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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十四話(湖北編)『奇妙丸道中記』第四部 於市御前
258/404

258部:霜速彦命

上平寺城の京極館跡のお堂。


「茶々も居るので浅井家の話をしておきましょう。

我が家には『竹生島縁起』という書が伝わっているのですが、その中に霜速彦命そはやひこのみこと(*1)の三貴子さんきし(*2)、気吹雄いきふきたけ命、坂田さかた姫命、そして浅井あさい姫命が、ともに豊葦原国とよあしはらのくにに天降り、気吹雄命と坂田姫命は坂田郡東方に降臨し、浅井姫命は伊香郡の南、浅井郡北方へ降り立った。浅井姫命は気吹雄命と勢力を競い合い、破れて北に行って湖中に座した。とあります」

「浅井姫の座した場所、それが竹生島のことですね!」奇妙丸が長政に聞く?

(伝説では頭が落ちたともいうが、正しくは鎮座したのかもしれない)

静かに頷く長政。


「気吹雄多多美命は伊吹山の神としてここ伊夫貴神社に、姉の命は坂田姫命となり姉川の神として上坂神社に、妹の命は浅井姫命となり妹川の神となられましたが、兄神と争われたこともあって、湖中の竹生島、都久夫須麻つくぶすま神社におまつりしています。坂田はもともとスサシという地名で呼ばれていたそうです」

大野木秀俊も地元の神話には詳しい。

(サスシか、スサノオの尊にも繋がりそうだな。スサノオから国を譲られた大国主の子孫なのだろうか?)


「気吹雄多多美命が浅井姫を斬った剣が楚葉矢ソハヤノ剣といい、坂上田村麻呂は蝦夷征伐の際にこの剣を帝に与えられて陸奥に赴任したという」

「征討の剣ですか?」

「しかし、この剣は戦いを呼び込む剣であるので、抜いたままではいつまでも戦乱が続くと言われています。その為、長きにわたり封印されていたのですが・・」

(女護島の玉色姫は、父に建御雷神たけみかづちの剣の御魂、私には建布都たけふつの剣の御魂の力が与えられているとお告げを頂いたな。もう一振りの征討の剣があるということか?

それが浅井家の至宝?)


続いて、於市御前が長政の逸話を語り始める。

「長政様は、御母上が竹生島の浅井姫から御神意を受けて誕生されました。母が岩屋に籠り子宝を頼んだそうです」

嬉しそうに夫自慢をする於市御前。

「母の夢に、小谷山の聖域・鷲岩屋の前に座り虚空に向かい、懐を開いて日光を受け入れたところ私を懐妊したそうです」

「城の中に巌谷があるのですね?」

「はい、巨岩が折り重なり洞窟のある不思議な場所です」

(信仰の聖地がある小谷山が、浅井姫の降臨した浅井山ということなのだろうか)

「殿は竹生島の荒魂の化身です。殿が生まれた時は竹生島の竹富浜に大量の鯰が現れたと言います」

大野木秀俊が誇らしげに補足する。

「ハッハッハッ、母がそう言っているだけだ!」

長政の母は湖北伊香郡の有力者・井口氏の出身で阿古という。


「いやっ、殿には竹生島の竜神様の加護が宿っているに違いありません」

秀俊が崇拝する目で力説する。英雄には神秘的な誕生伝説が必要だ。

「家臣や領民たちはそう信じているのですよ」と長政の手を取る於市御前。

「私も義母はは(阿古)様に言われた通りに巌屋いわやで祈りましたら、茶々を授かることが出来ました。それに・・・」

奇妙丸を見る於市御前。

近淡江ちかつおうみ遠淡江とおつおうみこの両方に巌屋を祀る浅井氏や井伊氏が居るのは面白くありませんか?」

かつて遠江守護職・斯波家の被官であった井伊氏の風習のことを於市御前は聞き及んでいる様だ。

(浅井家の歴史は下手をすると織田家の歴史よりも遥かに古いのかもしれない・・)

桜が、於市御前の話に興味をもったようで頷いている。茶々も桜の真似をして頷く。


長政が話しを戻した。

「南近江の犬上郡にある、伊邪那岐イザナギ伊邪那美イザナミ神の双神を祀る多賀神社には、別の伝説が伝わる。

神亀元(724)年、聖武天皇ところに弁財天ノ神が現れてこの竹生島の存在を教え、国家安泰になる方法を告げたといいます。そして、聖武帝は信頼する僧・行基を派遣され、行基は島の地面に愛用の杖を立て、島を作る岩は金輪際(地球の核)より生えている金剛宝座(*3)石(鷲岩盆山)で間違いないと確認し、帝に三宝荒魂神さんぽうあらみたまの祀地に相応しいと報告した。とか」

(三宝荒魂神といえば、夜叉神やしゃのかみとも日本古来の火の神と言われている。岐阜城の台所にもお札があったな。蝦夷の崇めていた火ノ神ということか)

「その時に行基様が背負っているおい(*4)を置いた岩を、鷲岩盆山と呼んでいます。この岩も智慧と富を得られる功徳があると信仰されています。ここには、岩を本尊に宝厳寺弁財堂が建立されました」

秀俊が岩座の事も補足する。


「そして、桓武帝の時に坂上田村麻呂将軍が、荒魂を宿す蝦夷の征伐に派遣されたと」

話しを整理してみる奇妙丸。

「では、近江には三種の神器があるということですね?

坂上田村麻呂が蝦夷征討に用いたという楚葉矢ソハヤノ剣、金輪際からの御柱・竹生島を象徴し智慧と富を得るという鷲岩盆山という岩。三宝荒魂神をみつけ封印する行基の杖(菩提樹シナノキの一部から作られたものと伝わる)」

奇妙丸の言葉に、於八と於勝は神妙な表情で聞き入る。

「伝説を伝えていた多賀氏は確か、京極家の執事兼近江守護代にもなった名門でしたね、武家の家は北近江の高島郡、神職家は南近江の犬上郡に分れて没落してしまっていますね」

正九郎が多賀氏の様子を皆に伝える。佐々成政の武功夜話を聞いていたかいがあった。

「詳しいですね」

於市御前が正九郎を褒める。


「京極家の執事・多賀高忠は、神宝である「楚葉矢ソハヤノ剣」を出雲平定に持ちだしていたと伝わり、近江奪還に戻ってきたところを六角家に剣を盗まれて敗退したと言いう。その後、剣を手にした六角家が近江を席捲するようになった」

長政が剣の行方を語る。

「逆に、浅井家には行基の杖が伝わっていたと?」

「うむ。ある時、小谷城の巌屋に出現したと母が言っていた」

「その杖は、イザナギ・イザナミの双神が柱とした、天之御柱の一部であるという話が伝わります」

「阿古様は不思議な力をお持ちなのですね」

「伊香郡富永荘の領主・井口氏出身の私の母は、私を身籠ってすぐに六角義賢の人質となり、私は観音寺城で生まれた。「猿夜叉丸」と名付けられ観音寺城で育ち、元服の際に佐々木氏の平井定武の娘を嫁に迎え賢政という名を付けられて小谷に帰ることができた」

(浅井長政殿の本陣の旗印は「井桁」だったはず。井口、浅井、両家の象徴であるのかもしれないな。平井氏も佐々木氏が地元豪族と婚姻でむすびついて平井と称するのかもしれない)

長政自身にとっては幼少期の人質生活は黒歴史なのだろう。表情が暗くなる。

「辛い日々でございましたな」

乳兄弟の脇坂秀勝が天を向いて涙を堪えている。

「その代わり、私は帰城の際に、観音寺城から竹生島から持ち出された楚葉矢ソハヤノ剣を奪い返すことができた」

「それ以来、殿は連戦連勝、剣を失った六角家は高転び仰のけに没落しています。楚葉矢ソハヤノ剣には、やはり不思議な力があるのかもしれませぬ」

不敗の将・浅井長政の戦歴からまさにその通りだと思う一同。


「近江国には、いにしえからの不思議なことがあるのですね」桜が思わず呟いてしまった。

南近江甲賀の伴ノ郷で育った桜だが、一本の剣をめぐりそのような死闘が繰り広げられていたとは知る由もなかった。

(長政殿の幼名「猿夜叉」の名も、古事記に出てくる近江の先導の神・猿田彦神と、蝦夷の荒魂の神・夜叉神にあやかってのことかもしれないな)


「現在、二つの神器は小谷城内の磐屋に安置してある」

「成程」

「それに、二つの神器が揃ってから、竹生島の浅井姫の霊が於市の夢の中に現れ、お告げをしたのだ」

於市御前が頷く。

「はい、私の娘がやがて『大弁財天女』の霊威を纏い、天下人の母になるということでした」

奇妙丸達は、於市御前が末怖ろしいご神託を受けていることを知った。


*****


(*1)霜速彦命ソハヤヒコノミコト、一般に「しもはやひこのみこと」と呼ばれますが小説では霜速を「ソハヤ」と読ませて頂きます。

(*2)気吹雄イキフキタケ 多多美彦タタミヒコ、姉は坂田君 須佐志比女スサシヒメノ、妹は浅井姫アザイヒメ

(*3)金剛宝座とは、現在は仏像彫刻を安置する台のことを指す。古くは仏座といい、また金剛宝座、または金剛座とも呼ぶ。これは仏の座すところはいかなる悪魔外道もこれを侵すことができない堅固な座であるという意味である。

(*4)おいとは、修験者が旅の時に経文や仏具を入れて保管し、背負う背負い籠の様な道具。



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