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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十三話(源氏長者編)
250/404

250部:茶々

岐阜城、本丸岐阜御殿。


小谷城で家臣団の正月の挨拶を受けた後、お市と子供達を連れて浅井備前守長政が岐阜を訪問していた。父である浅井下野守久政が、当主の長政に代わり小谷城の留守居をつとめている。

かつて、先代の浅井久政は湖南の六角氏に従う政治方針を進めていたが、重臣の赤尾氏が中心となって久政を隠居させ、長政に家督を継がせて三好・朝倉の両家と結び、六角家と手切れし独立したのだった。


義兄上あにうえ、遅くなりましたが、本年も宜しくお願い申し上げまする」

「うむ。こちらも頼りにしているぞ、義弟おとうと殿」

長政家族の来訪に、信長はすこぶる機嫌が良い。奇妙丸も奥御殿の部屋に呼ばれ、奇蝶と並んで座している。

信長の私的な空間の為、小姓衆や傍衆は隣室で静かに控えている。浅井家の付き添いの者達も別室で控えている。

「大きくなったな、茶々」

父・長政の膝の上に腰掛ける大和人形の様な小さき姫は、妹於市の長女で茶々姫という。今回初めて信長に目通りしたのだった。

「お父様、このおじちゃんは誰?」

「そなたの叔父上おじうえ様だ」

「叔父上様?」

「そうだ、母上の兄様だ」

「兄様か、かっこいいね」

長政が「父はかっこよかろう」と茶々に向ってほぼ毎日いっているので、茶々はかっこいいという言葉を覚えている。

こんなところで出たかと、赤面する長政。

「ハッハッハ! おませだな。それにかわいい娘だ、流石、長政と於市の子供達だのう」

信長が手招きして茶々を呼び寄せ、膝に乗せて頭をなでる。

「兄上様は、冬姫様が嫁入りして寂しいのでは?」

信長と奇蝶を順にみる於市姫、今は“小谷ノ方”と家臣達からは呼ばれている。

「うむ。まったくその通りだ。冬姫と共に茶筅と三七も傍から居なくなったのでな。今は奇妙丸、そして甥の津田坊丸というが、余の周りには身内が少ないな。茶々は何歳になった?」

「3歳!」

「おお、答えられるのか、もう3歳になったか。長政殿に似て利発な娘だな」

ハッハッハ!

叔父上おじうえ様、遊んで」

「余は、其方の父母と少し話があるから、奇妙丸に頼め」

「奇妙丸、遊んで」

奇妙丸の手を引く。

「茶々、奇妙丸様ですよ。そなたの従兄弟になるのです」

「従兄弟って?」

流石に茶々も理解しがたい様子だ。

「兄上で良いぞ」と略する奇妙丸。

「それでは、兄上遊びましょう」

「何をして遊びたいのだ?」

「お馬さんになって」

「う」

仕方ないと、四つん這いになって茶々が乗れるように低い姿勢になる。

「ハッハッハ、流石にお市の娘だな。斯波家の跡取りを馬にするのか」

「茶々は将来、兄上のお嫁さんになる」

「ハッハッハッハ、そうか。次の天下人の嫁になるのかのぅ。夢が大きいの」

「天下人とは凄いですね」

於市は素直に嬉しそうだ。

「正親町帝から、義昭ではなく余が政治を行えと奉書を頂いた。余が天下人だと帝が認めたのだ」

「それは、おめでとうございまする」

織田家にとっては正月からの吉事だ。祝う長政。

「うむ。有難う長政殿」


「それでは皆の居る部屋まで行ってみるか?」

「はいっ!出発!」

「ヒヒーン!」

茶々の馬になって襟筋を掴まれて苦しむ奇妙丸を見ながら、長政はふと考えた。

(天下か・・。私は天下人になる資格はあるのだろうか、義兄さえいなければ私が南近江を抑え天下を狙えるのではないか・・・)

長政の中に武人としての野望がないわけではない。浅井長政は列記とした戦国大名だ。

上洛戦に加わり、二条城の普請にも参加したものの浅井家の領土は増えてはいない。南近江は義兄上のものになってしまった。収入源である若狭との交易も、朝倉家との対立で北国からの交易品が思いのままにならなくなりつつある。織田家が隆盛を極めていく中、このままでは浅井家は没落の憂き目にあうのではないだろうか・・。


「奇妙丸と武田松姫の子供に、茶々が嫁入りすれば、茶々の子供は織田と武田の血をひく天下人となりますよ」

妻・於市が放った一言に衝撃を受ける長政。

血の繋がりに武田信玄入道までが加われば、浅井家はどちらかのただの一門衆で終わってしまうことが眼に見えるようだ。大大名の子分として家の存続のことだけを考えていくのか、それとも三好・織田家に代わり畿内の覇者となるのか、どの時点でこのような流れに取り込まれてしまったのだ?と分れ道を振り返る。


「どうした?長政殿」

言葉少なになった長政の様子が気になり声を掛ける信長。

「いえ、我が国元は朝倉家の関所検問が厳しくなり、経済制裁を受けている様な状況にあり、寂しい正月を迎えております」

「そうか、朝倉義景の奴、許せんな」

「ええ(織田と朝倉の対立が根っこにあるのですが・・)、今は上方と、濃尾からの輸入に頼る状況です。北近江に諸国が欲するような何か特産品があればよいのですが」

長政の言葉を受けて、於市姫が信長に懇願する。

「兄上様、湖北の人々は流通が封鎖されて困っています。何とかなりませんか?」

於市は尾張美濃と比べ湖北の人々の窮状を見て、領主の妻としてなんとかせねばと実感していた。

「うむ。早急に手を打たねばな」

「何か良い策でも?」

長政と於市は、信長の知恵の深さを尊敬している。

「若狭、そして越前へ侵攻し、朝倉家を懲らしめて、北国街道の往来を自由にすれば、中継地である浅井領内は潤うこと間違いなしではないか?」

「朝倉を?」

「うむ、義弟おとうと殿には朝倉攻めの先陣をつとめてもらいたい。もしくは、先に朝倉領に攻め込み、切り取り存分にしても構わぬぞ」

「領地を頂けることは有難いことです」

「考えてみてくれるか?」

「ええ」


ヒヒーーーン!

アハハハ!

茶々が、笑いつかれて飽きるまで、奇妙丸のいななきが御殿内に響いていた。


*****

岐阜城山麓、奥御殿。


信長との目通りを終えて、夫婦は御殿の離れにある別館を宿泊場所として与えられていた。

ここは、浅井家の自由にしてよい建物で、於市の付家老として浅井に来ている藤掛三蔵長勝が、風呂や台所の事など雑務を引き受けている。長勝はこのような時の為の織田家との取次役だ。奇妙丸と長勝は年齢の近い事もあり、幼い頃は一緒に遊ぶこともあった。


長政の部屋に、長政の側近で乳兄弟でもある脇坂佐介秀勝が部屋にやって来た。

・・・・脇坂家は浅井家の譜代重臣で、北の脇坂家と南の脇坂家があり両家とも有力な湖北の豪族だった。家臣団の中でも両脇坂と呼ばれ、脇坂一族の中でも北脇坂の佐介秀勝は長政の第一の側近だ。秀勝は先の上洛戦に一族の南脇坂の安明が先陣を勤め力戦し戦死を遂げたのだが、その武功に対して何の恩賞もなく織田家がひとり軍功を独占している事に強く不満を持っていた。それに安明の子、甚内安治が幼くして父を亡くしたことが不憫でならない。


秀勝が、長政に膝を突き合わせるように詰め寄る。

「我が殿はいつから織田家の家臣に成り果ててしまったのですか?」

「そのようなつもりは・・」

「もはや、完全に織田一門衆の一人ではありませぬか」

「奇妙丸殿が斯波家を継承したとなれば、朝倉家よりも上位。それに越前国は朝倉家が斯波家から奪い取ったもの。信長が越前を従えたうえは自分の分国にすることは眼に見えておるではありませぬか? 越前国切り取り次第という約束は虚言に決まっております!」

義兄上あにうえは、そのような野心などは」

「いえ、信長殿が足利幕府に替わる政権構想を抱いているのは明らか。討幕の準備は着実に進められているのではありませんか。信長自身が副将軍を受領しなかったことも怪しい」

「副将軍や管領の地位は、いずれ奇妙丸殿が元服して武勲を建てられてからということではないのか?」

「でしたら殿、義弟おとうとである殿が幕府重職に先についても良いのではないですか?

殿は京極家を凌ぐ力を持ちながら、幕府の四職、もしくは足利将軍家の管領になりたくは無いのですか?」

「!!」

脇坂の突出した考えに驚く長政、しかし下剋上の世に生まれた男としてはその考えは当然なのかもしれない。浅井家も守護職・京極家(*1)や、守護代・上坂家を凌いで湖北の雄となった。

「先の上洛戦では浅井家も血を流しているのです。殿も恩賞を得る資格はあります。これでは飼い殺しではありませんか。

このままでは浅井家は神戸(三七)、長野(信包)、斎藤(奇妙丸)、北畠(茶筅丸)、遠山(御坊丸)のように織田家に乗っ取られるのは明らかですぞ!」

「滅多なことをいうものではないぞ、秀勝」

「しかし、殿!」

「もうよい。下がれ」

「それでは・・」

岐阜での長政は、浅井家の将来を思い、心落ち着かない日々を過ごすのだった。


*****


(*1)京極家は佐々木氏の流れで、祖の京極高氏が、足利尊氏の友として室町幕府創業に深く関わり、幕府の副将軍格、山城国守護、近江国守護と要職を務めた名門だ。

やがて後継ぎ問題などの家臣団の内訌で没落し、同じ佐々木家後裔の六角家に圧倒された。現在の当主である京極高吉は浅井久政の娘婿となり、高吉と長政は義兄弟の関係にある。

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