229部:相差の伊藤
ようやく空が白み始め、夜が明けようとしている。
女御島の玉色姫は、未来を見通す能力があったので、海女達は事前に異変があることを聞いて、島の高台にある社殿に避難していたので全員無事だった。
一方、九鬼・吉川水軍は、的矢湾の入り口になる相差の沿岸でまた高波が来ることは無いか、海の様子を見て待機していた。
数え切れない銛先が船体に突き刺さっている。
「英虞衆の新武器は、危なかったな」奇妙丸が屋形の壁に刺さる1本を引き抜く。
「唐ノ国の石火槍に似ている武器です」
床に転がる銛先の一つを取り上げ、じっくりと表裏を見る政友。
「柄が短い分、飛距離が伸びるのでしょうか?」
火槍との違いを考える。
楽呂左衛門も興味深げに見る。
「面白いものが日本にはありますね」
呂左衛門の言葉に奇妙丸が答える。
「漁師が使う、離頭銛が進化したみたいだ」
於勝は引き抜いた銛を、陣盾に向けて投げ、銛の刺さり具合を楽しんでいる。
「魚は捕れなさそうな銛ですけど。火薬で飛ばすとは。いやぁ、よく考えますね」
「生産性から言えば、鉄砲の玉の方が大量生産できるでしょう」
於八が銛先の作成過程を想像し、その工程の面倒さを考える。
「発射した者は海賊だから、戦後に誰の獲物か判る武器を選んだのだろう」
奇妙丸が海賊の立場に立って考えた。
「志摩の海賊が銛を持っていたら、気をつけないといけませんね。火を噴いて飛んでくる」
政友が皆に教えるように言う。
「「うむ」」全員の意見が一致した。
翌朝、相差湊から、伊藤兵夫の船団が出撃し、九鬼吉川連合水軍を見つけて傍にやって来た。
「おーーーーい!」
帆の綱を持って船の先端に立ち、手を振る武将。鉢巻きに胴丸、籠手脛当ての最低限の軽装姿をしている日に焼けた青年武将だ。
「伊藤兵夫です、奇妙丸様でしたか」
「相差は大丈夫だったのか?」
「我ら、怪しい船団が安乗崎沖に居ると聞いて、相差から出航し湾外に出たところ、引き潮に続けて高波が来たのですが、外洋に出ていたので被害はありませんでしたよ。運が良かった」
織田家にとっては、まるで大丈夫な時を見測らったような瞬間に高波が来ていたのだ。
相差伊藤と九鬼の両旗艦が併走し、歩み板が渡される。
伊藤兵夫が九鬼の船に渡ってきた。
「昨夜の異変は、いったい何だったんでしょうね?」
相差の者達も、突然の天変地異に肝を冷やして、船内はその話題でもちきりだ。
「高波の原因は、わからぬ」
ダイダラボッチの様な巨人を見たとは、九鬼・吉川の船員は誰も言わなかった。
海賊船団の中で無事だった艦船は、出撃時の三分の一以下だ。
第五陣の和具船団が、反転していた為一番損害が少なかった。遅れて反転しようとした第四陣の艦船は、側面に高波を受けて横転し船員達は船外に投げ出された。
第一陣から第三陣までの船と、的屋水軍は渦に飲み込まれてほぼ壊滅した。
耐えた船は、もう織田方と事を構えている場合ではなく、生き残った仲間の船員達を回収して、早々に的矢湾を脱出していた。
「奇妙丸様たちは、これからどちらに?」
奇妙丸一行にひと通り挨拶を済ませた兵夫が奇妙丸に尋ねる。
「目的の物が手に入ったので、これから澄隆殿の故郷に一緒に帰還します」
奇妙丸と澄隆を見て微笑む。
「そうでしたか、それでは的矢湾の様子は我々が、確認しに行って参ります」
「うむ、宜しく頼んだぞ。女御島は御神領故に無礼の無い様に気を付けて見守ってくれ。もし、女御島の海女達に困った事があれば、相差で保護してあげて欲しい。それから、英虞七人衆は侮れない兵器を持っている、油断なきよう頑張ってくれ」
「はっ、有難きお言葉。女御島の件も、ご期待に添えるよう努力致しまする」
「うん、頼んだぞ」
こうして、伊藤兵夫に後を託し、九鬼・吉川船団は、澄隆の故郷を目指し北上する。
*****
 




