268部:裏松家
竹生島、竹富湊。
「若様、我々は島に上陸しますが、どうされますか?」
「分かった、私も行くぞ!玄蕃殿」
静かに湾内を進む大浦の丸子船。
湊の先端には航路を案内する巨大な石灯籠が立っている。
「いつも灯っている灯篭が消えていたのか」
それが最初に感じた違和感だったのか、と感じる玄蕃。
「誰かいるか?」陸上を観察する於勝。
「静かすぎる・・・」桜も、島に人の気配が無いことが気になっている。
(先程の激しい銃撃戦でも誰も様子を見に来なかった。島は無人だったのか?それとも)
奇妙丸も怪しく思い、警戒感を強める。
波止場に停泊するが、迎えの者はいない。
「通常なら、番兵達もいますし、神主や巫女たちが出迎えに来るのですが」
「あちらが本坊と番屋、反対に竹生島(都久夫須麻)神社。あの石段を上がった先が宝厳堂です」
急いで上陸し、先ずは番屋に向かう一行。堅固な作りで中は二階建て構造になっている。
「誰かいるか!!」
「誰かいませんか!」
湊に出入りする者が集まる番屋を最初に確認したが、建物の中は無人だった。
「明らかにおかしい」と玄蕃。
番屋を調べている間に、島に霧がかかり始めた。
「これは、深い霧ですな」
「こんなにも天候が急変するのか?」
「たまにはありますが・・(なにかおかしい、なんだ、この違和感は)」
本坊の軒下に神職らしき男が倒れている。ようやく人を確認したことで高信は思わず駆け寄って行く。
「大丈夫か?!」
玄蕃がしゃがんで男を軒下から助け上げようとする。
「危ない!」
森の中から玄蕃の背中に向って弓矢が降り注ぐが、浅井衆の中から数名が素早く現場の周りに跳び出して、刀で弓を叩き落とす。
「玄蕃殿、罠に御座る!」
「済まぬ。お主は?」
「遠藤喜右衛門が長男・孫作に御座います」
「遠藤家お庭番、富田才八」
「おお、遠藤の!」
「父から、六角家の伊賀者が動いているとのことで、派遣されました。到着が遅れてすみませぬ」
「いや、助かる!」
軒先に立ちはだかる黒装束の人物が名乗る。
「私も長政様の命でやって来ました。お庭番筆頭、田辺式部に御座います」
「おお、長政殿が言っていた増援か、有り難い」
「同じく、お庭番、塩津和泉」
「お主達も来たのか!」
「助人も、来ていただいています」
「私は遠藤殿に雇われた杉谷善住坊と申す。伊賀衆よ、幻術は効かぬぞ!」
虚無僧姿の善住坊が、琵琶湖の水面に錫杖の先端を沈める。
すると霧が風に流されて、空が見え始めた。
(仕掛けがまったく分からない!)驚く奇妙丸達。
「幻術だったのか・・」正九郎は驚きのあまり口があいたままだ。
「気をつけられよ、心の隙をつくのが忍術で御座る」
善住坊の重い声が響く。
軒下に倒れていた神主は、いつのまにか消えていた。
森の中から不気味な笑いが聞こえる。
ククックックッ。
「それでは、盾崎49人衆がお相手しましょう」
ククックックッ。
森が静かになり、人の気配は全くない。
「この先、盾崎道順と手下供が待っているということらしいな・・」
高信が呟く。
浅井衆、奇妙丸の傍衆は、竹富湊にほぼ上陸し終え、次の指示を待つ。霧が晴れたとはいえ、いつ何処から狙われるか分からない。心の隙を突かれぬよう、全員警戒したままだ。
「大浦衆はここで湊を確保していてくれ! 奴らの奇襲があるかもしれない。水中からの攻撃にも気を付けてくれ」
「ははっ!」
水中からの攻撃には、こちらも水中に潜ればよい。大浦の水夫達は潜りが得意なので、何人かは潜って水中も確認している。
「若様、我らは此処を拠点に山狩りをしながら上の宝厳堂に向かいますが、此処に残られますか?」
「いや、手分けして盾崎達を倒そう。私達は竹生島神社に向かう」
「よろしいのですか? 我らが伊賀忍者をかたづけてから、島をめぐられては?」
「実は、私達の中にもお庭番の伴ノ衆がいるのだ」
黒武者達の中から、忍者装束に着替えた伴ノ一郎左衛門達が前に進み出た。
「甲賀の伴家ですか? ならば奴等とも互角に戦えますね」
「うむ」
・・・・甲賀衆は、将軍・足利義尚と戦った「鈎の陣」で六角高頼を助け、それから代々の六角当主に仕えて来た、南近江甲賀地方の土豪達が結束して共同体を形作っていて、その中でも有力な21家が甲賀を引っ張っていた。伊賀の様な上忍、中忍、下忍の区別はない。伊賀衆は北伊賀の者達は南近江の六角に従う事もあるが、上忍三家の指示で浅井や北畠のほか、他の多くの戦国大名にも出仕する傭兵稼業で暮らしている。
特に三河の松平家とは、女将軍・日野富子の兄「押忍大臣」日野勝光の命で日野裏松家家司の総大将・松平益親に従い、裏松家領の菅浦湊から年貢を取り立てる為に打ちいった事もあり、昔から昵懇の仲である。
「それでは、間違えて相打ちにならぬ様に気を付けましょう。お気をつけて」
「うむ。お主達も気をつけてな」
浅井高信と握手する奇妙丸。織田と浅井で共同して、六角の密命で潜入して来た盾崎(伊賀崎)道順率いる伊賀者49人と戦うことになった。
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浅井高信が、浅井衆の半数を率いて石段に向かう。
遠藤孫作と遠藤家郎党の富田才八を始めとする遠藤衆、傭兵の杉谷善住坊は西側の山中から宝厳堂を目指す。
高信の本隊には、浅井の忍び衆筆頭・田辺式部の隠密隊が先陣。塩津和泉の隠密隊は殿を請け負った。
奇妙丸達は、島の東に向かい、竹生島神社を目指す。
奇妙丸達の先陣は伴兄弟が先行する。山田勝盛率いる黒武者衆が二陣。最後に奇妙丸と傍衆が続くことになった。
先陣を請け負った忍び達は二人一組で先行していく。
勝盛達は手練れの武士ではあるけれども、隠密との戦いには慣れていないので三人一組で敵にあたることに決めた。
待ち伏せされていく中に進んでいくのは初めての事だが、島をいつまでも占拠されたままでは埒があかない。こちらから手堅く叩いて行くしかない。
伊賀中忍・盾崎道順の配下は49名ということは、同じ伊賀衆を使っている遠藤家の情報から確実である。人数的にはこちらが倍以上の戦力だ。
味方の伊賀衆・甲賀衆が、盾崎の仕込んでいた罠を次々と解除し進んで行く。
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