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1.遭遇と接続(10)

 自分の声が震えている。驚いて、泣きそうで、解らなくて、怖くて頭がどうにかなりそうだ。でも記憶の健一とさっきまでのASIDAKAの行動と思考が多くの点で一致する。

 あいつは滑り台が好きだった。でもロボットとかをみると怖がって、まっすぐ逃げる臆病な性格をしていた。そのせいでよく変なところに迷い込んでは僕が見つけていたんだ。

 そのせいか妙になつかれて、信用されてあの質量データ転送実験の被害者になって。

「ソウダヨ! ケンイチダヨ!」

「――――!」

 思い出したくもない0と1に分解されて悲鳴と一緒に消えていく小さな親友と母親、駆けずり回りパニックになる研究員。たまたま遅刻してその実験台にならなかった僕が教材の入った鞄を落とす音。被験者たちの悲鳴。震える腕を抑える自分の爪から漂う生臭い鉄のにおい。自分の喉の奥から出た声が人の声に聞こえない。

 ヤメロ! 思い出すな、思い出させないでくれ!

「彗さん! しっかりして!」

 ヤコの声にはっとしてふらつきそうになった自分の体を何とか持ちこたえさせる。

 視界の隅から路地に駆け込むASIDAKA。

「来栖、あっちには何がある」

「その先に学業区画と研究区画の緩衝エリアがある、研究区画にさらに接近すればそこが捕獲ポイントだ」

「だめだ!」

 あいつにはまだ聞かないといけないことがあるから引き留める必要がある。任務に私情を挟むなんて、とか言われそうだけどあいにくこちらは素人だ。そんなに割り切れるほど人生も積んでいない。

「ケイ、いつものお前じゃないぞ、いったいどうしたんだ」

 来栖との通信をカットする直前、「冷静になれ」なんて声が聞こえた気がする。普段の自分が冷静かどうかなんて自分は知らない。今の最優先事項はなぜ死んだ健一がASIDAKAのAIとしてこの場にいるのかということだ。

 魂とかそういう非科学的な思考は信じない、暴走とも無関係じゃないはず。

 なんとしても事情を解明しないといけない。そうしないと今の僕はきっと前に進めない。あいつと遊んで情報が引き出せるなら遊びにだって付き合おう。仕事とか任務とかそんなもの後でいい、僕にとって今大切なものはそんなものじゃない。

 僕はいい加減前に進みたい。

「遊ぼうってここでか?」

「ウン!」

 そこは特に障害物もなくただ白いコンクリートの大地に区画の境界線が描かれた緩衝地帯。この境界線を超えて問題になるのは指名手配中の犯罪者とIDを持たない人間だけだ。

 そして人気もほとんどない。何もないただの広場にしか見えないだろう。ただ多くの子供はこの妙な場所で遊ぼうと思うこともない。一般人は大抵ここを超えるためだけに公共交通機関やハイウェイを利用している。理由もなくこの白い大地を踏むことを拒否したくなるため、地下に核兵器が蓄えられているなんていう都市伝説も流れるほど。

「遊ぶのは構わない、その前にもう一度聞く」

 つばを飲み込む。

「お前は本当に健一なのか?」

「ソウダヨ?」

 フェイスガードを開く。

「なんでそんな機械の中にいるんだ?」

「ウーン、ヒッパラレタ? ノカナ?」

 要領を得ない。本人もよくわかっていないみたいだけど今まで「どこかで生きていた」ことはっきりした。

「今までどこにいたんだ?」

「エットネ、フワフワシタトコロ。ケイニイチャンノオカアサントカ、トモダチガイッパイイルトコロ!」

 機械音声なのが恨めしい、理解するのに数秒かかった。つまりどこかのデータバンクか何かにあの事故の被害者の思考と個人データが蓄えられている、そういうことなのだろうか?

 そして母も、近所にいた友人も子供もそこにデータとなって生きている。そういうことか?

 でも健一の言葉を信じると不安定な状況に置かれているのは間違いない。引っ張られたということは何らかの条件下、例えばAIプログラムのような人間的な思考プログラムとの親和性が考えられる。

「場所はどこなんだ?」

 首をかしげるような動作をするASIDAKA、いや健一の様子から察するに外部の状況はわからなかったんだろう。

「ケイニイチャン、アレナニ?」

 後ろの方に目を向ける。後ろにいるのは対暴徒鎮圧用の装甲車、ちょうど警備学校で見たものと全く同じものだ。マイクロウェーブ照射器がこちらに向く、どう考えても目標はASIDAKAじゃない。

「マジでこのスーツが狙いかよ、強奪じゃなくてちゃんと交渉しろって言うんだ!」

 研究所情報保護特権法に背くことは人生が破綻する重罪だというのに、そうまでして他人のアイディアと研究を奪いたいのか。

「慧さん並列演算開始します!」

 ヤコの声が頭に響く、というか存在をすっかり忘れるぐらい目の前の事実が受け入れ難かった。しかし相手の攻撃は見えないマイクロウェーブ、暴徒鎮圧用と銘打つ照射器。正面に出ないという対策以外ありえない。

 それに加えてメインフレームが特殊カーボン製であることが災いした。金属ならモノによっては大丈夫だったかもしれない。

 僕の頭が『不可能』の三文字と共に全身の激痛を受信した。

 並列演算なんて意味がなかった、気がつくのが遅すぎて判断速度云々の問題じゃなくなってしまった。

「ケイニイチャン、ダイジョウブ?」

 一瞬気を失いかけたし、体も糸が切れたみたいに動いてくれない。

「やれやれようやく人目のないところに来てくれましたねぇ」

 宵月という人間が依頼をしてきたときとはうって変わって、昂揚した声で装甲車から降りてくる。

「そのパワードスーツ、頂戴いたしますよ」

「暴走も仕込んでいたのか?」

 何とか声を絞り出す。

「暴走は想定外でしたが好機と判断し利用させてもらいました、一般人というものは本当に御しやすい」

 完全に小ばかにした物言いに怒りを覚える。だけど残念ながらこちらは大地に這いつくばったまま起き上がれない。敗者として何も言えない上に、何も知らない健一を利用したということが許せない。

 今はそれ以上に自分の動かない身体が恨めしい。

 宵月は顎でしゃくるようにして装甲車の武装した人間を呼び出している。このパワードスーツは来栖の、いや玉宮研究所の成果だ。こんな間抜けな形で盗まれるわけにはいかない。

 身体は動かないけど思考はできる。ならスーツだけでも動かせるか試す価値はあるかもしれない。

 なによりこのまま何もしないで寝ているなんてまっぴらごめんだ。

「動け……」

「動いた瞬間君を殺すことになるがね、ためらう必要性も感じない」

 目の前にかがんでフェイスカバー越しに覗き込む宵月の顔が汚物を見るように歪んだ。

「むしろ中身は消えたほうが世のためだ」

 なるほどね、こいつは僕のことを知っていたわけか。こいつに言われるのだけは心外な気もするけどね。

 自分の名前はどこに行っても呪いばかりだ。そのせいでこんな輩を引き寄せたのかもしれない。そうだとしたら来栖に申し訳が立たない。自分のせいでこんなトラブルを招き入れたんだから。

 理不尽だ

 理不尽だ

 なんで自分がしたことじゃない、自分が起こしたことでもないことで僕が、僕の周りの人が被害ばかり受けるんだ。

 悔しい

 悔しい

 何をしても、どんな結果を出そうと僕はこの枷から逃れられないのか。歯ぎしりするばかりで動くことはもちろん、こぶしを握ることもできない。

「ヤダ」

「健一?」

 僕の上にまたがるように立つ健一。

「ASIDAKA、君は生みの親に逆らうのかね?」

「カンケイナイ」

 胴体からアームのようなものがマテリアライズされて出てきた。それが動けない自分の体を掴みあげる。

「ボクハ、ケイニイチャンニ、シンデ、ホシクナイ、ダケ」

「やめるんだ、健一! 殺されるぞ!」

「ヤダ」

 少しだけ楽しそうな否定の言葉。なんでそんな自殺行為を、放っておけば僕だけで済むのになんでわざわざ巻き込まれにくるんだ。

「僕のことは放っておいてくれ! すぐに仲間が助けに来るから!」

「ヤ、ダ」

 今度は嬉しそうな声に変わった。駄目だ、聞いてくれない。

「シンパイイラナイヨ、ダッテ、ボクノカラダ、イマ、キカイダモン」

 そう言って駆け出す健一。自分の体を認識している。思考回路そのものが健一ならそれは、信じてはいないけど魂のようなもので。

 つまりは取り換えが利かない唯一無二の『存在』であるわけであって。

「やれ」

 指示を受けた兵が何かの砲弾を向けるのと発射炎が見えたのがほぼ同時だった。少し遅れてきた衝撃で僕の身体はコンクリートの大地を転がる。目線の先に胴体部分が半分吹き飛んだASIDAKA(健一)が。


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