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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十二話(志摩鳥羽編)
239/404

239部:鯨肉

「国友銃槍改、撃ち貫く!」

於八が鯨に目掛けて石火銛を放った。


ザッパアアアン!!


鯨が引き起こした波しぶきが、浜に居る人々に降りかかる。

「ひぃいいいい」


於勝を吸い込もうとした先頭の一番大きな鯨は、於八の放った銛先が当たり、大きく跳び跳ねて砂浜でもがいている。

大鯨について来た二頭の鯨も砂浜の浅瀬に乗り上げてしまった。


板垣信安や山田勝盛も驚いてやって来た。

「鯨?!」

「浜にあがってしまったな…」


服部政友が目測で大きさを検討している。

「七、八(14.4m程)間あるか? 巨大だな」

虎松と与平次は近くで見る鯨に興奮している。

「でか!!」

「全身ずぶぬれだよ」

於八の放った石火銛が鯨の頭部の急所を捉え突き貫けて、於勝は飲み込まれずに済んだようだ。

於勝は砂浜に転がっていた。

鯨の吸引からなんとか逃れきったが、体力を使い果たして動けなくなっている。


於勝に駆け寄り、助け起こす奇妙丸。

「大丈夫か、於勝?」

「くっ、喰われるかと思いました」

「於勝が餌になるところだった」

「目を付けた相手(於勝)が悪かったですね、ハハッ」

ひきった笑顔の於勝。

「食えるのかな?」と虎松が鯨に近づく。

大鯨は動かなくなっていた。於八の石火銛が見事に急所に当たったようだ。

「鯨は無駄になる部位はありませんよ。漁師たちにも大変重宝されるものです」

大湊の吉川兄弟が、大いに鯨の素晴らしさを解説する。


しばらくして、鯨が乗り上げたことに気付き、近隣の漁師達が集まってきた。

「これは、たいしたもんだ!」

「海神様からの贈り物だ!」

「寄り鯨(座礁鯨)だな、ありがてえ!」

鯨一頭で、七か村の食糧が十分賄えると言われる。

「鯨油は一頭で三百樽は取れるな」

鯨油は、灯火にも使えるので、都の貴族達にも重宝される。

松姫が漁師に問う。

「鯨が浜にうちあげられることなど、よくあるのですか?」

「そうあることではありません」

二見の村長も杖をついてやって来た。

「寄り鯨が来ることは、ほとんどないですな」

鯨が打ち上げられたのは何十年ぶりかのことだ。

鯨はその髭から尾まで、すべてが活用できる漁村にとっては有難い生き物だった。

「肉は食用に、鯨油は食用と灯火用、睾丸は薬用などに、臓物や骨は肥料用に、ヒゲは箒や、砥ぎ道具に使えますから、捨てる部分はまったくないですよ」

「鯨肉の塩漬、鯨油の採取、骨粕の処理といった加工処理に、一日三百人は必要ですな」


周辺の村々からどんどん人が集まり、余りに増えたので警備の兵が近くに寄るのを止めに入り、遠巻きながら物珍しげに見ている。

動かすには充分に人手は足りそうだ。


近隣各村の村長たちが代表して、奇妙丸と松姫に挨拶に来る。

「鯨を任せても良いか? 報酬ははずむ」

「もちろんでございます。これで、豊かな年越しが出来まする」

「それは良かった、海神様に感謝だな」

「恵んでくれた神様を、お祭りしないと」村長達が集まり話し合っている。

濱に打ち上げられた鯨は、漁村まで運ばれる事になる。


織田と武田家の幟を掲げて、鯨に紅白の紐が巻かれる。

お祭りのように周りで太鼓や鐘を打ち鳴らしながら、村人が綱を引っ張る。鯨が船に乗せられて次々と村へ運ばれた。


丁度、三頭いるので、武田、織田、近隣の村々へと三等分することにした。

そして、周辺から集まった漁師の指導で、織田・武田の侍衆達が解体し、皆で分けることになった。織田・武田の初めての共同作業だ。

「保存はきくのでしょうか?」

肉の鮮度の心配をする松姫。

「干物にすれば長持ちするので持って帰れますよ」

二見の村長が代表して答える。

「良かった」

甲斐へ良い土産ができたと喜ぶ松姫。

「父上も喜びそうだ。我らの分も干物にしてもらえるか」

「お任せを」

奇妙丸は岐阜や、尾張、三河の協力者達になった人々にも配ろうと思う。

父も美濃衆、近江衆や畿内の協力者へ用立てが必要かもしれない。

「それでは、充分お肉がありますので、皆様に振る舞って余った分を御土産用に致しましょう」

漁村の村長が手早く指示して、部位ごとに肉の処理先を分けにかかる。

「あとは我々に任せて下され」

「うん。楽しみにしているぞ」

こうして、於勝を追いかけて砂浜に引き上げられた鯨たちは、二見浦だけでは人手が足りず、大湊や浜七郷の各漁村からも漁師たちが手伝いに来て加工された。

・・・・後日。この鯨肉は、織田家一族に配布されたばかりでなく、信長によって京都の朝廷にも献上されることになった(*1)。


*****


(1)永禄13(1570)年一月十三日、織田信長、禁裏へ鯨を献上。献上された鯨肉は貴族の各家に分配された。山科言継が日記に記す。

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