216部:愛洲八幡斎
「腹は切らぬぞ! その前にお主の首が飛ぶ!」
大夫の合図で、息子の勘右衛門尉が邸宅の中から食客らしき男を連れて来た。
「「先生、お願いします!!」」
長身で、贅肉は無く、目つきが座った侍だ。
「愛洲八幡斎と申す」
・・・・愛洲家は、国司・北畠氏の伊勢守護代を勤めた豪族だった。愛洲忠行は伊勢神宮に干渉し内宮と外宮の争いを仲裁している。忠行は養子をとり(北畠)政勝を迎えている。愛洲家は幕府に直仕し、幕府管領・細川家にも見込まれ、伊勢水軍を率いて、瀬戸内海の細川家お抱えの水軍・安富氏とともに八幡船からなる「八幡水軍」を結成し琉球や半島、唐国まで出向していた。
次の久忠(移香斎)は剣聖と呼ばれる達人で「陰流」を創始した。実子である小七郎宗通(元香斎)は、関東の佐竹氏に仕官し「陰流」を関東に広めた。その庶兄・愛洲八幡斎は剣客として諸国を放浪していた。
「行くぞ!」
呟くとともに一閃、信長をめがけて愛洲の居合が空気を裂く。
キイーーーーーーーン!
「御免!」
久太郎が持っていた刀で、太刀先をいなす。
「堀久太郎秀政、参る」
秀政は、小姓衆きっての剣術の使い手だ。
「矢部善七郎、参る!」
善七郎も秀政に引けを取らぬ腕前である。
「菅屋於長、参る!」
於長は、七本槍の造酒丞信房の息子なだけあり、武術に通じている。槍が小姓の中では随一で、剣は二人に準ずる腕前だ。
剣術に自信のある三人が次々と斬りかかるが、愛洲は三人を相手に余裕で受けて立っている。
先程より表情は嬉々としており、真剣の戦いを楽しんでいる様子だ。
少しずつ、愛洲の剣先が鋭くなり、堀、矢部、菅屋の服が切り刻まれてゆく。
「わざと紙一重で服を斬っているのか?」
感心する信長の言葉に、ニヤリと反応する愛洲。
信長の小姓衆が苦戦する。
(こ奴、奇妙丸の剣の師匠に良いかもしれぬ・・)
「お主! 一万石で余に仕えぬか?」
暗殺者の調略を始める信長。
「ハッハッハッ、信長の首を取り、陰流を天下に示す好機。一万石では安い!」
会話をしながら、瞬足で信長の傍に迫る。
小姓達が囲んでいる信長の額目掛けて、必殺の斬撃が振り下ろされる。
「殿、危ない!」
カッシーーーン!
宣教師から貰った南蛮兜を盾にして受け止めた信長。
兜に食い込む刀。
「ふむぅ、惜しいな」
何に向けて発した言葉か分からないが、冷静な信長。
愛洲が刀を引き抜くとともに続けて、引き面が繰り出される。
キィイイイン!!
愛洲の必殺のニノ太刀が弾かれた。
「ここは私が引き受けます!」
「おう!」と答える信長。
「奇妙丸様家臣、伴一郎左参る!」
キュイーーンと、今までとは違う、刀身が擦れ合い尾をひく様に火花が飛び散る剣戟。
「お主、忍びか?!」
普通の剣術ではない太刀筋に戸惑う愛洲。
「兄上、私も!」
三郎も戦闘に加わる。
キュン!
カシャーン!と金属音とともに火花が散る。
焦げた空気が香る。
伴兄弟が、甲賀流の剣術で斬りかかっても、一重でかわし、急所に向けて剣を繰り出す愛洲。
必殺剣をかわす伴ノ一郎と三郎。
打ち合うほどに、ますます研ぎ澄まされてゆく愛洲の剣技。
伴兄弟も次々と技を繰り出し、他の者が加勢に加わる余地はない。余計な助太刀はかえって伴兄弟の剣を鈍らせるかもしれない。
三人の乱戦は、まるで名人の剣舞を見ているようだ。
「陰流・・、面白いな。が、私の物にならぬなら不用だ」
バァーーーーーーン!
一発の銃声がこだまする。
「信長?」
愛洲八幡斎が信長を見る。
信長が構える愛用の南蛮銃。銃口から煙があがっている。
「剣技を極めても、一丁の鉄砲には敵わぬ」
いつまでも続くかと思われた愛洲の舞が突然幕を閉じる。
動きの止まった愛洲に、伴兄弟の刀が突き刺さった。
「お主達の剣技、見事である」
信長は伴兄弟の働きに満足そうだ。
倒れた愛洲を見て、驚く福井大夫親子。
「「信長様、お許しを!」」
「余が斬ってやろう、そこへなおれ」
「「ひぃいいいいい!」」
逃げ回る二人を捕える小姓衆。
堀秀政から太刀を受け取る信長。
「何をする!神に仕える神聖な私を斬ると神罰が下りますぞ!!」
必死に抗議する福井大夫が、小姓達により信長の前に引き出される。
「御助けを!」
「ならん」
福井大夫の真っ二つになった姿を見て、手を振り払って逃げ出す。
玄関の奥の間にある箱の中に隠れる息子の福井勘左衛門尉。
信長が、漆で塗り固められた強固そうな長持(和櫃)に近づく。
「長谷部、圧死斬る!!!」
愛刀の名を呼び気合を入れる信長。
「「ひいいいいい・・・・・」」
漆塗りの分厚い箱を突き抜けて床まで切り裂く。
箱からは声が聞こえなくなった。
((凄い))
ブルっと身を震わす伴兄弟。鳥肌が立っている。
御師福島・福井大夫の関係者たちは、一斉に丹羽長秀の部下達に取り押さえられた。
信長に歩み寄る、包囲軍の司令官・丹羽五郎左衛門長秀。
懐から和紙を取り出す。
「お見事に御座います」
差し出す和紙に刀身を挟み引き抜く信長。
「後は任せた、五郎左」
「承知!」
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*人物、愛洲八幡斎さんはフィクションです。
 




