271部:木ノ葉丸
竹生島。
浅井家の竹生島上陸軍は、盾崎49人衆を追い詰める為に、島の三方向から包囲を進めていた。
西からは遠藤家の隠密衆、東からは奇妙丸隊、宝厳堂を抜けて山頂へ向かう中央からは浅井玄蕃と浅井の隠密達が動いている。
宝厳堂を焼かれ、怒る浅井高信と塩崎和泉守が追手を率いて道順を追う。
「逃がさぬぞ! 道順」
「どこだ!」
「田辺様の仇!」
山頂近くには先程の大黒火矢の発射台が残されている。
「ここに仲間がいたようだな」
発射台の焦げ目をみて、盾崎の痕跡を確かめにかかる一行。
「和泉様!」
「どうした?」
「あそこに人が倒れています!」
遺体は刀傷で人相が判らなくなっている。衣服は先程会った盾崎道順の物に似てはいるが、影武者なのかもしれない。
(相手は幻術を使う忍び、侮れぬ)
と、とても盾崎道順が死んでいるとは思えない一行。
「盾崎衆の仲間割れか?」
「此の方向で進むなら、奴らは山を下りて湖を渡り、葛籠尾崎まで逃れるつもりのようだな」
「船は引き上げてしまっているので、泳ぎ切れるものでは無いと思いますが」
「どこかに潜ませているやもしれぬな」
確認する為、ここでの捜査は切り上げて湖岸まで急ごうと決める高信。
再び、塩崎和泉守を先頭に浅井衆は山を降り始めた。
*****
西岸を進む遠藤隊。
「竹生島の西回りは難所が多いな」
隊長の遠藤孫作が、想像以上の傾斜の険しさに弱音を吐く。
「敵船団も見えませんね」
孫作の近習・富田才八が湖も確認する。
伊賀衆はこちらには潜んではいない様子だ。
「こちらは、はずれ籤だったか」
手応えが感じられず、他の二隊の方が気になる孫作。
「いえ、隠密は侮れませぬ。気を緩められぬ様に」
「ああ、分かった」
他の二隊が既に盾崎に遭遇しているなら、自分達も急いで加勢に加わらねばならない。
孫作の合図で再び全員が動き始めた。
*****
東岸を進む奇妙丸一行。
伴一郎左衛門に追いついて、話しかける奇妙丸。
「伊賀者が何故この島に潜入したか判るか?」
「この島に何か秘宝が眠っている様ですね」
「長政殿が言っていたのだが、楚葉矢ノ剣の伝説を聞いたことがあるか?」
「京極家と六角家で取り合っているらしいですね」
(流石、情報に通じる隠密家。甲賀衆も知っていたか)と伴ノ衆の情報網に感心する奇妙丸。
「近江国にとって重要な物なのかも知れぬな」
その時、伴ノ三郎が湖面で動いているものに気付く。
「若! 湖を船が一艘離れてゆきます」
「あれには、賊が乗っているのではないか?」
「もう、弓も鉄砲も届かぬ距離だな」
その時、伴ノ一郎左衛門の持つ槍が鳴動する異変が起きた。三河で高橋政信に託された先祖伝来の槍”木ノ葉丸”だ。
「これは?」と驚く一郎左。
「槍が何かを告げているのでは?」と桜。
そのようなことがあるのか?と目をパチクリとさせるが、手の中で震える槍に何かを感じる一郎左衛門。この槍は別名”鴉丸”とも呼ばれている。そう呼ばれる所以があるのだろう。
一郎左衛門が眼を閉じて、槍を天に翳す。
槍に振れてヒュウーと空気が鳴る。
「風?」
「風が吹いて来たぞ!」
船の進路に対して逆風となる風が吹き始め、みるみると強風になる。
「あああ、船が押し戻されてくる」
「おおっ!」
船の中では城戸が、信じがたい自然現象に困惑する。
「くっ、これはどういうことだ? 幻術なのか?」
城戸の乗った小舟は、ついには弓鉄砲の届く距離まで押し流されてきた。
正九郎が、清水谷で竹生島について勉強した成果を披露する。
「竹生島の伝説に、天平三(732)年「藤原仲麻呂の乱(恵美押勝の乱)」中臣恵美(藤原氏)が反乱を起こしたので天皇は将軍・伴ノ涼太(大伴氏、人物不明)を遣わした。高島郡勝野浜で戦い、中臣兵は舟で東に向かって敗走したが、伴ノ涼太が「戻ってこい」と竹生島の神に祈ったところ、東風が吹いて中臣の舟が戻ってきたといいます」
「今、同じことを祈りました」
伴ノ一郎左衛門が驚いた様に答え、槍を再び構え直す。
「その槍には竹生島の不思議な力の加護があるようですね」
桜は神秘的な物も受け入れる気持ちがある。志摩国で不思議な体験をしている一同も許容度が広がっているので、これは槍の力だと納得した。
「船は岩場に乗り上げたようだな。よし、近くまで行ってみるか」
「はっ!」
奇妙丸一行は船の確認をするために、湖に面する岩場に向かった。
岩場は火成岩である花崗岩からできているが、風化による柱状節理がすすみ、切り立った崖の様に水面から突き出ていて、足場はほんの僅かしかない。
水際に来ると湖面に突き出た木に掴まって、体勢を確保する。
*****
「そこの船の者、隠れているのは判っているぞ!」
船の上に人影が立ち上がる
「お主の名は?」
「音羽の城戸」
「盾崎道順はどうした!」
「首領は反対側から既に逃げた」
「お主はどうする? 降伏せねば我ら織田家お庭番、伴ノ衆が相手をするぞ!」
「甲賀か!不思議な術を使う者がいるな」
「逃げられんぞ!」
「それはどうかな?」
ニヤリと城戸弥左衛門は笑ったように見えた。
「下をみてみろ!」
波間にプカプカと球状のものが五つほど浮いている。
(焙烙玉?)
「そしてこれは琉球のヒヤーという。覚えておけ」
城戸が先端に三個の口が付いた竿を構える。
城戸弥左衛門は火器に精通する忍者の様だ。
嫌な予感がする。
「皆、退け!」と叫ぶ奇妙丸。
ドーーーン!とヒヤーの3つの銃口から一斉に玉が発射された。
ヒヤーから発射された弾丸は辺り一面に広がり焙烙玉に命中する。波間に不安定に浮かぶ焙烙玉に玉を当てるには、琉球から伝わったヒヤーという散弾の玉を撃つ武器が適していると判断していたのだろう。
ドドーーーーーーン!!!!!
という立て続けに起きた轟音と共に、島の縁にぶら下がるように突き出ていた木が数本、湖へと倒れる。
ドボーーーーーン!
ザザザッ! ドボーーーーン!
絡み合う根に引っ張られて木々が連鎖的に湖に倒れ続ける。
「大丈夫か?! 皆!」と伴ノ一郎左衛門。
湖岸に近寄りすぎた奇妙丸隊は大混乱だ。
「おのれ、城戸!」と於勝が叫ぶ。
「宝は頂いた。持ち帰らせて頂く」
弥左衛門は湖に飛び込み、痕跡を断つように消えた。
「大変だ!」
正九郎の顔が青ざめている。
「奇妙丸様が木と一緒に湖に落ちたっ!」
「なにっ?!」
「奇妙様―――!」
於八の叫ぶ声が湖に向かって消えて行った。
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