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好きの返事は、翌日になります  作者: 白川 透


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6/20

職人さん、説明が難しすぎます!

 灯り市では作った人が自分で家具を紹介する時間がある。


 一回五分。来場者の前に立って、どんな家具でどう使ってほしいかを話す。去年までは工房から相沢さんが出ていたけれど、今年は作った本人に話してほしいと私が頼んだ。頼んだときに瀬尾さんは「はい」と即答した。


 その即答を、私は少し信用しすぎていた。


「では、一回通してみましょうか」


 木曜の夕方、二階のイベントスペースには誰もいなかった。展示前の家具が三点並んでいるだけだ。私は来場者の位置に、瀬尾さんは「まちのひとやすみ」の横に立った。


 瀬尾さんが一礼した。


「このベンチは、ナラの無垢材を使っています。座面は幅はぎで、木表を上にしています。脚と貫はほぞ組みで、接着剤に頼らない構造にしました。仕上げは植物性オイルの三回塗りで」

「ちょっと待ってください」


 一分も経っていなかった。


「はい」

「幅はぎって何ですか」

「細い板を何枚か横につないで、一枚の広い板にすることです」

「木表は」

「木の、外側だった面です。反りの方向が」

「貫は」

「脚と脚をつなぐ横の棒です」

「ほぞ組みは」

「凸と凹を作って、はめ込む方法です」


 全部説明できる。説明できるのに、最初から言わない。


「瀬尾さん。今の、来場者の人に向けて話してました?」

「はい」

「誰に向けて?」

「家具を見に来た人に」

「家具を見に来た人は、たぶん、ほぞ組みを知りません」


 瀬尾さんは黙って、自分の言ったことを頭の中で巻き戻しているような顔をした。


「知らないですか」

「知りません。私も今知りました」


 瀬尾さんが真剣に考え込んだ。この人にとって、ほぞ組みは「椅子」と同じくらい普通の言葉なのだろう。


「もう一回やってみます」

「お願いします」


 二回目。


「このベンチは、ナラという木で作っています。ナラは硬くて丈夫で、木目がきれいで、ええと、座面は」


 止まった。


「座面は細い板をつないで広くしています。その、反らないように、木の外側の面を」


 止まった。


「木表を」

「言っちゃいました」

「言いました」


 瀬尾さんは天井を見た。私は笑いをこらえた。こらえきれていなかったと思う。


---


「わかりました。作戦を変えます」


 私は来場者の立ち位置から一歩前に出た。


「私が来場者をやります。瀬尾さんは、聞かれたことに答えてください。説明はしなくていいです。答えるだけ」

「答えるだけ」

「はい」


 私は一度後ろを向いて深呼吸をした。それから振り返って膝を曲げ、目線を下げた。


「ねえ、これなに?」


 瀬尾さんが固まった。


「小学二年生です。名前はひよりちゃん。お母さんと来ました」

「設定が細かいですね」

「細かいほうが答えやすいので。はい、どうぞ」


 瀬尾さんは一度咳払いをして、私と同じくらいの高さまでしゃがんだ。しゃがむとは思っていなかったので私のほうが驚いた。


「これは、ベンチです」

「ベンチってなに?」

「座るところです」

「なんでひくいの?」

「ひよりちゃんが、座りやすいように」

「おかあさんもすわれる?」

「座れます。ひよりちゃんの隣に」

「なんでとなりなの?」


 瀬尾さんが少しだけ考えた。


「並んで座ると、同じものを一緒に見られるからです」


 私は小学二年生の顔のまま素に戻りそうになった。


 今のは、ほぞ組みの話よりずっといい。


「ふーん。じゃあ、すわっていい?」

「どうぞ」


 私はベンチに座って、座面に両手をついた。小学二年生らしく瀬尾さんを見上げる。瀬尾さんは真顔でそれを見ている。


「ねえ、これ、だれがつくったの?」

「僕です」

「すごいね」

「ありがとうございます」

「なんで敬語なの?」


 瀬尾さんが詰まった。


「……ありがとう」


 言い直した。小学二年生に向かって真剣に言い直した。私は座面についた手に力を入れる。笑ってはいけない。今の私は小学二年生だ。小学二年生は、大人の言い直しで笑い転げたりしない。たぶん。


「次の人に代わります」


 私は立ち上がってもう一度後ろを向き、振り返った。今度は背筋を伸ばして腕を組む。


「失礼。少しよろしいですか」

「はい」

「このベンチ、おいくらですか。耐荷重は。屋外に置いても? 塗装は何回? 修理はしてもらえるの? 背もたれがないのはなぜ? 腰が悪いんだけど」


 一息で言った。質問の多い来場者は、毎年必ず一人はいる。


 瀬尾さんはしゃがんだ姿勢から立ち上がって、私の質問を指で数えた。


「六つですか」

「七つです」

「七つ」

「一つずつで結構よ」


 瀬尾さんは律儀に一つ目から答え始めた。値段は展示品なので今回は販売していないこと。耐荷重は大人三人でも問題ないこと。屋外には出さないこと。塗装は三回で、修理は工房で受けること。背もたれは、両側から座れるようにわざとつけていないこと。


「腰が悪いんだけど」

「それでしたら、こちらの椅子のほうが」


 瀬尾さんは「はなしごえ」のほうを手で示した。


「背もたれがあって、座面が少し高いので、立ち上がりが楽です」


 完璧だった。説明ではなく、答えだった。目の前の人の腰のことを考えて、別の家具を勧めている。


「……あら、ご親切に」


 私は腕を組んだまま本気で感心した。


---


「何やってんの」


 入口から声がした。相沢さんだった。手に段ボールを抱えている。


「説明の練習です」

「説明の練習で、なんで高瀬さんがマダムになってんの」

「質問の多い来場者の役です」

「その前は?」

「小学二年生です」

「見たかった」


 相沢さんは段ボールを床に置いて、そのまま来場者の立ち位置に並んだ。


「俺も聞きたい。瀬尾、俺にも説明して」

「相沢さんは、全部知ってるじゃないですか」

「知らない人の役やるから。俺、家具のこと何もわからないサラリーマン。質問はしないから、まず紹介してみて」


 瀬尾さんが私を見る。私はうなずいた。瀬尾さんが相沢さんを見る。相沢さんは腕を組んで黙っていた。


「このベンチは、ナラで、座面は細い板をつないで、脚は」


 瀬尾さんが止まった。


「脚は、ほぞ組みで」

「出た」


 相沢さんが手を叩いた。私は思わず吹き出した。


「質問されると答えられるのに、自分から話すと全部言おうとするんだよな」

「どれも大事なので」

「大事なのはわかる。でも最初の一言で全部は入らない。去年俺がやったときも、来た人に先に座ってもらってから話したほうが聞いてくれた」


 瀬尾さんは黙った。相沢さんの言っていることは、去年の現場で覚えたことなのだろう。


 私も黙って、瀬尾さんの顔を見ていた。


 聞かれたら答えられる。自分から話すと、何から言うか選べない。だったら、最初の一言だけ決めておけばいい。


「瀬尾さん」

「はい」

「さっき、小学二年生に言ったこと、覚えてますか」


 瀬尾さんが少し考えた。


「並んで座ると、同じものを一緒に見られる」

「それです。それを最初に言ってください。ほぞ組みは、聞かれたら言えばいいです」


 瀬尾さんはベンチの横に立ち直した。相沢さんは腕を組んで待っている。私は来場者の位置に戻った。


「このベンチは」


 一呼吸。


「親子で、並んで座ってほしくて作りました。低いのは、子どもが座りやすいように。並んでいれば、同じものを一緒に見られるので」


 それだけだった。


 それだけで、十分だった。


 相沢さんが「おお」と小さく言った。


「で、なんで一緒に見られると嬉しいの」

「一緒に見ているって、わかるからです」


 相沢さんが私のほうを見た。私も相沢さんを見た。


「瀬尾、それ去年の展示で言えよ」

「去年は思いつかなかったので」

「今年は思いついたのか」

「高瀬さんが聞いてくれたので」


 即答だった。


 相沢さんが私を見る目が変わった気がした。気のせいかもしれない。相沢さんは段ボールを拾い上げて、「じゃ、俺は荷物運んでくる」と言って出ていった。出ていきながら「最初の一言はそれでな」と付け加えるのを忘れなかった。


---


 二人きりになった二階は急に静かになった。


 窓の外はもう暗くなりかけている。私は図面と練習用のメモを片づけて、瀬尾さんは家具の位置を直していた。


「今日、ありがとうございました」


 瀬尾さんが言った。


「いえ。私も楽しかったです。マダム、意外と楽しかった」

「本格的でした」

「小学二年生は?」

「本格的でした」


 同じ答えだった。私は笑った。


 瀬尾さんも笑った。声を出さずに、でもちゃんと。


「高瀬さんがいると」


 瀬尾さんがベンチの縁に手を置いたまま言った。


「話しやすいです」


 私はメモを持ったまま手を止めた。


 話しやすい。この人が、私と話すと話しやすい。


 ほぞ組みを封じられて、小学二年生に言い直しをさせられて、マダムに七つ質問されたあとで。


「……それは、よかったです」


 それ以上の言葉が出てこなかった。出てこなくてもよかった気がした。


 階段を降りる瀬尾さんの背中を見送ってから、私は「まちのひとやすみ」に一人で座った。低い。膝が少し上がる。


 並んで座れば、同じものを一緒に見られる。


 窓の外の暗くなりかけた空を見ながら、隣が空いていることを少しだけ意識した。

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