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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十二話(志摩鳥羽編)
236/404

236部:御食国

大広間での宴会は、まだまだ続きそうだったので、元服前の者達は退席して就寝の準備に入る。

桜や松姫は、鳥羽の居館にある風呂に通された。気をつけてはいたが汐風を受けて髪が固くなった感じがする。松姫にとっても、ゆっくりとつかり、身体を伸ばせるお風呂は久々だった。

それに、船内と違ってふんだんに湯を使える。船内では女ということで特別に湯を使う事を許されていたが、それでも貴重な水を使うことは皆に悪いと思い遠慮していたのだった。

松姫が桜と一緒に入ることを希望する。

一人で入る方がくつろげるのではと遠慮したが、

「お湯の節約にもなるから、ね」

松姫の押しに桜も従う。

松姫は湯船につかり羽根を伸ばした。

「やはり、お風呂は良いわね、桜」

「ええ、本当に」

桜も同じ気持ちだ。

「あれは、海鳥の声でしょうか」

「そうですね。波の音が遠いですね」

「やっと、人心地ついた気がします」

「はい」

身体がほっこりと温まって来ている。

「鳥羽に着いた時はどうなることかと思いましたが、こうして話し合う事ができて良かったですね」

「ずっと、奇妙丸様は、人の気持ちを調整することに心を砕いておられます」

「跡取りは大変ですね」

「織田も武田も普通の大名家ではありませんから」

お互いの傍衆も、それなりの苦労をしていると思う。

「桜は、皆といるのが楽しいですか?」

「はい。甲賀に居た時よりも一日一日があっという間に過ぎて行きますよ。

松姫様は元気に過ごしておられましたか?」

「ええ、あれから諏訪の兄上様の所によって、兄上と共に甲斐に帰国しました。父が関東に出兵するというので、家の中は大騒動でしたよ」

「忙しくされていたようですね」

武田家も、織田家と一緒で外征に忙しいのだと思う桜。

「旅をしている貴方達ほどではないと思うけど。奇妙様が文をくれるので、皆の様子がいつも良く分かりますよ」

「それほど詳しくですか?」

「はい。今では奇妙様から手紙を頂くのが楽しみです。於八さんが最近は門を爆破することに凝っているとか、於勝さんが毎朝寝坊してくるとか、虎松に与平次さんが桜さんとお風呂に入りたがるとか」

「!!」

何を書かれているかわからないと、恥ずかしくなる桜。

「手紙も嬉しいのですが、私は色んな事を一緒に体験している桜が羨ましいです」

以前、冬姫に言われたことも思い出し、姫様達は厳しい警護の中に居てなかなか自由には動けず。気持ちをすり減らしているのだなと思う。


自分は今ではある程度自由に動き回れる身ではあるが、甲賀に居た時はさとの規則に縛られていたので、今の織田家の待遇には本当に感謝している。いざとなれば奇妙丸の盾となって命を張る覚悟なのは、伴兄弟は皆同じ気持ちだと思う。


「背中を流し合いましょう」

そう言って松姫が湯船から出て、手拭を桜に渡す。流しの椅子に座って背中を向けるので、桜も立ち上がって後を追いかけた。


*****

就寝前には、奇妙丸にあてがわれた来客用の部屋に、一行の皆が集まって内輪の宴が開かれた。

水軍関係者の弥富服部水軍の政友や楽呂左衛門は、嘉隆兄弟につかまってまだまだ宴会を抜けれない様子だ。大湊の吉川兄弟も加わり爆笑の声が館に響いている。


早々に抜け出した者は皆、風呂に入ってさっぱりした様子だ。

(松姫は、少し大人っぽくなって、より可愛くなったかもしれない)と初対面の頃よりも少し成長した松姫にすこしドキドキしている。この時期は女子の成長の方が早い。

傍衆達の間では志摩のお膳は美味しかったという話題でもちきりだ。

「さすが志摩国ですね」と於八。

「うむ。御食国みけつくに 志摩の海女なら し真(志摩)熊野まくまの 小舟に乗りて 沖へ漕ぐ見ゆ(*1)。

 というからな」と奇妙丸が詩を詠む。

「大伴の中納言家持ですね」政友が反応する。

「うむ、万葉集の詩だ。大和姫が志摩国の食の美味しさに感動して御神贄の国と認定したからな」

御食国みけつくにが志摩国の枕詞になっている」

なるほど顔の於勝。虎松に与平次はやや眠そうな顔をしている。

「小舟に乗って沖へ漕いでゆくのが見えるが、それは志摩の海女であろう。律令の良き時代を表していますね」と松姫。

松姫も武田家の姫らしく、流石に知識は豊富だ。武田家のお家柄、都の事も良く学んでいる様子だ。

「律令か」と呟く山田勝盛。

「寺社や貴族の方々は律令の頃の様にというのが口癖ですね」川尻吉治が返す。

川尻の言葉を受けて、自分の考えを述べる奇妙丸。

「私は、昔に戻すというのは違う気がするな。今の世にあった天下の静謐を目指さねばならぬと思うぞ」

「それは、どのような?」於八が奇妙丸に問う。

「父の掲げる天下布武は、武をもって天下を静謐に導くという意味であろう」

「はい」

「内で争い合うのではなく、日本の侍が一致団結して国を守り、外洋を目指すという事だと思うがな」

「日本国を守る ですか?」

「そうだ、いつ『元寇』の様なことが起きるか分からぬ」

「奇妙様は、そのような危機が迫っているとお思いなのですか」松姫が奇妙丸に問う。

「鳥羽殿が先程言っていたが、元寇の前には大陸の海賊が、対馬や壱岐、九州の沿岸を襲い、島民が虐殺されたり(*2)、多くの日本人が高麗に奴隷として攫われたという」

「そのような・・」驚く松姫。

「まさか、この強国、日本が攻められるという事はないのでは?」勝盛は侍の国日本に自負がある。

「今が安全だと、どうしていえる?」

「それは・・」

「私は、天下人となった者は皆が静謐に暮らせる世を作る責任があると思う」

(奇妙様、男らしい)

いつもの優しい文面の奇妙丸とは違う一面を知ることができ、松姫は思わず見惚れる。

「我ら若様の為に、命を懸けますぞ」

「九州入りの先陣は、この於勝に!」於勝の目が爛々としている。

会話を大人しく聞いていた於勝が、いつもの調子に戻ったので皆が微笑む。

「ああ、宜しく頼む」と物騒なことをいっているが、気持ちは買っている奇妙丸。

「それでは、わたしは織田水軍を率いて、唐ノ国へでも行ってきましょうか」と川尻。

皆が武功を挙げる為に、奇妙丸に予約が次々と入る。

それから、熱い歴史談義が繰り広げられたが、やがて傍衆達は夜も遅いのでと一人ずつ退出して行き、最後には奇妙丸と松姫の二人きりになった。


「南志摩の豪族たちも、我が武田家が仲介して和平条約を結ぶことで争いが治まるでしょうか?」

松姫は志摩国の情勢が気になっている。

「武田家のおかげで、豪族たちも家が滅亡するまで、玉砕の覚悟で戦う必要はなくなると思います。志摩国に平穏が訪れるのではないでしょうか」

「お役に立てるのですね?」

「もちろんですよ」

「私も志摩に来て良かった」

「私達二人の婚約が多くの人の生活を守ることが出来て何よりです」

「そうですね」

目が合ってはにかむ二人。

「そうだ、姫と行きたい場所があります」

「それはどこですか?」

目を煌めかせて返事する松姫をみて照れる奇妙丸。

(松姫可愛いいよなぁ、信玄入道が溺愛する気持ちがわかるな)

姫は楽呂左衛門を紹介された時の話を思い出す。

「そうですね、一緒に南蛮も見てみたいですが、今は伊勢神宮の傍の二見浦という処です。富士山が見える良い場所だそうです」

「では明日、そこへ連れて行って貰えますか?」

「ええ、宜しいですとも」

明日の予定を決めて、鳥羽館の夜が更けていった。


*****


(*1)家持の詩は、5・7・5・7・7で読めば、志摩熊野とするのが正しい読み方の様に思えました。

(*2)元寇前の「刀夷入寇」のことです。高麗の言い分では、女真族の海賊三千人が攻め込み、対馬島の島民を虐殺・放火・略奪したということですが、海賊の中には高麗人も少数含まれていたということですから、沿岸の混成軍だったのではないでしょうか。

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