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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十五話(竹生島編)
266/404

266部:甲賀三郎

昨夜の騒動も収まらぬうちに、今度は大手門辺りが騒がしい。


清水谷の外、街道沿いの城下町も騒然としていて、客館のへい越しに見える景色は、至る所で浅井家の武将の旗指物が慌ただしく動いていることが判る。

「長政様が参られました!」

奇妙丸一行としては、最新の情報が欲しいところだ。

「何かありましたか?」

疋田ひきたの疋田右近、敦賀の朝倉中務大輔 景恒かげつねが、峠を越えて小谷まで来た」

・・・・疋田家とは、若狭国の国境付近の豪族で藤原利仁の後裔である。疋田斎藤と呼ばれる有力豪族だ。一族には越前僧兵の拠点・平泉寺の長吏を勤める者や、加賀に勢力を持った冨樫氏、平家と結びついた千田氏等がいた。

 別流の河合氏からは関東長井荘を領し源平争乱に名を上げた斎藤別当実盛等が現れた。現在の河合家は朝倉家の譜代重臣となっている。疋田斎藤氏は今は地名をとって疋田氏や疋壇家と呼ばれる。疋田は塩津街道の中継点にあり、街道の利権をめぐって近江塩津湊の熊谷氏と度々抗争していた。疋田氏を後援する朝倉家にとって近江への最前線基地であるので、朝倉義景は疋壇城の改築増強を進めていた。

 そして、朝倉景恒は敦賀郡司・景紀の次男だ。父・景紀は四代孝景の弟で義景の叔父にあたる。朝倉家の名将・朝倉宗滴(教景)から敦賀郡司職を継承し、朝倉家の京都方面の前線を長きにわたって防衛してきた。景恒は、景紀の跡を相続して朝倉家陣代として将来を期待されている。


(敦賀郡司・朝倉家は、越前大野の大野郡司朝倉家とは一門衆筆頭の席次を巡っての競争関係にある。ここで大野家よりも先んじるべく積極的に浅井家との関わりを持ちに来たのかもしれないな)

奇妙丸の頭の中を、嫌な予感がふと駆け巡る。

「朝倉家の使者? 何故、小谷城へ?」

「朝倉家が、京極小法師殿を預かると言ってきた」

「それは、人質としてですか?」

黙って頷く長政。

・・・永禄11(1568年)年、朝倉家は隣国の若狭に侵攻し、若狭国守護・武田義統の遺児・武田孫犬丸(のち元明)を保護するという名目で一乗谷に連れ去っている。越前一乗谷には足利家の分流に始まる鞍谷くらたに御所が断絶すると、斯波家を相続した渋川義廉の息子を迎えいれて越前の棟梁とし、斯波庶流の大野(斯波)義敏の越前支配の名目を潰した。現在の倉谷嗣基くらたにつぐもとは義景の義兄弟となっているほか、丹後の一色氏や、美濃の斎藤龍興等が朝倉家の客将として迎えられている。朝倉家は名門貴種の収集家の様相を呈し始めている。

都からは、吉田神社神職の血縁に繋がる貴族の清原氏を一乗谷に迎え入れて、儒学や国学の講義を行って貰っている、そして阿波賀や府中といった町で神道の普及を進め、宗教的に一向宗に対抗する政策を進めていた。


「朝倉は京極家の人質を取って、浅井家を抑え込むつもりかもしれぬが、私は浅井家からはどこにも人質を出す気はない」

姉の生んだ小法師は、長政にとっては家族である。

しかし長政には、六角家からの独立戦の時に、朝倉家には援軍を送ってもらった借りがある。長政にとっても難しい問題だ。

信長殿あにうえは、京極家を人質にとるようなことは無いだろう。私は、織田方に小法師殿を連れて行こうと思う。既に小法師殿が小谷山にいないということになれば、朝倉も諦めざるを得ないだろう」

「だと思います」

「今は父が朝倉の対応をしている。その間に急いで出発しよう」

「なるほど」

小法師を長政が連れ出してくれれば、安全も確保されるだろう。

「奇妙丸殿も一緒に清水谷を出立せぬか?」

「そうですね、私はこの機会に竹生島ちくぶしまにも参拝させて頂きたいのですが」

「分かった。丁度、我一門の玄蕃丞を竹生島に向わせようと考えていたのだ、それについて行くと良いだろう」

「有難うございます」

「それでは半刻後に出立としよう、小法師殿は奇妙丸殿一行に紛れ込んで下され、それが一番目立たぬ」

「分かりました」


*****

清水谷を出て、西へと向かう奇妙丸一行。尾上おがみ湊から船に乗り込む予定だ。


前面に山本山やまもとやま城が先に見えてくる。小谷城とは東西で対になるような山城だ。

・・・山本山城、別名は山下城ともいう。かつては平ノ清盛に反抗した近江源氏の雄・山本 兵衛尉ひょうえのじょう義経よしつねの根拠地だった。義経は木曾義仲と同盟して平家軍を苦しめた。山本氏の没落後は尾上湊を抑える浅見氏が占拠していたが、浅井亮政が台頭し浅見氏を凌駕してからは、阿閉あつじ村を支配する阿閉氏が城主となり山本山城を管理している。


「あそこは阿閉貞征に城主を任せている。阿閉氏とは井口殿を介して縁戚関係にある」

「難しい姓ですね」

「阿閉はいにしえからの伊賀、近江の名家だ」

・・・・阿閉氏は伊賀国一宮 あへ神社の神職でもあった古代支族で、近江伊香郡の阿閉氏はその分流である。

 敢神社には、黒磐くろいわと呼ばれる巨岩があり、その磐が近隣の信仰を集めていた。小谷山や伊井谷と同じく岩屋信仰が盛んな場所だった。

 阿閉氏は、古代には蘇我氏の一族として半島経営にも参画していたが、やがて北陸を統べる阿部氏の与力となり北陸各地に土着していくことになる。


「本貫地は伊賀国だったのですか?」

「うむ。私の知るところでは、伊賀の敢神社は、近江源氏の発祥にもどうやら関わりがあるようだ」

「そうなのですか?」

「甲賀三郎伝説は聞いたことがあるか?」

「いえ、初耳です」

「信濃望月の源ノ頼重に三人の息子がいた。ある時、大和の春日氏の姫が伊吹山で鬼愉王という山賊に誘拐される」

「また伊吹山なのですね。伊吹山は伝説の舞台となることが多い山ですね」

「そうだな」

長政も笑っている。伊吹山は地元の象徴でもあり、誇りでもある。

「その鬼愉王は、若狭国 高懸こうが山を根城としていて、勅命を受けて三兄弟が討伐に向かった。その賊退治に三男の三郎が勲功を挙げるが、弟に嫉妬した兄達が、三郎を信濃国の深い穴底に落とすのだ」

「ひどい兄達ですね」

「三郎は十数カ国の地底の国を彷徨うが、恩人を助けたいという春日姫の願いを聞いた諏訪神社の神の力を借りて地上に戻ったという」

(諏訪家が望月家を助けたことがあるという意味だろうか?)

「良かったですね」

「そして、兄二人は三郎の帰還に驚き、復讐を恐れて逐電する。太郎は下野国へ、二郎は若狭国へと落ちたそうだ」

「源氏の加茂次郎義綱、新羅三郎義光と地域の重なる所がありますね」摂津に縁のある池田正九郎が分析する。

・・・・河内源氏の祖として有名な八幡太郎義家の弟には、加茂次郎義綱と新羅三郎義光がいる。

次郎義綱は近江に所領を持つが、やがて惣領家と対立し近江に滅ぶ。三郎義光は義家の亡き後、惣領職をめぐり甥の義忠(義家の嫡男)を暗殺、発覚して関東の常陸に落ちる事になる。

「関東と畿内ということか」と於八。

「いや、それよりも古い話だからな。源氏が各地に根付いていく過程の話かもしれぬ。甲賀の望月氏や信濃の望月氏の結びつき、それに諏訪と大和春日の関わり、きっと武士が諸国の荘官を務める事になった頃のいにしえの縁が繋がっているのだろう」と河内源氏拡散説をやんわり否定する長政。

「私もそう思います」

肯定的な奇妙丸の返事に気を良くして、頷く長政。

「伝説には多分に真実も含まれているからな」

「しかし、それと佐々木氏とはどのような結びつきが?」

「その後、三郎は春日姫を妻に迎え、平ノ将門の乱、藤原純友の乱の鎮圧に勲功をあげて伊賀・近江半国を得て甲賀近江守となったという。近江宇多源氏・佐々木氏の地盤とする所領と重なるのだ」

「醍醐帝と、宇多源氏の祖である宇多帝は時代も重なりますね。将門の乱の前後に甲賀三郎のそのような物語があったとは」

「武士が台頭し始めて、日本ひのもとが混乱した時期だったのだろうな」

「信濃望月との結びつきも面白い伝説ですね」

「それからは、甲賀三郎が諏訪大社の上宮に、春日姫が下宮に湖にゆかりのある竜神として祀られるようになったそうだ。それに伊賀一宮 敢神社にも甲賀三郎は祀られている。きっと子孫が先祖供養をしていたのだろう」

「神となって二人が近くに祀られて居るのですね」

後世の人からも祝福されるのは幸せなことだろう。羨ましいと思う奇妙丸達だ。

「信濃国には、地底を彷徨うような奥深い洞窟があるのか」

「地底の十数か国ということだから、たくさんの洞窟があるということじゃないか?」と冷静に考える正九郎。

「百聞は一見にしかず。我らも諏訪に行ったときは現地の洞窟を確かめよう」於八が、於勝に信濃探訪を誘う。

「そうだな。奇妙丸様も一緒に信濃に行きましょう」

「そうだな、いずれ」

「約束ですよ、奇妙丸様!」三人が奇妙丸に約束を取り付ける。


「奇妙丸殿は松姫とは会った事があるのか?」

「はい。2回程直接会う事ができました」

「それはよかった。許嫁というものは、会うまでは相性が不安だからな」

「そうですね、私も松姫に会うまでは、室を迎えるなど想像もつかない話でした」

「私は、於市と会うまでは、世間の噂が本当か半信半疑で不安な日々だったが、今は満足な日々を過ごしている」

「私も長政殿や、甲賀三郎様のように、姫と添い遂げたいと思います」

「そうだな。浅井家としても奇妙丸殿の婚姻に期待している、何があっても嫁に迎えるのだぞ」

「はい。応援有難うございます」

・・・・信濃国では、別の内容の物語が伝わり『諏訪神社の縁起』によると、春日姫は嘆き悲しみ諏訪湖に沈んでしまい竜となり、三郎は地上に出て来れたが姿が蛇となっていたという。両者は竜神となって諏訪に祀られたという悲しい結末を迎えている。


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