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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第三十一話(志摩女護島編)
222/404

222部:答志島

「あれが答志とうし島か、大きな島だな」

・・・・一里半程(6㎞)の広さがある細長い島だ。島の南半には西部側に桃取ももとり湊がある。島の北半分には、二つの主要な港があり、北東側に答志とうし湊、南東側には答志和具とうしわぐ湊という入り江状の湊がある。

紀伊水道を通り、伊良湖水道を経由して遠く関東まで行く交易船の立ち寄る場所として栄えた。ここは暴風の際にも、大筑海島をはじめとする小さな島々が波を遮り天然の波除となる良い湊だ。旅の途中で交易船が一時的に避難する場所となっている。


「そういえば、万葉集にこの島の詩がありましたね」政友が古典を持ちだしてきた。

於八も奇妙丸の側近として学問は納めているので、記憶の中から詩を引っ張り出す。

くしろつく たふし(とうし)の崎に 今日もかも 大宮人おおみやひとの 玉藻たまも刈るらむ」

「おお、流石」

「意味は?」と虎松。

「(釧つく)は島の枕詞で腕輪のことです。 答志とうしの崎で 今日あたり 官女たちは 玉藻(海草)を刈っていることだろうか。都に残った柿本人麻呂が、遠く離れた答志島に来ている官女の恋人を想ってる詩です」政友が答える。

「なるほど」と於勝を筆頭に、虎松と与平次。

詩をかみしめて、虎松が呟く。

「冬姫一行はみんな、元気になったでしょうかね」

「今頃、津城あたりに到着しているのではないか」

「冬姫はどうしているかなあ」遠くを見る奇妙丸達。

(女々しいぞ、お主たち)

その中で勝盛だけが心の中で突っ込んでいた。


「もうすぐ湊に入ります」

九鬼澄隆が、甲板に居る奇妙丸達に湊への到着が近い事を知らせに来た。

「宜しく頼む」

振り返った奇妙丸達の顔が潮風と太陽の光で海焼けをして赤くなっている。

「皆さん、猿田彦のようですね」

澄隆は思わず吹き出してしまった。猿田彦は天ノ鈿女と結婚した伊勢の神だ。

お互いの日焼け顔を確認する奇妙丸達。与平次と虎松は、目の周りが赤い互いを見て笑っている。


・・・・答志湊。永禄11(1568)年から始まった瀧川一益の伊勢侵攻に連動して、志摩にも九鬼氏が進出。九鬼兄弟は離島の制圧から着手し答志島の占領後、答志湊は要塞化され織田軍の志摩侵攻の前線基地となった。

駐留する織田軍の将は、渡辺数馬と伊藤兵夫の両将が居るが、伊藤は九鬼水軍の軍監として相差に出張している。

この1年間の九鬼・瀧川水軍の攻勢によって、荒島の安楽島越中守と菅島の菅島能登守は織田家に人質を出して臣従した。

麻生浦の和田氏は、国府に割拠する同族の三浦氏を頼り逃れ、石鏡の大木氏は伊勢長島に逃亡し、国東の楠氏も神戸湊の一族とともに長島に退去した。

畔鞘の千賀氏は、縁戚である知多半島の佐治氏の下に落ちている。佐治氏は千賀氏と養子縁組して千賀家家督を佐治重親が譲り受け、その水軍を佐治家に吸収したのだった。


入港の際に旗を掲げる九鬼衆を見て、山田勝盛が澄隆に聞く。

「九鬼殿、この旗の七星の紋は、北斗七星を表しているのですか?」

「そうです、海の守り神ですから。此の地方では北極星は「太一」と書いて表します」

船の先端を指さす澄隆。

「成程、あの舳先に掲げられた旗がそうですね」

北極星を思い浮かべる。

「夜に航海する時は、星が見え無いと心細いからなぁ」

於勝の言った言葉に、その気持ちの判る船乗りの楽呂左衛門と服部政友。海上では北極星を中心とする星達が、船の向かうべき進路を教えてくれる。古来、船乗り達は星を信仰してきたのだ。


多くの軍艦を避けて、波止場に停泊する。

答志島に降り立つと、織田奇妙丸が乗り込んでいると聞いて、早速、瀧川軍の海将・渡辺数馬が出迎えに来た。

「よくぞ遠くまで、奇妙丸様にお越し頂けるとは考えても居ませんでした」

「前線の守備御苦労であったな。瀧川水軍にはいつも世話になる。宜しく頼む」

「はっ」

渡辺を始め瀧川衆は、織田家一族が辺境のといってもよい島の湊にまで来てくれたことが嬉しい。武名をあげても信長に正しく伝わらねば、出世に繋がらない。

「澄隆殿と、大湊の吉川殿に軍船を出してもらったのだ。補給をさせてほしい」

「そうですか、どうぞ御遠慮なく」

九鬼衆・吉川衆が頷いて、渡辺の側近に蔵へ案内されて行く。

「ところで、志摩方面の各将の状況を教えてもらえるか?」

奇妙丸の言葉を聞いて、懐から地図を出す渡辺。

島の現在地を示す。そして、九鬼水軍は答志和具湊を根拠地とし、佐治水軍は桃取に駐留している事を指を指して説明する。

九鬼兄弟が、鳥羽の橘氏に対して和平を進めていて、程なく九鬼家の本拠地、岩倉の田城たしろ城への帰還が実現するだろう事、佐治・伊藤の連合水軍が相差方面まで進出し、弓矢湾の入り口で、残りの志摩海賊衆と争っている事を聞いた。

「海賊衆は逃げ足が速く、なかなか一筋縄では行きませぬ」

「そうなのだな。そのうえ、海賊は神出鬼没か」

「はい。これから奇妙丸様は、どのようなご予定で?」

「うん。冬姫に送る真珠と珊瑚を探しているのだ。行けるところまで南下しようと思う」

「そうですか、お気をつけて行って下さい。何かあれば近くの湊に寄られて烽火のろしですぐにご連絡を下さい」

「有難う。では、補給が終わるまで島内を見学させてもらうぞ」

「はっ」

御曹司が巡検するので少し緊張気味になる渡辺だった。

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