214部:伊勢外宮御師
信長御在所、玉丸(田丸)城。
・・・・地元の豪族、玉丸氏の居城。南北朝時代は愛洲忠行が城主で、養子の(北畠)政勝が継承し玉丸氏を称した。玉丸氏は織田家に降伏し、蒲生家の監督下に置かれている。
「御殿様は?」
搦め手口から訪問した伴の所に、警備兵に呼ばれた信長の側近・万見仙千代がやって来た。
「奇妙丸様の御庭番ではないか」万見は一度見た者の顔は忘れない。
「若様の命で参りました。緊急のご報告があります」
仙千代の案内で信長御前まで通される。
要件を聞く信長。
「冬姫が攫われただと?」
「はい、冬姫様を利用するつもりに御座います。伊勢御師の中に謀反を企む者がおります」
「そうか、すぐに対処しよう。細汲は福富がいるから大丈夫だ。五郎左を呼べ」
「伴の、余について来い」
大津伝十郎が提灯を照らし信長を先導する。
*****
伊勢外宮門前町、山田。
・・・・伊勢神宮外宮の御師達、山田三方と呼ばれる会合衆が山田を統治している。御師である足代・山田・高向・河井・北・村山・堤・渡会は、それぞれが一国の戦国大名に匹敵する程の財力がある。伊勢神宮内宮の宇治御師家の者達とは、伊勢神宮正統の惣宮職を巡り、将軍家が仲裁にはいる程の合戦を繰り広げた事もある。強力な自治組織である。
早朝、蒲生賢秀・氏郷親子をはじめとする近江衆の軍勢が山田を包囲していた。
四方に堀が巡り小城の様な構えの福島大夫邸には、大湊から逃れた後藤達、長島浪人衆が逃げ込み、山田の親北畠派の町衆達が慌てて集っていた。
山田各所を検めながら、福島邸を囲んだ奇妙丸軍。親織田派の堤・北・渡会御師達が人質を出し、家来を連れて参陣する。
「門を開けろ!」黒武者・山田勝盛が戸を叩く。
「これは織田様の」
大門は固く閉じ、小門の小窓から対応する福島の番頭らしき男。
「事は露見しておるぞ!」
「何の事に御座いましょうか」
あくまで恍けようとする番頭。
「そこに冬姫はいるか?」
奇妙丸が直接尋ねる。
「おられませぬ」
番頭に代わり福島大夫も小窓に出て来た。
「邸内を見せてもらうぞ」
福島本人と見て声を張り上げる奇妙丸。
「御師に手をあげれば神罰が下るぞ!!」
若造とみて、大夫が強圧的な言葉を吐く。
「神に仕える者が、人を攫うのか!」
神を前面に出す福島に怒りを覚える奇妙丸。
「福島大夫の船で冬姫が攫われた事は分かっているのだぞ!!」
小窓に向かって於勝も吠える。
門前に集まって来ていた三方衆の御師達が驚き顔を見合わせる。
「それは真ですか?!」と渡会。
「奇妙丸殿、福島御師が何か勝手に仕出かした様子。我らは一切知りませぬ」と堤大夫は福島御師を突き放す。
参陣した御師達は、それぞれに無関係を主張する。
「これ、福島の、門を開けよ!」
そして会合衆が福島を説得する。
福島大夫は余りにも早い「冬姫誘拐」の露見に狼狽えて、門前で憔悴している。
山路弾正と後藤基成は、邸宅が完全に囲まれる前に脱出の算段をつけていた。
「冬姫には利用価値がある。長持に詰めて宇治の福井邸に運び出すのだ」
「もしもの時はどうしますか」
「かつては外宮の正殿が合戦で焼けたことがあるという。いざとなれば正殿に火をつけよう。攪乱にはなるだろう」
「神仏の罰が」
「神仏が居るのなら我らがこのような思いはするまい」と弾正は無くなった手を見せる。
頷く長島浪人衆。
「いくぞ!」
福島大夫を見捨てて裏門から脱出する。
「福島大夫の命だ、福井大夫の所まで駆ける。門を開けよ!」
嘘をついて門兵に扉を開けさせ、外に逃げ出す弾正。冬姫を閉じ込めた長持を守るように浪人衆が出てゆく。
邸宅裏口の騒動を聞いて福島の一党が混乱する。どうやら邸宅に籠城せずにバラバラに逃げ出すらしいと勘違いした兵達が裏門から続々と逃げ出してゆく。
それに代わり、福島大夫が謀反したと聞いている近江衆達が、裏門に殺到し始めた。
全員が鯰尾の兜を被る蒲生鶴千代隊が先陣を切り、抵抗する兵を切り崩していく。
「大変です、裏口から織田兵が侵入しています!」
裏口から脱出できなかった者が表口に逃げて来た。
「門を開けよ!!」
外では奇妙丸達が待ち構えている。
「これまでか・・」
ギイイイイイ!と、大門が開く。
「冬姫は何処だ?」
「此処には居られませぬ」
「冬姫の動きを其方達に漏らしたのは誰だ」
「あ、安藤殿に御座います」
「何?誠か」
「嘘では御座いませぬ、命だけはお助けをー」
刀に掛けた手に力が入る(貞宗―!)。
「此処から出て行け!」
渾身の力で伊勢外宮御師・福島を殴り倒す。
後方に吹き飛び、転がる福島大夫。
「ひいいいいい」
歯が折れ口から流れ出す血を両手で受けながら、福島は単身逃げ出していく。
「「お待ちくだされえええ!」」
番頭や、福島の家族たちが主人の後を追ってゆく。
「若様、良いのですか?」
於八が奇妙丸に声を掛ける。
「(安藤の事は)他言無用、今は冬姫だ、冬姫を探すぞ!」
「「ははっ」」
奇妙丸一行は、連れ去られた冬姫を追って駆け出す。
政友が、御師の北氏に声をかけ、福島邸を山田三方衆に接収させた。
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邸宅中央の中庭で、ばったり出くわす蒲生鯰隊と、奇妙丸達。
「奇妙丸?! さま?!」
「おお、鶴千代!」
「於八に於勝、それに呂左衛門まで、血相を変えて、何処へ向かう?」
「裏から、冬姫を攫った連中が逃げたようだ」
「なななな、なんですと!」
「追うぞ!」
「おう! 皆の者、私につづけええええ!」
鶴千代も加わって、裏門から血相を変えた一団が飛び出して行った。
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蒲生鶴千代さん96部以来の本人登場です。




