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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十三話(源氏長者編)
247/404

247部:千畳敷きの宴

信長が一度退席して、普段の着崩した姿で再び広間に現れる。

「皆!楽にするが良い。二人の姿を酒の肴にして飲もう!」

小姓達が信長の言葉に反応し、酒樽を広間に運び込み木枡を配る。

「忠三郎、冬姫、上座に座れ!」

二人に席を譲り、奇蝶の所へ行って、傍らに寝転ぶ信長。

「忠三郎になら安心して冬姫を預けられますね」

「余もそう思うぞ」

信長が率先して脱力しているので、皆も安心して談笑を始める。


「冬姫様、御結婚おめでとうございます」

赤幌衆や、黒幌衆の面々が上座に座った二人に次々と祝福に来る。忠三郎は元服を果たしているので遠慮なく酒が注がれた。

「忠三郎は果報者だな」

「冬姫様を泣かせるなよ」

祝の酌がてら挨拶に来た川尻秀隆や池田恒興も、忠三郎の大河内城攻めでの武功を認めている。この若武者を織田家の一員として温かく迎えていた。


広間では、大津や万見が取り仕切って、酒の肴が次々と運び込まれ、小姓衆達は各人の要望に応えて飲み物を運んでいる。地元土産として各地の大名が持参した酒樽が、台所には所狭しと置かれていた。

元・六角家家臣の南近江の諸将や、新参の伊勢衆達も、くつろいで信長家臣団の気風を見ている。尾張美濃衆からも近江衆や伊勢衆の方へと立ち上がって酒をついで回る者が現れ、各地の特産を語るもの、家族について語るもの、それぞれに縁を深めているのだった。


合間を見て、奇蝶御前も忠三郎と冬姫の前にやって来た。

「貴方も私の息子ですよ」と忠三郎と親子の杯を交わす。

「はい、御母上様」

照れくさそうに答える忠三郎。

「冬姫を幸せにしてあげて下さいね」

「任せて下さい!」

力強い忠三郎の返事に奇蝶は満足だ。


広間の隅で「冬姫様も、もう人妻かぁ」と呟く於勝。二人並んでいる姿を見て実感がわいてくる。

「それでも、五徳姫に比べれば遅い方だよな」

三河で会った五徳姫を思い出す於八。浅井家に嫁いだ於市姫はもっと遅かった。

「確かにそうですけど」

生駒正九郎も、冬姫が嫁入りしたことが悲しい。


「忠三郎殿が頑張ったからな!」

突然、正九郎の肩を掴んで三人の話に割って入った木下藤吉郎秀吉は、顔を赤くし酒に酔ってしまった様子で既に泣いている。

(泣き上戸なのかな?)と秀吉の印象を書き改める於勝。

秀吉も、伊勢の陣では前線に立って頑張ったが、城攻めで負傷してしばらくは役立たずであった。それが余程悔しかったのだろう。

「憧れの冬姫様が嫁入りなさって、私にはもう奇妙丸様しかいません!」

坐った目つきで奇妙丸を見る秀吉。

「「おい」」

全員がおかしなことを言い放った秀吉につっこむ。

「奇妙丸様、一生ついていきますぞー!」

ツッコミにもめげず奇妙丸に抱き着く秀吉。酒の席なので、一応は無礼講だ。

「奇妙様―!この切ない気持ちを、わかって下されー!」

「何を言っているのだ、秀吉殿?!」

「奇妙さまー!」

(いかん!)

強引に唇を奪われそうになったので引き離す奇妙丸。

「やめろぉおお!秀吉ぃ~!」

抱き着く秀吉に離れようとする奇妙丸。

アッハッハッハッハ!

もみあう二人の様子に、傍衆に侍女達が笑う。

「奇妙丸さまああああ!」

「やめんか藤吉郎!お主には寧々(ねね)殿がいるではないか!」

奇妙丸が秀吉の妻、寧々のことを思い出させる。

眼をパチクリさせる藤吉郎。



「うっ、ウッ、ウッキーーーーーーー!」

奇声をあげる秀吉。

「あっ! 猿になった!」

人から猿への豹変し、めげずに襲い掛かる。

アッハッハッハ!

ネタかと思って大ウケする於勝と正九郎。

「猿になって誤魔化すな!」

と再び必死に抵抗する奇妙丸。


上座付近での騒ぎに皆が注目する。

「野生だ」と秀吉を評する丹羽長秀。

「うむ」と佐久間信盛が同意する。

「品の無い方ですね」と新参の明智十兵衛光秀が呆れている。

「我らの周りにはいない人種ですな、嫌、猿ですな」と最近、光秀と行動を共にしている朝山日乗上人は、理性を失った獣と判断した。


「行け藤吉郎!」と前田又左衛門利家が秀吉をけしかける。二人は昔から「猿」や、犬千代の幼名から「犬」と呼び合う仲だ。二人でつるんでいるので、秀吉が調子に乗って暴走し始めると、利家が更にけし掛けて、騒ぎを大きくする。

「ワッハッハッハッハ!奇妙様はお前のものだ!」

手を叩いて喜ぶ利家。元同僚の赤幌衆達も利家にならって秀吉を囃し立てる。

「ウッキーーーー!」

上半身裸になり雄たけびを上げる秀吉。無駄な肉がなく意外に筋肉質な姿に驚く諸将。最近受けた北畠戦での傷跡が痛々しいが、それが更に野性味を持たせる

「いけっおす猿!」

逃げる奇妙丸を、顔を真っ赤にして追いかけまわす秀吉。

「キッキッキー!」

必死な形相の二人。

その様子をみて冬姫も笑い出した。

姫の笑顔に気付き、信長と奇蝶は二人を止める気がなくなり、これはこれで黙認しようと思う。その様子を見て奇妙丸の守役である塚本小大膳に、梶原平次郎も奇妙丸に心の内で謝って、余計な事はするまいと黙っている。


秀吉は、いつのまにか赤褌あかふん一丁姿になっていた。

「くっ、やめろぉお!」

秀吉に服を引っ張られて脱がされにかかっている奇妙丸をみて皆大爆笑だ。

「ホッホッホッホ、本当に猿みたいなお尻ですね」

奇蝶御前も秀吉の姿を見て笑う。

兄者あにじゃ、私は恥ずかしい」

公衆の面前で、ほぼ裸の姿を晒したうえ、奇妙丸様にじゃれついている兄に、これは大丈夫なのか?と心配になって頭を抱える木下小一郎秀長。

与力の蜂須賀彦右衛門正勝と前野将右衛門長康は、「まあまあ、いつものことじゃないですか」と小一郎を慰める。そして、「これは良い酒だなあ」と城主達が持ち寄った各地の酒の評価を談じて、秀吉を放置する。

京都での秀吉は、治安担当者でもあったので「織田家の恥にはならぬぞ!」という気概で厳しい禁欲生活を送っていた。その為、その任務から解放された時、反動が大きく出た。神宮の橋の修理をしている間、伊勢大湊・宇治山田の歓楽街へ若者の青木甚兵衛一矩等を伴って繰り出し、大いに金銭をばら撒いて遊び興じ、戦火に見舞われた町の復興に貢献して帰ってきたのだ。

農民になるのが嫌で家を出た秀吉は、御市姫や冬姫といった身分違いの高嶺の花に漠然とした憧れを持っている。しかし、身分の差と容姿はどうにもならないので、今はその鬱憤を冬姫によく似た奇妙丸に抱き着いて晴らしていたのだ。後に、奇妙丸と秀吉が、あまりにも仲が良いので、世間ではやっかみもあって、あの二人は出来ているのではないかと囁かれるようになってしまう原因であった。


赤褌あかふんどしを振り乱して奇妙丸を追いかける秀吉。

「ウッキッーキー!(つっかまぁーえた!)」

「乳首こねるなああ!」

柱にしがみついて抵抗する奇妙丸が、秀吉によって丁度半裸にされたところで、「冬姫の前だぞ!」と柴田修理亮が藤吉郎をしめた。

気を失った秀吉を、前田利家が回収する。

「柴田にしばかれたのぅ」と森可成。

「うむ」と頷く川尻秀隆。

(気がついた時、何があったか本人は覚えていないだろう)

信長が立ち上がり扇子を開く。


「秀吉の猿芸、比類なし!」


信長が秀吉を褒めて締めくくった。

ワッハッハッハッハ!

「さすが、鬼柴田殿じゃー!」

柴田勝家の瞬殺の腕前に称賛の声が浴びせられる。秀吉狂乱の後、広間は異様な盛り上がりだ。

「面白かったですよー!」と傍衆達が奇妙丸を迎える。

「誰も助けにこなかったな!」と責める。

「酔っ払いに何を言っても無駄じゃありませんか」と於八が開き直る。

「むぅ」

「奇妙丸様、申し訳ありません。皆様、お騒がせして済みません。柴田様すいません」

小一郎が必死に謝るので、奇妙丸は服装の乱れを直しながら気にしてないと手で合図する。冬姫の為に一肌脱いだという感じだ。

「本当に野生の猿みたいだった」

「あの素早い動きは大したものだ」

そのすばしっこさに変な感心をされる秀吉。

「次期武衛様によく襲い掛かったな」

「大胆な奴よ」

「いやいや、藤吉郎殿は面白いですな」

酔いに任せて暴れた秀吉に賛辞が浴びせられる(本人は覚えていないだろうが)。

「申し訳ありません。いつも、酒に酔うとよくああなりますが、最近は特にひどくて」

あらゆるところで、ひたすら詫びる小一郎。


奇妙丸が倒れている秀吉の様子を見に来る。

「身体の傷は癒えた様子だの」

「ええ、完全復帰です」と小一郎。

奇妙丸が筆箱から筆を取り出して、秀吉の身体に一筆書く。

「酒は飲んでも、飲まれるな っと」

一言、注意書きを書いておく。

「達筆で御座いますな、どれどれ」と蜂須賀も秀吉の身体に何か書き始め、「それでは私も」と次々と続く者がいた為、秀吉の身体はあっという間に墨字まみれだ。

秀吉はこれ以来、酔いつぶれると落書きのイタズラをされることが定着し、落書きが嫌いになる。


美濃衆の尾藤甚右衛門 知宣とものぶ、谷 大膳亮衛好だいぜんのすけもりよし、一柳市介 直末なおすえ、加藤 作内光泰さくないみつやす、古田吉左衛門重則や、尾張衆の寺沢藤右衛門弘政、堀尾茂助等が、秀吉を介抱する小一郎と青木一矩、蜂須賀正勝や前野長康の周辺に集まってきた。

「奇妙丸様も秀吉殿には心を許されている様子ですな」

「兄は、奇妙丸様幼少の頃からのお世話係でしたので」

「なるほど」

(次期当主・奇妙丸様とおふざけ出来る秀吉殿は将来有望よ)と、木下家の蜂須賀や前野の周りにも近江衆や伊勢衆が酒を酌み交わしにやってきたのだった。


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