224部:海女御前と玉色姫
半刻ほどで、奇妙丸達が居る湊へ戻ってきた弁天御前。
「特別に許可が出た。お主が来ることを判っておられたようだ。男子禁制だが、お主一人ならば、私について来ても良い」
「桜は?」
「女子なら構わぬ」
「では二人で行ってくる。皆、湊で待っていてくれ」
「「承知しました、若様」」
「お気をつけて」
奇妙丸の後をついてゆく桜。
「頼んだぞ!桜!!」
桜を送り出す声援も聞こえる。
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長い石段を登り切って、鳥居をくぐる。
「あそこの神社に行く」
神社の拝殿に向かって立つ一行。
「姫様、連れて参りました」
弁天が恭しく神社に向かって礼をする。
中には、どうやら何処かの姫様が潜んでいる様だ。
「私は織田奇妙丸。共の者は、伴ノ桜という」
拝殿の中は静かで、いっこうに返事がない。
しばらくして、ゴトっという音がして神社の扉が開き、奥から美しい娘が出て来た。
「貴女は?」
「私は玉色と申します」
「玉色姫様」
女頭領が、姫に対しては失礼の無い様にお辞儀する。心から崇めている様だ。
「有難う弁天」
二人を案内して来た弁天御前に礼を言う姫。
巫女とは違う、不思議な着物姿だ。古代の衣装そのままの形の衣服を身にまとった姫。年齢は桜と同じくらい、もしくは年下の少女だろうか。
「貴女は、竜宮の姫様なのですか?」
奇妙丸の言葉に微笑む姫。
「いえ、違います。女護島の巫女です」
・・・女護島は弓矢湾の奥にある小さな島だ。伊雑宮の神領として、女性しか入ることが出来ず、地元では女が守る島として「女護島」と呼ばれていた。今では女護島と呼んでいるのは姫の一族だけだ。
数年前から、この島に居る玉色姫の美貌を知った周辺の有力豪族・弓矢氏や、国府三浦氏、武田甲斐氏等が、こぞって姫に求婚を迫って来ていたのだ。そして、あわよくば伊雑宮の神領であるこの島を横領しようとしていた。
(オノゴロ島は国生み神話で最初に生まれた島だ!)
始めて人から何処にあるのか分からないという伝説の島の名前を聞いた奇妙丸。姫が特別に敬われている根幹が判るような気がした。
美しい姫に奇妙丸が質問する。
「海女の者は皆、姫様を敬っている様だが、何か理由があるのですか?」
姫はまっすぐに奇妙丸を見て答える。
「女護島は、志摩国一宮・伊雑宮の神領として、古来、人の上陸を拒む島です。男子禁制の女の島です」
姫は俗世の穢れを感じさせない。
「古くからの聖地なのですね」
「弓矢湾の女護島を得たい豪族達、弓屋、国府、甲斐、和具、小鹿、浜島の者が私を取り合い大変な争乱となったのです。私の為に多くの者達が死んでいきました」
悲しそうな表情の玉色姫。
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志摩国の要所図。
http://17453.mitemin.net/i224381/
「そんな時、苦境を知った各地の海女達が、私を島から脱出させてくれました。そして、国崎の海士潜女御前がこの島へ逃して下さり、島の海女達が私を守ってくれました」
「そうでしたか、御苦労なされているのですね」
「先祖代々の大事な神事があるので、いつか、島に戻りたいのですが・・。守ってくれた海女達にも、これ以上は無理させる訳にはいきませぬ。
航海の安全を守るためにも、私が女護島に戻って祈りを捧げないと」
「事情が判りました。私達が奉納に間に合うように女護島へお送りしましょう。そして姫に害をなす輩を抑えましょう。どうですか?」
「はい、お願いします。貴方が来られる事を私は待っていましたから」
笑顔で応える玉色姫。
(私が来ることが判っていた? ずっと待っていたというのか?)
玉色姫の謎の言葉が頭の中で繰り返された。
「私もお供しますよ、姫様」と弁天。弁天は姫が言うのならばそれに従うつもりらしい。それほどに姫の言葉は重い様子だ。
「はい。よろしくお願いします」
こうして、奇妙丸の旅に玉色姫と海女達が加わる事になった。
姫を運ぶために海女の使用する大桶二つを合わせ姫を乗せ、神輿の様に担いで慎重に船まで運ぶ。姫の姿は俗世に晒す訳にはいかないようだ。
それから、弁天御前に女護島の呼び方は、姫の一族だけのもので、他者は女護島と呼ぶ事を伝えられる。
湊に戻り、九鬼澄隆や吉川兄弟に事情を説明する。澄隆も吉川兄弟もひどく海女御前を怖れるうえに、噂の正体は女護島の姫と聞いて驚愕の表情をする。
伊勢志摩の人々にとって、二人は最大級に畏怖する存在であるようだ。
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