223部:神島
答志湊の将・渡辺数馬と別れて漁村を訪ね、アコヤ貝真珠と赤珊瑚について答志島の漁師達に色々と聞いて回る奇妙丸達。
志摩の各漁村では、海女という女集団が居て、男の漁師達よりも力を持っている事が判った。伊勢神宮の神様に御贄の捧げもの「熨斗あわび」を献上する神聖な女性達なので、男衆はその存在を崇めている。
「漁村なのに、女性が優位な社会なのだな」
漁師とは、荒々しい海に向かう「海の男」的な想像が強かった奇妙丸にとっては、これは新鮮な驚きだ。
「志摩では、女性そのものが神なのかもしれませんね」於八が、村々の印象からその精神を考察する。
「では、我が一行では桜が神だな」
「そうかもしれません」
皆の注目が一斉に自分に集まったので、恥ずかしくなる桜。
補給が終わって駆けつけた大湊の吉川兄弟は、漁師達とも気さくに話をして情報を引き出してくれている。漁師たちの言葉は、その地域の独特な浜言葉が多く、奇妙丸達武家育ちには意味が判然としない。
漁師と話し終わった吉川平助が、一行の元にやって来た。
「神島に立ち寄った漁師達に、何やら不可解な噂が広まっております」
「神島?」
先程の地図上に、北東にそのような島があったことを思い出す。
「島の海女達が、夫である漁師や男達を、島の神社に近寄らせない様にしているそうです。男たちは、神社に人魚が潜んでいるのではないかと言っています」
「人魚?」
「神社を四六時中海女達が管理をしていて「うかつに近寄ると祟られるぞ」と申して、男を近寄らせないそうです」
奇妙丸が、いつもの思案している姿勢をとる。
「気になる話だな、神島に行ってみるか」
「「はい!」」
次の奇妙丸一行の行先が決まった。
*****
神島。
「ここもおそらく万葉集に詠われた場所だな」古典を例に挙げる政友。
於八は準備していた。
「潮さいに 伊良虞の島辺 漕ぐ舟に 妹乗るらむか 荒き島廻を」と即座に答える。
「意味はなんでしょうか?」と虎松。
「潮騒の中で 伊良湖(伊良湖岬)の島あたりを 漕ぐ船に 彼女も乗っていることだろうか あの荒い島のまわりを という意味です」と解説する政友。
今から800年以上前の持統天皇が伊勢行幸の折(西暦692年)、都に留まった柿本人麻呂が官女として天皇に随行した恋人を想い詠んだ歌だ。
今も昔も、人を想う気持ちは変わらないなと思う奇妙丸。
「人麻呂は相当に恋人を想っていたのだな」
と於八。
「冬姫達は、今はどの辺りだろう・・」
と於勝が言い出した。
(女々しいぞ、お前たち!)
再び心の中で突っ込みを入れてしまう勝盛だった。
三角形の島影が近づいてきた。
「島の北側はすごい断崖だな」
島の姿に驚く於勝。
「神の座す磐に相応しいかもしれぬ」
島全体から神秘的なものを感じ取る於八。
「厳しい波風にも揺るがない何かを感じるな」
奇妙丸も同様の思いを抱く。
島の周りをぐるりと一回りしてから、神島湊に到着した奇妙丸一行。
湊には、船団を見て漁の最中だった海女達が浜に引き上げて、来航する船を迎えるべく湊に多く集まって来ていた。
一人の海女が、大声で安宅船に呼びかけた。
「ここは神聖な島だ。何用があって立ち寄った?!」
海女の夫である漁師達も、海女の指示に従い、銛や弓矢を構えて安宅船を包囲する。
「怪しい者ではない! 私は織田奇妙丸と言う。諸国の様子を見るべく旅をしている」
奇妙丸が舳先に出て、海女に呼びかける。
「私は海女の頭領、御祭家第百八十代 海士潜女御前・弁天という」
「海士潜女御前・弁天殿、船員たちも休息させてやりたい。上陸させてくれないか」
「よろしい。しかし聖なる島ゆえ、武器を持って上陸する事は事は許さぬ!」
「わかった、武器は船に置いて行こう」
島に降り立った奇妙丸一行の周りに、海女達が集まってきた。
「男たちの戦争には興味はないが、織田家の方が、この島には何の目的でやって来られたのだ?」
先程の女頭領が、奇妙丸に質問する。
「アコヤ貝という真珠を持つ貝と、赤珊瑚を探しています。それで首飾りを作って大切な人への贈り物にしたいのです」
「成程、それなら我らにも少し蓄えがある」
「譲っていただけるのですか?」
「速やかに島を出て行ってくれるなら、御代は入りません。差し上げましょう。全ては海神様からの贈り物なのですから」
早く出て行かせたい海女達の事情が気になる。
「島の様子を見て回りたいのだが、宜しいか?」
「丘の上に神社があるが、そこには近寄ってはならぬぞ」
弁天が厳しい目で一行を見る。
「それから、弁天殿。漁師たちが言っていたのだが、此の島で人魚を匿っているというのは本当ですか?」
奇妙丸の一言に海女達が動揺する。
突如として、漁撈に使うアワビを採る磯ノミや、槍の様な長い磯がねを奇妙丸達に向け、戦う姿勢をとり威嚇する海女達。
「御前様どうなされますか?」
「御前様、追い払いましょう」
自分の一言が何か禁忌に触れてしまったのを察する奇妙丸。
無駄に争うことにしたくはないので、海女衆達に全力で申し開きをする。
「待て、弁天殿! 海女ノ衆、私に悪意はない。ただこの目で噂の真相を確かめたかったのだ」
「ふぅむ・・・」
弁天御前が、奇妙丸を上から下までじっくり観察する。それから奇妙丸一行の面々を見渡す。
奇妙丸の父・織田信長が、どこかの沼に大蛇がいると言う噂を聞きつけて、その沼の水を掻き出して、最後は自ら潜ったという話を伝え聞いている。織田家の者は代々好奇心が強いらしいと納得する弁天。
「戦うつもりはない様だね。奇妙丸殿、面会出来るか聞いてくるので、待っていて貰えるか」
「はい、お願いします」
慇懃に頭を下げる奇妙丸。
弁天は神社に向かって去って行った。
*****




