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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十三話(源氏長者編)
245/404

245部:正月

岐阜城山麓、本丸岐阜御殿。


岐阜城には、遠征から久々に帰還し領地で正月を迎えた諸将が、次に信長の下に挨拶に集い、穏やかな正月明けを過ごしていた。

本丸御殿、千畳敷きの広間には織田家家臣団の主だった面々が席次通りに着座している。

今日呼ばれているのは、織田家家老の中でも、信長が実力を見極めて上位に引き立てた信頼している武将達だ。

そして、奇蝶御前と奇妙丸。侍女と傍衆達も上座側面付近に座していた。奇蝶御前は美濃国主扱いなので、女性ではあるが奇妙丸の為にこのような場にも出席する。岐阜城留守居の大役を務めた池田正九郎も通常の業務に戻り奇妙丸の傍衆に列している。その表情には役目を全うした達成感と安堵の表情が伺える。

この会には父である池田勝三郎恒興も出席していた。恒興は信長の乳兄弟だ。

小姓衆の中には、伊勢で別れた津田坊丸が加わっている。坊丸に眼で挨拶する於八に於勝。

上座には信長が座し、大津伝十郎と万見仙千代が左右に、後ろに堀久太郎秀政が信長の愛刀を持ち座していた。

「この場で朗報がある」

全員が信長に注目する。この正月は信長と都の正親町おおぎまち帝の間で使者が何度も往復していることを知っている。

「坂井 右近尉政尚うこんじょうまさなおからの、朝廷への枝柿えだがきの差し入れが当家に朗報をもたらした。奇妙丸、お主は斯波しば家の正式な跡取りとなったぞ」

「斯波! 尾張武衛おわりぶえい家ですか」

「そうだ、柿のお礼に正親町帝から正式な許可を賜った。これで遠江とうとおみ・尾張・越前えちぜんの継承権を正式に得たことになる。越前の朝倉義景よりもお主が格上、将軍とは同族だ」

「「えぇ!!」」

奇妙丸の傍衆、山田勝盛、服部政友、梶原於八、森於勝が驚きの声を上げる。

「驚いたか!」

「驚きますよ」

「余は息子思いであるな」

信長は上機嫌で、得意げに奇蝶御前を見る。奇蝶御前は微笑んで信長を見ていた。


・・・信長は以前、義昭から管領・斯波家の家督継承もしくは管領代・副将軍の地位などを勧められたが、和泉守護職と堺に代官置く特権だけを所望し、残りは辞退していた。

今回、正親町帝の仲介で奇妙丸が源氏長者・足利義昭の猶子ゆうし(*1)となり、足利家一門格という事で足利一族の斯波家家督を相続する運びとなった、これは信長の越前征伐への布石でもあった。斯波家といっても実質は滅亡(*2)しているので、奇妙丸は足利家の桐紋と斯波家並の礼遇を得ることになった。

奇妙丸には奇蝶御前の息子という美濃の継承権とともに、斯波武衛家の尾張・遠江・越前の継承権も上乗せられて圧し掛かることになったのだ。



(何もしてないのに、肩書が重くなってゆく気がする・・)

両親の思いは有り難いが、それに恥じない光るものを身に付けねばと精神的な重圧がのしかかる。

信長自身は、弾正忠の名乗りを正式なものと認めて貰いそれ以上の官位任官は拒否し続けていた。官位の低い自分に従う王侯貴族を見て逆に喜んでいる。「銭の力で世の中は動くのだ」と言い切り、弾正忠家の旗印とした曾祖父・信定の言葉を、まさに体現し続けているのであった。


「本年は朝倉義景討伐を目標とする」

信長が言い切った。

諸将もいずれその日がやってくるとは考えていたが、ついに来たかという気持ちだ。

「「おおっ!」」

「従四位下 左衛門督さえもんのかみ金吾大将軍という権威を与えられながら、奴は上洛軍にも参加しなかった。このような不義理があるか?!」

信長が広間の重臣たちに問う。

「義景は武人の鑑とは言えません!」

赤幌衆筆頭の福富平左衛門秀勝が、武士道の観点から義景を責める。昨年の北畠大河内城攻めに、尺間廻番衆が結成されたが今は解散し、信長直属の馬廻衆から新たな赤幌・黒幌衆が再結成されている。

秀勝は、前田利家や佐々成政達と同世代で彼らの中でも若手だが、信長にはいずれ大軍を率いさせてみたいと期待されている武将だ。

「義景は自らの官位栄達のみを求めているのは明らか!」

元・黒幌衆筆頭の川尻与兵衛秀隆が、義景の心根を責める。秀隆は信長よりも年長で、信長の実務の右腕として暗殺などの汚い仕事も請け負って来た。信長が計画を立て実行するのは秀隆だ。やり遂げる男だと信長の信頼は厚い。

「金吾大将軍の肩書は、義景には荷が重い!大将の器にあらず」

元・赤幌衆筆頭の前田又左衛門利家が、義景の器を評価する。利家は幼少の頃から熱い一面を持つ傾奇者だった。彼も信長が信頼する武将である。

「そうです!」

と賛同する赤幌衆。

「明らかです!」

と賛同する黒幌衆達。

その様子に、奇蝶の弟・斎藤新五、西美濃四人衆の稲葉入道一鉄(伊予守貞通)、氏家入道卜全(常陸介ひたちのすけ直元)、伊賀伊賀守(安藤 守就もりなり、不破河内守光治と、美濃奉行衆の市橋壱岐守利尚、九郎左衛門長利親子も圧倒された様子だ。


「織田を見下してきた朝倉だが、奇妙丸が斯波家を継いだことでぐうの音も出まい」

心地よくニヤリと笑う信長。

「殿様は、それで斯波家の名跡を奇妙丸様に!」

奇妙丸の立場にたって考えたことを声に出してしまった森於勝。諸将がギロリと年少の於勝を見る。

「よくわかったな、於勝」

信長に名前を呼ばれて鼻が高くなる於勝。

「朝倉義景は名門の尊厳を大切にしていますから、傷つくことでしょうね」

上座近くに鎮座する重臣筆頭の老将・林佐渡守秀貞は信長の心理を読み、義景の尊厳を攻撃したいのだと理解している。

「奴の尊厳を傷つける、奇妙丸は悪い奴だな」

信長が奇妙丸を見てニヤリとする。

「そんな、父上」

困った顔をする奇妙丸、それは全くの濡れ衣だ。

「ワッハッハ、冗談だ」

一笑してからキリッと表情が引き締まる信長。

「冬ごもりをしている奴が動き出す前に、越前征伐を決行するぞ!」

「腕が鳴りますな」

森三左衛門可成が骨を鳴らす。於勝の父・森可成は織田家でも一二を争う猛将で「攻めの三左」と敵味方に恐れられている。

「出世の糸口じゃー!」

現・黒幌衆筆頭の佐々内蔵助成政は、領土を得て大名になりたいと思っている。同世代の前田利家とは友であり良き競争相手だ。

「殿、先陣はこの修理亮に!」

柴田勝家は武辺道を究めて、天下に名を上げたい。一際体格が良く髭面で金剛力士像の様な印象を与える武将だ。見るからに豪傑の雰囲気が漂う。それほど年齢の開いていない赤・黒幌衆からも「親父殿」と呼ばれるのは、包容力のある容姿の故だ。

「斯波家の領地国を取り戻す。朝倉討伐の大義は整いましたな」

丹羽五郎左衛門長秀は、天道に従い世を正したい。信長が弟と呼ぶほど信頼している。経済にも通じ織田家で一番知的な武将だ。しかし、ひとたび戦場に出れば「鬼」と呼ばれるほどの猛将である。

「将軍絶えれば斯波が継ぐ、今川よりも格上の源氏じゃ。朝倉など眼中にありませんね」

木下藤吉郎秀吉は、身分格差というものを痛感しているので家格に対して逆に詳しくなっていた。

「良かったですね、奇妙丸様」

勝三郎恒興が、奇妙丸に微笑む。諸将一斉に奇妙丸を見る。

「「おめでとうございます」」

偶発的に諸将が一斉に唱和したため、腰が浮く奇妙丸。

「珍重、珍重」

信長の言葉に、諸将安堵の表情だ。


「ところで殿、越前の玄関、金ヶ崎は大要塞になっていると聞きます」

佐久間右衛門尉信盛は朝倉方の警戒網が強化されていることを調べていた。信長幼少の頃から信盛は常に信長の与党として戦って来た。二人には盤石の信頼関係があるので、冷静な対話ができる。

昔から、森・坂井・柴田の三人と合わせて畿内では「織田家の四天王(*3)」と呼ばれる武将だ。

瀧川一益は、伊勢方面の御番役として残っていなければ、畿内で織田の五虎将と呼ばれていたかもしれない。


「不落の関所というな」

信長も金ケ崎周辺に人数が集められて大普請が行われていることは知っている。

「殿には何か秘策があるのですね」

四天王のひとり坂井政尚は、ここぞという時の信長の知恵を崇拝している。信長に命を預けて眼前の敵を倒した時の高揚感が忘れられない。その戦いぶりから森に劣らぬ特攻隊長として信長から重用されている。

息子の久蔵尚恒は、奇妙丸や於八と同じ年齢ながら先の上洛戦で大将首を取り器量を認められて、この会に親子で出席することが出来た。彼もこの先織田家を背負っていく武将になるだろうと期待されている。

「フッフッフッ、我らで武衛家の悲願であった朝倉打倒を成就し、越前国を取り戻すぞ!」


「「おおー!!」」

斯波家が、朝倉五代の壁によって奪還ができなかった越前国を、ついに討伐するときがやって来たかと感慨もひとしおだ。

しかし、越前一国五万兵、精鋭二万余騎という初代・孝景が擁した軍団が健在だ。そのうえ長年、加賀一向一揆とのいくさに鍛えられている。実戦慣れした軍団は手強い。朝倉家の陣代(戦奉行)として高名な朝倉宗滴入道以来の名将が、越前に現れたとは聞かないが、いつそのような武将が朝倉一門から出現してくるかもしれない。

死の覚悟もせねばと心を決める一方で、今のこの時を楽しもうと思う諸将だった。


*****


(*1)猶子とは、養子とは違って姓を受け継ぐわけではないが、身分や財産を受け継ぐために指名された当人に由緒のある子ということだ。

(*2)天文23(1554)年尾張国主・斯波義統は、清州城の尾張南半守護代・織田大和守と又代・坂井大膳の謀反により討たれた。義統には息子がいたが、嫡子・義銀は桶狭間合戦の後に、一門の戸田領主・石橋義忠と、隣国の西条領主・吉良義昭と結んで信長を追放しようとし、逆に尾張から追い出されて出家、三松軒入道(津川義近)と称して現在は堺で暮らしていた。弟の毛利秀頼、(津川)義冬、(蜂屋)謙入はそれぞれ信長によって引き立てられている。

(*3)小説が進む中で「織田四天王」は武将の戦死などで移り変わっていきますのでご了承下さい。


http://17453.mitemin.net/i229875/

「源氏長者」をめぐる足利将軍家と斯波家、三好と武田、織田家の関係略図(*4)

挿絵(By みてみん)

(*4)今回の小説で作者が考案した珍説です。定説ではありませんのでご了承下さい。

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