248部:天主
美濃国 金華山山頂、物見楼閣。
岐阜に来訪していた朝山日乗上人と明智光秀が、
信長から奇妙丸と共に山頂の物見楼閣に来るように呼ばれた。
二人を案内するように申し付けられていた奇妙丸だが、傍衆達も同行していたので、声を掛け合って麓から登るうちに先を争うような雰囲気になった。
皆で競争する様に登ってきたが、日乗上人は平然とした様子である。光秀は武士の意地にかけて登り切った様子だが、少し息遣いが荒くなっている。傍衆達は山頂についた途端、ぐったりして横になる者もいる。
(三好家に監禁されていたこともあると聞いたが、きっと昔から厳しい修行をされてきたのだろうな)
自分を見る奇妙丸に気付いて声をかける日乗上人。
「ここは濃尾平野が見渡せて素晴らしい景色の山ですな」
「そうですね。私もこの雄大な景色が好きです」
二人の背後から声がかかる。
「余は、ここを日本の岐山だと思っている」
・・・・岐山は、海を渡った唐ノ(からの)国、周朝の天子が生まれた場所の地名だ、帝国国家の出発点といえる。
http://17453.mitemin.net/i186276/ 岐阜城イメージ図
信長の声を聴いて、傍衆達は一斉に整列して控える。
欄干で様子を見ていた信長と丹羽長秀が、物見楼閣の外まで三人を迎えに出て来たのだった。
「光秀は昔来たことがあるだろうが、これは、余の舅殿(斎藤道三入道)が建てた物見楼閣だ」
「松永久秀殿よりも早く、このような建物を建てられた道三殿は進んだ御方なのでしたな」
日乗上人が、故人(道三)を知っているであろう信長と光秀を見比べる。
「余は是を建て替える」
「え?」
驚く光秀。道三の思い出の建物が失われるのかと感じる。
「麓の楼閣は何のために建てられたのですか?」
麓の本丸御殿にあった立派な楼閣はどうするのかと思う光秀。
「あれは、余と家族が住む為に仮に建てたものだったが、今後は屋外に謁見用の欄干を増築して政庁として使おうと思う」
日乗上人が会話に割って入る。
「どうりで、城櫓とは趣が違うと思いました」
畿内の城を多く見て来た日乗にすると、石垣と塀で囲われた中に、庭園や居館に楼閣のある本丸御殿は特異だ。
「うむ。あれは櫓というよりも、岐阜の城下町を見渡せる塔だな」
確かに、父・信長は本丸御殿の最上階によく登って城外の城下町の人々をよく見ていた。
「それでは、松永殿の建てた多聞山城の城櫓とは、建物の存在意義というか、内容そのものが違うということですね」
日乗上人は、畿内の城に詳しい。
「ああ、舅殿が建てた山頂のこれは、物見用 烽火台から始まり、物見櫓、更に発展して物見楼閣へとなったものだから、外見は風流だが中身は簡素だ。
久秀の多聞山城も、中に茶室はあるが城櫓だな。将軍・義政殿が建てた東山山荘(銀閣)の雰囲気を旨く取り入れているが、最終目的は防御の為のものだろう。それに将軍家の山荘を上回るような豪勢な建物を建てるのは不遜と考え制御した節があるな」
「確かに、松永殿は敵が多いので派手ではございませんね」
戦国の世なればこそ、出る杭は打たれる。
「道三殿は、信秀公が何度も攻め寄せられたので、山頂に立て籠もる事もありましたね」
光秀が、道三入道の勢いがあり元気だった当時の事を思いだす。
「麓の居館を本丸曲輪、中間の曲輪を下から一の丸、二の丸、山頂を三の丸と呼んでいるのは、舅殿が山頂曲輪は見晴台と最終防御地としての用途を求めていたということだろう」
「そういえば、常日頃は麓の館におられましたな。龍興は一度、竹中半兵衛重虎(重治)に城を取られてからは山頂に居るように心がけていたようですが」
フッ、と斎藤龍興をあざ笑う信長。
「舅殿は、山頂の物見楼閣からは景色を展望し、逆に城下から見上げては、風流で雅な建物という以外には特別な意識は無かったと言う事だ」
「確かに」
「わが師、沢彦宗恩和尚からは、稲葉山城下のことを岐山の麓に相応しいということで“岐阜”という名を頂いたが、余と家族は濃尾の太守に相応しく、天に近い頂上に居住したいと思う」
「大きな志ですな」
「小牧の火車城でも山頂に暮らしていたのだが、山頂に建てたのは居館だった」
「ここでも館を?」
「岐阜ではこれに替わる楼閣を建造するつもりだ」
「城普請をなされるのですか?」
「稲葉山を奪取してまもなく、義昭の上洛等で忙しく、今まで城を整備する時間がなかったのでな」
「申し訳ありません」と足利義昭の上洛話を持ち込んだ明智光秀が謝罪する。
「いや、構わぬ。光秀のおかげで、宗恩和尚の命名した如く、岐山の麓から天下布武の軍勢が出発できたのだから。これは余の志でもある」
「有難きお言葉」
「奇妙丸も、宗恩和尚や日乗上人のような徳の高い僧侶からよく学べよ」
「はい。父上」
日乗上人は信長に認められていると思い嬉しそうな表情だ。
「それでは、山頂には将軍家が建てたような北山(金閣)・東山山荘(銀閣)の様に生活が出来るもので、さらに五重ノ塔の様に何層も高さのある建物を造るということですね?」
照れ隠しの様に日乗上人が信長に聞く。
「今回、名誉なことに正親町帝に政治を委託されたのだ、いずれ帝が岐阜を訪問される事があるかもしれぬ。帝を御泊めするのに相応しい御殿を用意せねばと思うな」
「天の主を迎える楼閣。その建物は“天主閣”と呼んではどうでしょうか?」
光秀が進言する。
「「おお!」」
光秀の発想に驚く一同。
「光秀殿は良い感性を持っておられる」
日乗上人も賛同する。
「天主か、構想が固まってきたの、五郎左はどうだ?」
丹羽長秀も、自分達の理想に相応しい名称だと感じる。
「天主閣の名に恥じぬ楼閣、造りましょう」
「うむ」
「普請の“大工棟梁”は誰になされる御つもりですか?尾張の岡部でしょうか、それとも大和の中井にでも?」
「京では昨年、衛門家兄弟の家督争いがあり、義昭が衛門宗定を「禁裏御大工総官」としたが、余は末弟の衛門宗久の腕前をかっている」
・・・・将軍・足利義政に重用された宮大工・右衛門尉から代々、右衛門尉を名乗り、衛門家と呼ばれる大工総官家。昨年から後継ぎ争いが起き、義昭と信長の元に後継ぎ問題が持ち込まれ、義昭が強引に宗定に決め朝廷に報告していた。
信長は、岐阜城の改築は衛門宗久を「大工棟梁」に据えて任せたいと考えた。
「義昭殿へのあてつけとなりませんか?」
「のぞむところだ。織田家の財力をかけて、宗久を後援しよう」
(都で内裏の修理が始まるが、岐阜城の普請も始めるとは、とてつもない財力・・)
織田家の経済力に驚きの色を隠せない日乗上人だ。
信長は、日乗の驚き顔と光秀の提案に上機嫌だった。
奇妙丸も松姫の館に新しい技術を取り入れたいので、丹羽長秀の遂行する城普請に興味を持って関わりたいと思う。
「いずれ、奇妙丸が住む城でもあるからな」
信長が奇妙丸の肩に手を置いた。
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