206部:末盛城
清州城。
埴原左京亮長久と生駒三吉が、清州城下の船着き場まで、冬姫一行を見送りに来ている。
「どうしても、船で行かれるのですか」
冬姫一行の船出を心配する長久と三吉。
「熱田湊からの航路が、街道を行くよりも早く、それに陸路で長島の傍を通るよりも、海の方が、安全に父上様の所に行けるはずです」
異母妹とはいえ、長久にとっても大事な妹だ。
「伊勢沿岸の各地には大湊を筆頭に、安濃津湊,白子湊,楠湊、四日市庭湊,桑名湊などがあります。波が荒れるようでしたら、どこかで必ず休憩を取られますように」
「熱田湊の加藤殿なら、良いように取り計らってくれるでしょう。それに、三吉殿が兄上様(奇妙丸)にも熱田に向うように使者を立ててくれたのでしょう?
熱田からは兄上と一緒の旅ですから」
生駒三吉が、信長の使者からの連絡を聞いて、奇妙丸の居場所に冬姫の動向を伝える使者を派遣していた。
「はい。上手く合流出来ればよいのですが。出来ることなら私が付いて行ければ」
心配する三吉を、優しい笑みでなだめる冬姫。
「留守居は大事な仕事です。無理なさらないで下さい」
「領内とはいえ、冬姫の傍衆だけでは人数が少なすぎではないですか?」
埴原は、冬姫が少人数で移動することに危惧を抱いている。
冬姫からすれば、城の大半の者が既に伊勢遠征に出張しており、これ以上留守の人数を減らすことで治安が悪くなる事を憂えている。自分の為に人手をかけるのが申し訳ない。
「私には女中隊がついて来てくれるので心配ありませぬ。それに船ですから」
冬姫は清州城の傍らを流れる清州川を、船で下って合流する大河・五条川を更に下って伊勢湾に出るつもりだ。
三吉には憂えている事がある。
「伊勢沖に出てからが心配です。降伏した北畠氏の家臣が戦意を失っていれば良いのですが」
「もう争いはないと思いますが」
「一応、各湊は瀧川殿の水軍が抑えられているようですが」
生駒家の情報網は確かだが、伊勢湾の南の海は海賊衆の争いが絶えないので予想がつかない。
「三吉殿は相変わらず心配性ですね」
呆れたように言う、幼馴染の池田お仙。
お久も三吉をみて微笑んでいる。
「私達がついていますから大丈夫です」と於妙。於妙は槍術に一層磨きをかけて、今では女中隊では無双の強さだ。
於妙と池田姉妹も冬姫に従って船に乗り込んでいる。
「では、行ってまいりますね」
「「はい、お気をつけて、姫!」」
清州川を下ってゆく冬姫一行を、いつまでも見送る埴原長久と生駒三吉だった。
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末盛城に到着した奇妙丸達。
・・・・・末盛城は、丘陵の端に造られた平山城(標高43m)だ。天文17(1548)年今川軍との「小豆坂の合戦」に敗北した織田信秀が築城した。北の守山城と合わせて、東方からくる今川家に備えての城だ。翌年、安祥城が落城し信広が捕虜となったため、空堀が周囲に巡らされ、より堅固な城へと改造されていた。
信長の弟・織田勘十郎信行が城主となり、周辺の豪族である家老の柴田勝家、佐久間盛重、佐久間次右衛門、長谷川、山田、津々木蔵人が城に詰めていた。
信長に謀反した信行の生害後、坊丸はじめ子供たちは、家老・柴田勝家に養育され末盛城で育った。
末盛衆達は、若い二人の隊長に、厳しく鍛えられている様子で、駆け足の行軍にも遅れる者は無かった。
末盛城には生駒三吉からの使者が到着しており、信長の命が清州城に届き、奇妙丸だけでなく冬姫も、そして茶筅丸も伊勢に召集されたことが判った。
冬姫も、清州城から川を下り熱田湊で待っているとのことだ。
「よし、行こう!」
席を温める間もなく熱田湊に向う。
*能登半島の七尾に同名のすえもり城ががありますので、能登を末森城、尾張の方は末盛城で統一したいと思います。




