203部:戦国時代
林佐渡守秀貞が、丹羽氏織を連れて奇妙丸の陣中に戻ってきた。
「若様、氏織は城を出て織田家に帰順することになり申した」
「見事なり、秀貞殿」
奇妙丸一同、秀貞の成果に驚いた。
「どのような魔法を使われたのです」
息子の勝吉も父親の凄さを改めて感じている。
「はっはっは。老人同士で良く話し合ったまで」
秀貞の後ろに控えていた三人が頭を下げる。
「氏織殿は今後、織田家に忠節を尽くすとのこと、どうかご赦免願いたい」
秀貞に即され奇妙丸の前に進み出て、奇妙丸の前に膝づく氏織と家老の二人。
降伏の挨拶とはいえ、政友と勝盛が警戒して、間に割って入るように奇妙丸の前に立つ。
「このたびは、原田と中條に踊らされてしまい申し訳ありませぬ」
「ほう?」
直感で嘘をついていると思う。
「氏織殿は口車に乗せられて挙兵したと言う事ですか?」
「左様でございます」
「なるほど」
この老将に父が若い時に後れを取ったのかと、しげしげと見る。確かに若い頃は相当の猛将だったのだろう。後ろの二人と共に、肌の見える処、その顔や手が傷だらけだ。
「しかし、これまで何度も離反された岩崎丹羽家を信用する訳にはいくまい」
「・・・」
押し黙る氏織。
「そこは、私が氏織殿の保証人となります」
秀貞が前に進み出る。
「氏織殿には那古屋城に来ていただいて、しばらく我城下に滞在していただきましょう」
(それは、聞いていないぞ?)
と驚く三人。
「織田信秀公の姫君・名古姫と、まずは親子の対面をして頂きよく見定めて頂いて、氏織殿の御目に適えば、信長様の許可を頂いて、名古姫を我が養女として迎え私が姫の後見人となり、婚礼の調度を整えて岩崎丹羽氏勝殿の所へと嫁入りさせて頂きたいのです」
「「おお」」
秀貞の提案に、驚く奇妙丸軍一同。
「そうすれば、丹羽氏勝殿は織田家の連枝にも繋がり、両家の繁栄は間違いなしで御座います」
話は違う部分もあるが、ここは従うしかあるまいと自身を納得させる氏織。
「依存御座いませぬ」
氏織が頭を下げ、
「これで円満解決。珍重、珍重」
秀貞が手を叩く。
「佐渡守殿、大儀であった」奇妙丸も秀貞の仲裁に納得する。
「ほっほっほ、歳の功ですかの」
軽く会釈する秀貞。
「「流石、佐渡守様じゃ」」
島兄弟が拍手する。織田家の有望株と見られる若者達に、尊敬の眼差しで見られることに喜びを感じた様子だ。
「それでは、岩崎城は林勝吉殿と山内一豊殿に御番役を任せるとして、氏織殿は那古屋城へ来て頂く事で、織田家に二心無き事も誓書を取り交わして頂きたい。宜しいかな」
奇妙丸が処置を伝える。
「「はっ!」」
その場にいる一同全員が頭を下げた。
こうして、諸将全員で近くにある白山宮神社で誓書を交わし、岩崎から陣を払う事になった。
*****
神社を参拝し、秀貞と向かい合う。
「林殿、今回は事を治めて頂き、有難う御座います」
林秀貞に対して心から感謝の気持ちを伝える奇妙丸。その誠意を感じ秀貞も心を和らげる。
奇妙丸の人相を正面から見て、奇妙丸の父・信長、そして祖父の信秀を思い浮かべる
自分が若かった頃に奇妙丸の祖父・織田信秀と共に戦った頃の事を思い出す。
「天文廿年(1551)年に、信長様と藤島丹羽氏救援の為に動きましたが、その時は岩崎方の奇襲により撤退しました。今回はその時の借りを返した思いです」
秀貞の昔語りに耳を傾ける一同。
「それ以前も、備後守信秀公の頃から、御舎弟の織田信光公と共に、桜井松平信定殿、佐久間全孝殿の御助力を得て、我らが命をかけて安祥まで進出しました」
「東海道を支配した今川家の支配を跳ね返した。凄い事です」
奇妙丸の老将への敬意を込めた言葉に、自分達のやってきた事を認めてくれる若者が育ってくれているのは嬉しい事だと思う秀貞。
「当時、斯波家の度重なる遠征に国は疲弊し、敗戦後は今川家から更に税を課せられ搾取され、尾張の民衆は奴隷の様な扱いを受けておりました」
そうだろうなと、当時の頃を想像する一同。尾張が占領されていた頃の事は、幼いころから祖父の世代の大人からよく聞かされている。
「この国を何とかせねばならぬと、我らが若い頃は津島衆とともに勝幡城でよく談義したものです」
昔話に聞き入る奇妙丸。
「尾張丘陵一帯の資源を得て、国を富ませ、民の暮らしを豊かにすること事が、先々代・織田信秀様と平手政秀、我ら三人の誓いにございました」
その願いは叶ったのだろうかと、ふと考える秀貞。
「どうだろうか、秀貞殿、もう一度清州に戻って、我々の、いや私の師として尾張の昔の事を、それに織田弾正忠家創業の頃の事を、御教授してもらえないだろうか」
秀貞も、突出した天才・信長とは上手くいかなかった関係も、自分を認め敬意をもって接してくれる奇妙丸となら、信秀との様に信頼関係を築いていける気がする。
「奇妙丸様が、たっての御望みなれば、断る事もできませんな」
今までにない笑顔で応える秀貞。
奇妙丸の差し出した手を握りしめる秀貞。
災い転じて福となる。清州城入りに拗れた林家との関係も、岩崎丹羽家と冬姫のおかげで、修復する道のりが出来たのだった。
*****
伊勢表、織田信長御在所。
夜空に浮かぶ月を見上げる信長。
「神無月(10月)か」
伴天連のフロイスが、地球は丸いと言っていた事を思い出す。
(さもあらん)
そこへ、堀久太郎がものすごい勢いで駆け込んできた。
「殿様、北畠親子が和睦の条件を呑み、城を出るとのことです」
(予想していた通りである)
「そう、であるか」
「至急、茶筅丸を岐阜から呼び寄せよ。そして、奇妙丸と冬姫も、こちらに参るように伝えよ」
「「はは!」」
側に控えていた大津と万見が、退席する。
信長側近衆の残りの者が、堀久太郎に飲み水を与えている。
久太郎を労い、信長は再び空を見上げる。
伊勢国司・北畠との戦いに区切りを付けて、次の行き先はもう決めている。
「次は、都だ」
朝山日乗や、明智十兵衛からの密使が、京都の将軍家の様子を刻々と伝えに来ていたのだった。
第29話 完




