225部:国崎 海女神社
女御島に向けて出港した九鬼・吉川連合水軍。
海女御前と玉色姫は安宅船の主屋形の艦長室に案内される。
玉色姫のいる主屋形は男子禁制となる。
九鬼の安宅船では、海女により運び込まれた海女桶から、何が出てくるのか興味の尽きなかった於勝に虎松、そして与平次達が無駄に甲板上を歩き回っている。
「絶対に見るな」と警告されているが、禁止されるほどに見たくなる年頃だ。
チラチラと船内を覗き込むが、海女達も船に乗り込んでいる為、肩身の狭い様子で甲板に居る。
やがて海に突出する岬が見えて来た。
国崎湊。
・・・・国崎は、志摩の国の海岸で一番東に突き出ている為、国の先端の名がつけられた。更に、その岬の先は岩礁があり、航路上の難所となっているため鎧岬とも呼ばれる。
沖では黒潮と親潮がぶつかり合うため潮流を読むことが難しいが、両潮の運んでくる海の幸が得られる豊かな漁場でもある。
岩礁に守られ、近寄りがたい鎧岬。
ここには海女神社、別名は海士潜女神社 (あまかずきめじんじゃ)がある。昔から海女御前を祭神として祭っている。
「ここが海女達の総本山なのだな」
奇妙丸が、楽呂左衛門の望遠鏡で様子を見る。
海女の頭領、弁天御前が答える。
「古から、海士潜女の漁の安全を守る神として崇敬を集めている。私はあの神社の神職だ。
海女の御祖・弁が、巡幸中の斎宮・大和姫(倭姫)にあわびを献上し、伊勢神宮に御贄を奉納する役目を授かったのだ」
弁天達はいつもこの国崎の沖で、漁をしているということだ。毎年六月には、伊勢神宮に奉納する御贄の為に、海女が総出で熨斗あわびを作る、鮑採取の儀式があり、国崎の下に、答志島、神島、菅島、石鏡郷、相差郷、安乗郷の海女が参加し、御潜神事が執り行われる。
志摩各地の海女が一同に会する姿はめったには見れない光景で、海女は、あわびを採るために磯ノミや海女桶等の道具をもち、国崎の海の沖の方で素潜りをする。遥か昔から、この行事は毎年行われていたのだ。
弁天御前が故郷の説明をする。
「国崎は、伊勢神宮の御神領だったのだが、熊野の海賊がやって来たり、国崎の海賊・楠氏が領地を横領していた。我ら海女には男どもの領地争いなど関係ない。我らは我らの与えられた役目を果たしてゆくだけだ」
千五百年近く続けられる伝統。いかに海士潜女神社が海女たちに深く崇拝されていることがわかる。我欲をぶつけ合い富を得ようとする男達の争いは、海女の歴史観の中ではちっぽけなものなのかもしれない
船上から奇妙丸達は神社に向かい、航海の安全を祈願した。
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相佐須、相差湊。
・・・一際大きな白い砂浜があったため、大砂須から名づけられた地名だ。
地元の豪族・相差氏が支配していたが、現在は織田家の伊藤兵夫が進駐し、最前線となっている。伊藤水軍はここから織田領に侵入する船や、弓矢湾に出入りする船を監視している。海賊に対処できるように常に警戒態勢を引いている。
海に突出する相佐須崎から、南の領主達は玉色姫に婚姻を申し込んで断られた和具城主・和具豊前守と、同じく姫に断られた豪族達、越賀(小鹿)城主の越賀隼人、的矢城主の的矢治郎左衛門、甲賀城主の武田正則(甲賀雅乗)、船越の船越左衛門、国府の三浦内善正と同盟を結んで九鬼氏に対抗していた。
相差湊から出動した伊藤兵夫達の軍船は、九鬼・吉川連合水軍の翳す織田家の軍旗をみて湊に引き返す。
相佐須崎から弓矢湾に入る船団。
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女護島
「ここが、女護島か」島影をみて呟く山田勝盛。
「海女達が言うには、身重の女性は、此処へ来てカマドという海女小屋で出産して帰るそうだ」それを耳にして答える服部政友。
「そうなのか?」
近くで話を聞いていた奇妙丸。
海辺で出産するというのは『古事記』に記される大王の伝説に似る。
「島は男子禁制らしいぞ」
自分たちは上陸は出来ないと伝える政友。
「それは残念」と勝盛。陸地に足を付けたかった様子だ。
奇妙丸は「ウガヤフキアエズ」の誕生の話を思い出す。
なるほど、そういう風習が残っている場所なのだと、自然に理解が出来た。
同じく、出産と聞いて反応する与平次と虎松。
「冬姫様も、いつか母となるのだな」
虎松の言葉に、与平次も於八や政友の様にうんちくを語りたくなった。
「知ってるか虎松、好きあった同士でないと子供は出来ぬらしいぞ」
「当たり前だろう」
「好きあった者同士が一緒に暮らす様になって、お風呂に十回以上一緒に入って、口づけをする仲になると子供が授かるそうだ」
「そうなのか、それで桜はまだ子供がいないんだな」
二人の会話を聞いている於勝と於八。
「お前たち、本気でそう思っているのか?」
於勝が会話に割って入る。
「そう、母から聞いた。違うのか?」
不思議な顔をして於勝を見る与平次。
何かを二人に言おうとしたところを於八が肩を掴んで制する。於八を見返す於勝。
このまま二人をそっとしておこうと目で語り合う。
そして於八が、虎松と与平次に向き合い二人の肩をポンと軽く叩く。
「お前の母の言った通りだ」
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