267部:竹生島
山本山城の麓を通って更に西へと進む。琵琶湖に面する丘の上には尾上湊を守るかのように要塞が見えてくる。
要塞の名は、尾上城。城主は、浅見対馬守 俊成が勤めている。
・・・浅見家は浅見貞則の時に京極家執事の上坂家を凌駕して重臣筆頭に躍り出たが、浅見俊孝の時、重臣たちの反感を買って浅井亮政と対立し、高島の新庄氏を頼って湖東へ落ち延びた。浅井家が湖西に進出するにあたって、浅見俊成は長政に赦免されて出仕し、本領に帰り咲いている。湖東に戻って一から出直した俊成は浅井家への忠勤に励み、長政からも信頼されて小谷山の搦め手にある焼尾丸という砦の守備を任されているのだった。
城下には所狭しと蔵屋敷が立ち並ぶ。ここは尾上湊という港町だ。ここは湖東から竹生島に向う船が停泊するに易い入り江状の地形をした良湊である。
海岸は石垣で護岸工事され、漁を終えた小型の漁船や、それ以外にも荷物を運搬する中型の貨物用の船、その他にも人員を運んだり、時には戦闘艦にもなる多くの役割を担う丸子船が停泊している。
(ここから島に祈りを捧げる。拝み湊という意味があるのだろうか)
湊から見える景色を眺める。山本山城は湖面を往来する船を監視するように聳え立っている。
長政が、先に船を手配するために湊に到着していた一族の浅井木工助井規、浅井玄蕃允高信を連れて来た。
井規は菅浦湊の代官を勤め、高信は大浦湊の代官を勤めていた。菅浦は琵琶湖に岬状に突き出た尾根(葛籠尾崎:標高は約290m)の先端付近にある湊で、東の大浦や西の塩津の湊に出入りする船を制することができる場所にあり。通行税を得ることが出来るので昔から湖族の巣窟となっていた。南の堅田、北の菅浦は水軍の一大拠点として有名だ。その岬から半里(約2㎞)沖へと離れた所に竹生島が忽然と姿を現している。
(行基様が、金輪際から生える柱と表現するのが分かるな)と島を見た奇妙丸の感想。
長政が、湖を眺めている奇妙丸に尾上沖の説明をする。
「漁師たちが言うには、ここから沖に出たところで、網で湖底を攫うと、見たこともないような昔の土器の壺や鉢が引き上げられると言っている」
「見たこともない土器の壺ですか。歴史が古いのですね」
「漁師たちは水難事故にあった者の骨壺ではないかと気味悪がっている」
「なるほど、弔いの品が」
(湖に捧げられた貢物なのか、それとも地形が変わって島が水没したのか、どちらだろうな)
「大浦湊に戻る途中に竹生島へは、浅井玄蕃允高信が向かう」
「私達も竹生島へ共に参ろうと思います。よろしくお願いします」と高信に案内を頼む奇妙丸。
「相わかり申した。出港の準備は出来ておりますぞ」
高信は長政よりも少し若い。日に焼けて黒々とし湖賊の頭がいたについている。
「我々は、京極小法師殿と共に琵琶湖の内海に向おうと思う。目賀田湊に上陸して常楽寺に向かうのが最短距離だ」
「なるほど、良かったの、小法師殿」
「はい。顔見知りも居ない朝倉家には行きたくありませんでした。長政殿、奇妙丸様、有難うございます」
「小法師の為にも、此れで良いのだ」と長政。
「それでは、出発だ」
「皆さま、お達者で!」
ここで、長政と小法師、奇妙丸一行は二手に別れた。
尾上湊から、丸子船が出港する。
琵琶湖には千隻近くの丸小舟が存在し、湖北を制する浅井家は、500艘ばかりの丸小舟を有しているという。
今や浅井家は、この広い琵琶湖を制して、湖賊の総元締でもあるのだ。
西へと向かう大浦船団。長政の供をする菅浦船団は湖南の目賀田湊へ向かう。浅井井規の率いる菅浦船団も浅井家の主力水軍だ。
帆をはると風を受けて、丸子船が軽快に湖面を走り出した。
「それにしても、この船は面白い造りだな」
「至る所に金属や、太い木が使用されているのは準戦闘構造なのか?」
「体当たりにも耐えれる様に出来ています!」
大浦水軍の船員が威勢よく応える。志摩国の海の男にも決して劣ることは無い逞しい面構えの連中だ。
「すごく厳つく感じますね」
「なんとも言えぬ威圧感だ。外見は大事だな」
「その通りですね」
船同士が乗り上げて前方側板が擦れてもひび割れない様に銅板が格子状に張られているのだが、それが普通の船とは違う、何とも言えぬ迫力を生み出している。
「勇ましい小船だ」
船から見える景色を眺めながら、西に向かって琵琶湖を横断する。
湊は石垣で護岸工事が進められ、湖上に浮かぶ要塞の様にも見える。
「竹生島へはいつでも誰でも行けるものなのですか?」
「我らの手勢で海上は封鎖しています。我らの手形が無ければ上陸する事もできません」
「なるほど。それでは孤島のような島なのですね」
「あの岬は葛籠尾崎と言います」
「どうして葛籠の名が?」
「孝謙帝と道鏡に対立した、恵美ノ押勝(藤原ノ仲麻呂)の反乱に連座して追放された淳仁天皇の後裔が隠れ住んだ里といわれている。きっとつづらの籠のようなところと揶揄したのかもしれない」
「それでは、鎌倉とよく似た地形なのですね」
「そうですね、それゆえ隠れ里と呼ばれてきたのでしょう」
「湖からしか人を寄せ付けぬ里か、水軍基地として絶好の場所かもしれぬな」
(小谷や岐阜城のような山城も面白いが、水城というのも良いな。坊丸にもみせたいものだ)
*****
「妙だな・」
竹生島を訝しげに見る高信。
「どうされた玄蕃殿?」
「島の空気がいつもと違うのです」
玄蕃が船頭達に指示する。
「竹生島の裏手に回ってみてくれ」
旗が振られ、船が一斉に方向転換する。島の裏手には玄蕃が心配した通り、10艘近くの丸小舟が帆を降ろして静かに待機している。
「あの旗印は打下湊の水軍。奴らは六角方だ、敵だぞ!」
玄蕃が赤い旗を掲げる。
「すでに上陸されて、打下水軍に島が乗っ取られているのか?!」
心配する奇妙丸達。
「奴らの頭領は、林与次左衛門員清! ここは奴らの船を沈めてしまいましょう!」
玄蕃が奇妙丸に駆け寄る。
「若様、残念だが陸に降ろす時間がない。付き合ってもらいますよ」
「うむ、心得た。皆、戦う準備をせよ!」
「「おおぅ!」」気合の入る傍衆達。
停泊している丸子船もこちらに気付き、見つかったことが判った様子だ。慌ただしく鐘が鳴らされ、船員たちが甲板に躍り出て来た。
「あちらも気付いた様だな」
一気に湖面上が賑やかになる。
「鉄砲構えー!」
浅井の兵士達が全員、上板を外して船底の隠し収納から持ち出されてきた火縄銃を抱えて敵船側の船縁に銃を構えて身を屈める。船には多くの武器弾薬が積まれている事が分った。
火縄には、火が点火され焦げ臭い煙が船内に立ち込め始めた。
「撃て!」
ドドーーーーン!
玄蕃の号令で一斉掃射が行われ、銃撃戦が始まった。
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打下船団の周辺では、鉄砲玉が湖面に跳ねて、水しぶきが上がる。丸子船の船体にビシビシと鉛玉が食い込み、板が割れて捲れ上がる。甲板に立っていた者が、ひっくり返って湖面に落ちる。
しかし、打下水軍も鉄砲の扱いに長けている様子で反撃が早かった。
こちらが第2回目の掃射をするまでに鉄砲を撃ち返してきている。
キュン! キュン!!と玉がかすめる音がして、跳ねた水が船内に飛び込んでくる。
「船に穴が開いて沈むのではないですか!」
「その時は鎧を外して泳いで下さい!」
「承知!」
(冬姫様から頂いた防具は捨てたくない!)と傍衆の誰もが思う。
激しい撃ち合いが半刻近くつづいている。
こちら側の船員は水夫・侍の区別なく乗船する全員が鉄砲を乱射している。どうやら、大浦水軍の鉄砲保持数が上回っている様子だ。
(浅井軍は全員が相当鉄砲を使い慣れている。流石、国友村を領内に持っているだけある)
「於八、国友銃だらけだな!」
「流石、国友の本場ですね」
於八もここぞとばかりに国友銃槍を銃形態にして撃ちまくっている。
「うむ。凄まじい撃ち合い。凄い火力だ!」正九郎も浅井軍の武装に感嘆している。
山田勝盛も、元信長の弓衆頭として浅井家に負けじと皆を叱咤する。
「織田の射撃の腕をみせよ!」
「おう!」
織田家の鉄砲持ちの腕前を浅井家に見せつけようとするが、琵琶湖の波に揺られて黒武者達はいつもと勝手が違う。
(父・信長が家を継いだ頃、国友村に鉄砲を五百丁発注したと言っていた。今では国友村がどれほどの生産量を誇るのか実態が知れないが、浅井軍は水夫に至るまで鉄砲を所持している。
琵琶湖の湖上では遠距離攻撃が、最も有効手段だ。知らず知らずのうちに水軍の全員が所持する事になったのかもしれないが、波で揺れる船の上での狙撃の腕前も素晴らしい・・)
大浦の水軍衆と撃ち合う打下水軍衆も、鉄砲を相当所持している事は間違いない。
(この琵琶湖水軍の鉄砲普及率はただ事ではない・・・)
大浦と菅浦、それ以外の塩津や海津に今津にも水軍が存在することを考えれば、浅井傘下の鉄砲持ちが全軍集結した時のその戦闘力を想像するだけで鳥肌が立つ。
(長政殿は敵に回したくないものだ。「浅井軍、恐るべし!」)心底思う奇妙丸だった。
大浦水軍の火力に、次第に押され始めた打下水軍が、帆を上げて徐々に堅田方面へと逃げ始めた。
「逃げるぞ!」
「人の領内まで入りやがって、逃がさぬ!」
「追えー!」
大浦衆は追いかける気で満々だ。
「まてまてまてー!」
玄蕃が赤い旗を降ろして指笛を鳴らす。
玄蕃の制止に不服そうな水夫に兵士達。
「奴らの戦力はあれだけではあるまい。沖合にはまだ主力が居るかもしれぬ!」
「そうですね」と奇妙丸も賛同する。とにかくまだ相手の様子がわからない。
「我らの方も銃声に気付いて菅浦から警備船がやってくると思う」
「それでは戦力が整うまで島周辺で待つのが得策かもしれませんね」
「そうしよう」
あっさりと引き上げてゆく打下水軍を見送る大浦船団。
(島の様子が心配だ・・)
玄蕃は、長政から特命を受けていたので、竹生島の中の方が心配だった。
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