えが頭をよぎるが、父にしかられると思いなおす。


(ふっ、このような時でも父の顔が思い浮かぶ。しかし、父上の期待に応えたかったな。それに、於八、於勝、傍衆の皆、松姫、冬姫、桜・・・)


奇妙丸の脳裏に皆の笑っている姿が映った。


(私は、皆の思いに応えねばならぬ、皆の為に、世の中を変えてみせると言ったのだ。命の限り、生きてあがきたい)


そう思えた時、手足の感覚が戻ってきた。


(うむ。身体は大丈夫なようだ。どうやら私はあきらめが悪いようだな)


湖面に向かって泳がねばと必死に身体を動かし始める。

重いものを、胴当てをまず捨てよう。


湖の中は天地の判らぬほどに暗くなってきている。暗闇の中で一筋の光が見えた。

(羽衣をまとった天女か? 竹生島の女神、弁財天様、それとも浅井姫様)

女神が奇妙丸に向かって手を差し出している。

奇妙丸は一生懸命にあがき、その手を掴もうとした。

(もう少し)

精一杯腕を伸ばし、指先を限界まで伸ばす。

女神の手が、そっと奇妙丸の手を掴んだように思えた。


*****


「浅井姫様ですか?」


「身に建布都の剣の御魂を宿す者よ」


「建御雷と建布都の魂は、混乱する日本やまとを統べる宿命を持つもの。ここで死んではなりませぬ」

「島から持ち出された楚葉矢ノ剣は、この国の旧主・大国主のもの」

「出雲の大国主様の!」

「大国主の息子、建御方富命タケミナカタトミノミコトは、建御雷神と建布都神に敗北し、追われて諏訪に落ちました」

「聞いたことがあります」

御方富命ミナカタトミのミコトとは、正しくはオキナガ、別字をあてて伊吹の豪族、息長刀美命オキナガトミと読みます」

(*刀美は、登美とも表す)

「それでは、信濃の諏訪湖まで落ちたのは、息長氏?!」

「息長氏は豊葦原中津国のまつりごとに深くかかわってきました」

(日本武尊の御子孫も息長を称していたな、しかし、それが剣とどう関わりが?)

「あれは戦乱の世の覇者になれる剣などではありませぬ。建御方富タケミナカタトミの怨念が込められた剣です。それに坂上田村麻呂によりだまし討たれた東北の蝦夷・阿弖流為アテルイ磐具公母礼いわぐのきみモレの怨念が塗り重ねられています」

「それは、どういう意味で?」

「私は兄から剣を預かり、この都久夫須麻(竹生島)にて先祖の御魂に祈りを捧げてきました」


「大和朝廷は、王の持ち物である楚葉矢ノ剣を持ち出し、剣を返還すると両王(阿弖流為・母礼)に持ちかけ誘い出し都にて処刑してしまったのです。その時の両王の怨念が、建御方富の魂と結びついて剣の怨念は更に高まってしまっています」

「まさしく、蝦夷の荒御魂の剣ですね」

「あれは戦乱を呼ぶ剣となりました」

「恐れ多いことです」

「あれを島から持ち出して、又、同じ過ちを起こしてはなりませぬ。あれは持つ者の心を闇に落し、周囲に戦乱を引き起こします」

「そうなのですか・・」

「強力な怨念を封印する金剛錫杖と力を合わせて、剣を制御できるのは我が後裔の娘のみ。このことを、天下を継承する人に伝えて下さい」

(天下人は、浅井家の巫女(娘)をおろそかにしてはならないということか・・)

「一命に懸けて、後世に伝えます!」

「建布都の御子よ、お願いしましたよ」


*****

竹生島、東の岩。


「気がつかれましたか」

桜が微笑んでいる。

「奇妙丸様、うなされていました」

(女神は桜だったのだろうか?)

「ふぅ」

起き上がろうとする奇妙丸。


「お身体に怪我は無いようですが、気を失っていたので力が入らぬかもしれません。危機一髪でしたね」

「此処は何処だ?」

「竹生島のすぐ横の岩島です」

そういえば小さな御堂が立っていたな。思い出した奇妙丸。

「重かっただろう? よく引き上げてくれたな」

「不思議な事がありました」

「不思議な事?」

「奇妙丸様を探して潜って行くと、水中からフツ、フツと泡が登って来たかと思うと」

「泡が?」

大鯰おおなまずが、奇妙丸様を背に乗せて、湖底から上がってきたのです」

想像していなかったことで驚く奇妙丸。自分は浅井姫と話をしているつもりだったのだが・・。

「大鯰に助けられたのか?」

「はい。琵琶湖の主かもしれません」

「主か・・。それでは、戻ったら竹生島の神に社殿を寄進しよう」

「はい」

桜もそうするべきだと思った。


*****


桜の狼煙の合図を見て、浅井家の丸子船船団が小島を取り囲む。

一方では、伊賀忍者・音羽ノ城戸の行方を追って、湖の捜索も行われていた。


「おおっ! 奇妙丸様ー!」

船から手を振る於八。

「心配をかけたな」

「御無事に戻られて何よりです!」


於八、於勝、正九郎が船から飛び降りて奇妙丸の下にやってきて体にすがりつく。

「おいおい」

「奇妙丸様、生きていて良かった」

「奇妙丸様!心配しました!」

「奇妙丸様! 私達を逃がすことを優先されるなど、もうやめて下さい」

ハッハッハッハ(気付いていたか)

「皆、大切な家族だからな」

「奇妙丸様・・・」

奇妙丸の言葉に感動して泣きだす三人に、桜も思わずもらい泣きするのだった。


*****


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