魔王のもとで定食屋はじめます?3
「…あの、話聞いてますか?」
そう尋ねた相手の反応は薄く、お土産にと持ってきたオニギリを頬張る姿に残念感を拭いきれない。
机に広げられたオニギリ、中の具は梅干しと焼き鮭。それと弁当箱に詰められた卵焼きと肉じゃがにマカロニサラダ。
仕方なく相手の食事を眺めていると、おかずを摘まんでいた手が止まり苦しそうな表情を浮かべ喉を押さえている…どうやら喉に詰まらせたらしい、ポットに淹れておいた緑茶を手渡す。
一気に緑茶を飲み干し一息ついた…『魔王ラルフェス』、ラルはようやく俺の方を向く。
「…うむ、美味であった…あぁ、場所と生態についてだったな」
コホン、と咳払いをして動揺を誤魔化すように話題をだした。
最初に会った時は魔王らしく高貴な雰囲気のあったラルもだいぶ隙を見せるようになってきた気がする。
「えぇ、できるだけ大勢が入れる広さがあるとべんりですね。あと俺、この世界の人間じゃないので家臣の皆さんの特徴とか分かれば食事にも色々考慮できると思うんですよ」
あえて先程のラルの醜態の件には触れずに話を進める。
「場所に関しては城内に大広間があるが…」
顎に手をあて考えるラル、その口にオニギリの米粒が付いたままなのはそっとしておこう。
「えーと、オーウィンがいるので屋外のほうが助かります。さすがに城内には入れないので」
「オーウィンというとあの竜か…それでは」
そう言って卵焼きを口に運ぶ。
「あふぁらひくほくどうおふくる…ん、とするか」
「…食べながら話さないでください。あと何言っているのかわかりません」
異世界にマナーを求めるのは間違っているのかもしれないが気になるものはしょうがない。
「コウヘイは固過ぎる、私も食事くらいは自由でありたい」
やれやれと言わんばかりに首を左右に振り溜息を吐くラル、その仕草にイラッときたのは言うまでも無い。
「新しく食堂を造ると言ったのだ」
大丈夫なのだろうか?そもそも新しく建てるにしても人手・資材・時間が足りないこの状況で言える台詞ではないはずだ。
そんな不安が顔に出ていたのだろう、察したラルの眉間にしわが寄る。
「コウヘイ、まさか私が考え無しに発言したと思っているのではあるまいな?」
「そんなこと…ナイデスヨ」
そんな俺のひきつった笑いに信用が生まれるはずも無い。
「…まぁよい、その様子では勘違いしているようだが…まさか基礎から建てると思っているのか?そんなことをしていては無駄に時間と労力を掛けるだけではないか」
「?…すみません、いまいち理解できないというか…」
ラルはふと目の前のオニギリを一つ手に取る。
「コウヘイの料理は好きなのだが、どうも私はこのウメボシとやらが苦手でな」
「はぁ」
食堂とウメボシに今までの話と何か関係があるのだろうか。とりあえず黙って話を聞くことにした。
「最近は少しづつではあるが本来の魔力を取り戻してきている」
そう言うとラルの持つオニギリに小さいながらも複雑な文字で構成された、そう以前見たあの魔法陣だった。同時にラルのもう片方の手にも同じ魔法陣が展開される。一瞬淡く発光した魔法陣、すると何も持っていなかったはずの手に梅干しが握られていた。
「このように私は…あむ、へんいあおうふぁほくいへな」
だから肝心な所が聞き取れないんですが。
「…すまない、私は転移魔法が得意でな。本来の魔力が戻れば大陸一つまるごと転移させることも可能なのだ」
つまりラルが言いたいのは食堂を一から建てるのではなく、既に建てられたモノを移すということか。
「うむ、まぁ転移させる対象の大きさや移動させる距離によって使う魔力も違ってくるがな。今のところ私が思い浮かんだ候補の建物を転移させる魔力量としては…そうだな、あと3日ほど蓄える必要があるな」
「じゃあもっと食べればより早く魔力を回復できるということですか?」
「うむ!」
「では今から作ってくるので待っていてください」
「…うむ?」
「とりあえず持ってきた弁当の倍くらい必要かな…いっそオーウィンと同じ量を…」
「…コウヘイよ、気持ちは分かるがやはり他の者達が飢えで苦しんでいる中、私だけがそんな」
「でも早く食堂が出来ればそれだけ多くの家臣の皆さんに食べさせる事ができますよね?」
「…それは、そうだが…」
「他の者達を救うのに迷いは無い。そう言いましたよね」
「……ぅむ」
「あと、さっきの梅干し転移させるのに貴重な魔力を消費したんですか?」
「…すみません」
「いいですか、今からはとにかく食べて魔力を蓄える事だけ考えてください」
「…はい」
今後の方針が決まった。
「それでは一度帰ります。すぐに戻ってきますのでくれぐれも無駄に動かないでくださいよ」
門の所まで見送りに来たラルに念を押して注意する。
ラルの顔が青白く血の気が引いているように見えるのは気のせいだろう。
「…あぁ、コウヘイこそ無理はせぬように」
とても魔王の口から出る言葉とは思えないな。
魔王城の送迎に用意されているグリフォンと駕篭。それに乗り込もうとした時何かの視線を感じた。
何だろう、まるで猛禽類に睨まれているような鋭い視線が俺を捉えてる。そんな気がした。
思い切って辺りを見渡す。だがいるのはラルとグリフォン、それとお付きの黒ローブだけ。
と、一瞬で先程まで感じた視線が消えていた。ひとまず安堵の息を吐くとラルが声を掛けてきた。
「どうしたコウヘイ何かあったのか?」
「…いえ、何でも。では戻りますね」
あれは何だったのだろうか、ラルや他の反応を見る限りあの視線を感じたのは俺だけのようだ。
気のせい。そう自身に暗示させるようにこの件を忘れようとした。
実際、オークの村に着く頃には買い出しの食材やメニューのことで頭がいっぱいでそれどころではなくなっていた。




