233部:織田・武田同盟
「では、奇妙丸様には私から本当のお土産を渡しますので御船屋形の部屋へ、皆さん、私について来てください」
「わかりました、松姫」
安宅船屋形内の、松姫の部屋へ案内される奇妙丸達だ。松姫からは奇妙丸だけではなく、お供の桜、於八、於勝、今は不在だが池田正九郎にも贈り物が用意されていた。
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甲斐の諸将は、安宅船から降りてから、奇妙丸との話が調子良くまとまったので緊張を緩める。家老達の姿を見て水軍先方衆の伊丹秀虎、向井政重、それに小浜景隆が打ち合わせにやって来た。
「松姫を前にしては、織田の諸将も武田家の活動を縛ることはできまい」
板垣信安が満足顔で話し始めた。
「声が大きいぞ、信安」一言窘めてから、
「確かにそうだな、我らは同盟国の仲間ゆえ」
甘利昌忠が、ひそひそ声で同意する。
「いやしかし、流石に信玄公、いや御屋形様ですね」
朝比奈信良が囁く。信良にとっては織田領に自分が居るというのが不思議で仕方ない。
「うむ。今のうちに織田家の領地を隅々まで見て回る事が出来る。そのうえ各国に武田派を作ることが出来そうだ」
武藤喜兵衛も信玄の政略に心躍る。山城国や摂津にまで調略に出かけたいくらいだ。
「いずれ織田を吸収して、相模北条、越後上杉を叩く!」
甘利昌忠が拳を握る。
「我ら武田が、天下を動かす日が来る」
武藤喜兵衛が昌忠の拳に手を被せる。円陣に加わった諸将も次々と手を被せた。
「板垣殿は連絡拠点として松姫様の傍に残ってくれ。交易の件は友野殿に預けよう」
「おう」と板垣。
「では皆の衆、手分けして担当の海賊の説得へ行くか」
「「おう」」
甘利昌忠の号令の下、解散する。
それぞれの船に乗り込んで行く家老衆。湊の武田軍船への出入りが出港準備の為に慌ただしくなった。
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波止場から離れた松の木の陰で、出浦と伴ノ一郎左衛門が立ち話をしている。
「我ら武田の課題としては、伊豆相模の北条水軍との戦力差がありすぎるのだ。武田家としては水軍を増強したい」
「北条に対抗できる水軍を得たいということだな。駿河湾の防衛に加勢することは織田家としてもやぶさかではないだろうな」
奇妙丸様も納得されてのことだろうと、奇妙丸の思いを考える一郎。
「北条の海将達は、我らを「武田の山猿」と呼んで舐めておるのでな。志摩の海賊達と手を結んで、相模湾を脅かし一泡吹かせたいのだ」
「志摩の海賊衆は武田家と結ぶことで家の存続を計れる。話に乗って来るかもしれませんな」
織田家と武田家は同盟を結び、婚姻をも結び一心同体の間柄であるから、名目上、国境等は無い。諸豪はどちらに出仕しても良いのである。
織田家にとっても悪い話ではないと思う伴ノ一郎左衛門。それで治安が保たれれば流通は保証される。
奇妙丸一行を襲った南志摩の武将達は、高波で打撃を受けているはずだ。
「今なら青田狩りでしょう」
「そうなのか? それでは我らの採用活動も忙しくなるな」
どうやら出浦配下の武田透波衆が船員の姿で多く紛れ込んでいる様子だ。
「織田と武田の利害が一致してよかった」
武田の諜報組織は、織田家のそれを上回っているかもしれない。伴ノ一郎左衛門は戦争になれば忍びの者達がどれだけ陰で血を流す事だろうと心配する。
「奇妙丸殿と松姫の縁の有難さよ」
「誠に。それでは」
「ああ」
何事も無かったように自分の役割に戻る二人だった。
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奇妙丸の乗る九鬼家安宅船の屋形に松姫が訪れていた。中には奇妙丸の傍衆と松姫が居る。虎松に与平次は、陸で馬に飼い葉を与えて世話をしている。その様子を離れた所から見守る楽呂左衛門。呂左衛門は目立たぬ様に頭巾を被っていた。
「私も、松姫に渡そうと思った手紙を直接渡すことができて良かった」
奥から箱をもってくる奇妙丸。
漆塗りの玉手箱を開けると、紙の山が崩れ落ちる。
「奇妙丸様、こんなに書いて下さったのですか?」
箱から溢れる手紙の量を見て驚く松姫。一緒に驚く三人。
(奇妙丸様がこんなに筆まめだったとは!)
驚く於八。
(いつの間に、こんなに書かれたのでしょう?)
いつ時間があったのか不思議で仕方ない桜。
奇妙丸が、頭をかきながら松姫を見る。
「色々な所を見て回る事が出来たので、松姫に、我らと一緒に旅をしている様に伝えたくて」
(奇妙丸様、可愛い!!)思わず心の中で叫ぶ松姫に於勝。
「奇妙丸様、せっかくですから手紙を読んでくださいな」松姫が提案する。
「えええ!!」
考えてもいなかった展開に赤面する奇妙丸。
「それはいい提案ですね」於勝が茶化す。
「さあ!」とせかす松姫。
「さああ!」と松姫の真似をする於勝。
「お前たち、少し席を外してくれないか」
奇妙丸が松姫との妥協点を探す。
「駄目です。皆さま、証人になって下さい」
「そんなぁ」
松姫は奇妙丸の困った姿を見て、再び可愛いと思う。
「「証人になります!」」
三人は武田松姫方に離反した。
「おいっ!」動揺する奇妙丸。
たじたじにな姿を見て、喜ぶ四人。
明るい笑い声が船内に響いた。
舟屋形の外で、護衛の任に着く川尻と山田。
「何だか中が賑やかだな、武田と慣れ親しみすぎなのではないか?」
山田が心配する。
「良いのではないか、婚約している仲だ」
川尻は松姫を良く知っているので心配はしていない。
「うむ」
あとは会話もなく甲板で待機する二人だった。
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