職人さん、説明が難しすぎます!
灯り市では作った人が自分で家具を紹介する時間がある。
一回五分。来場者の前に立って、どんな家具でどう使ってほしいかを話す。去年までは工房から相沢さんが出ていたけれど、今年は作った本人に話してほしいと私が頼んだ。頼んだときに瀬尾さんは「はい」と即答した。
その即答を、私は少し信用しすぎていた。
「では、一回通してみましょうか」
木曜の夕方、二階のイベントスペースには誰もいなかった。展示前の家具が三点並んでいるだけだ。私は来場者の位置に、瀬尾さんは「まちのひとやすみ」の横に立った。
瀬尾さんが一礼した。
「このベンチは、ナラの無垢材を使っています。座面は幅はぎで、木表を上にしています。脚と貫はほぞ組みで、接着剤に頼らない構造にしました。仕上げは植物性オイルの三回塗りで」
「ちょっと待ってください」
一分も経っていなかった。
「はい」
「幅はぎって何ですか」
「細い板を何枚か横につないで、一枚の広い板にすることです」
「木表は」
「木の、外側だった面です。反りの方向が」
「貫は」
「脚と脚をつなぐ横の棒です」
「ほぞ組みは」
「凸と凹を作って、はめ込む方法です」
全部説明できる。説明できるのに、最初から言わない。
「瀬尾さん。今の、来場者の人に向けて話してました?」
「はい」
「誰に向けて?」
「家具を見に来た人に」
「家具を見に来た人は、たぶん、ほぞ組みを知りません」
瀬尾さんは黙って、自分の言ったことを頭の中で巻き戻しているような顔をした。
「知らないですか」
「知りません。私も今知りました」
瀬尾さんが真剣に考え込んだ。この人にとって、ほぞ組みは「椅子」と同じくらい普通の言葉なのだろう。
「もう一回やってみます」
「お願いします」
二回目。
「このベンチは、ナラという木で作っています。ナラは硬くて丈夫で、木目がきれいで、ええと、座面は」
止まった。
「座面は細い板をつないで広くしています。その、反らないように、木の外側の面を」
止まった。
「木表を」
「言っちゃいました」
「言いました」
瀬尾さんは天井を見た。私は笑いをこらえた。こらえきれていなかったと思う。
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「わかりました。作戦を変えます」
私は来場者の立ち位置から一歩前に出た。
「私が来場者をやります。瀬尾さんは、聞かれたことに答えてください。説明はしなくていいです。答えるだけ」
「答えるだけ」
「はい」
私は一度後ろを向いて深呼吸をした。それから振り返って膝を曲げ、目線を下げた。
「ねえ、これなに?」
瀬尾さんが固まった。
「小学二年生です。名前はひよりちゃん。お母さんと来ました」
「設定が細かいですね」
「細かいほうが答えやすいので。はい、どうぞ」
瀬尾さんは一度咳払いをして、私と同じくらいの高さまでしゃがんだ。しゃがむとは思っていなかったので私のほうが驚いた。
「これは、ベンチです」
「ベンチってなに?」
「座るところです」
「なんでひくいの?」
「ひよりちゃんが、座りやすいように」
「おかあさんもすわれる?」
「座れます。ひよりちゃんの隣に」
「なんでとなりなの?」
瀬尾さんが少しだけ考えた。
「並んで座ると、同じものを一緒に見られるからです」
私は小学二年生の顔のまま素に戻りそうになった。
今のは、ほぞ組みの話よりずっといい。
「ふーん。じゃあ、すわっていい?」
「どうぞ」
私はベンチに座って、座面に両手をついた。小学二年生らしく瀬尾さんを見上げる。瀬尾さんは真顔でそれを見ている。
「ねえ、これ、だれがつくったの?」
「僕です」
「すごいね」
「ありがとうございます」
「なんで敬語なの?」
瀬尾さんが詰まった。
「……ありがとう」
言い直した。小学二年生に向かって真剣に言い直した。私は座面についた手に力を入れる。笑ってはいけない。今の私は小学二年生だ。小学二年生は、大人の言い直しで笑い転げたりしない。たぶん。
「次の人に代わります」
私は立ち上がってもう一度後ろを向き、振り返った。今度は背筋を伸ばして腕を組む。
「失礼。少しよろしいですか」
「はい」
「このベンチ、おいくらですか。耐荷重は。屋外に置いても? 塗装は何回? 修理はしてもらえるの? 背もたれがないのはなぜ? 腰が悪いんだけど」
一息で言った。質問の多い来場者は、毎年必ず一人はいる。
瀬尾さんはしゃがんだ姿勢から立ち上がって、私の質問を指で数えた。
「六つですか」
「七つです」
「七つ」
「一つずつで結構よ」
瀬尾さんは律儀に一つ目から答え始めた。値段は展示品なので今回は販売していないこと。耐荷重は大人三人でも問題ないこと。屋外には出さないこと。塗装は三回で、修理は工房で受けること。背もたれは、両側から座れるようにわざとつけていないこと。
「腰が悪いんだけど」
「それでしたら、こちらの椅子のほうが」
瀬尾さんは「はなしごえ」のほうを手で示した。
「背もたれがあって、座面が少し高いので、立ち上がりが楽です」
完璧だった。説明ではなく、答えだった。目の前の人の腰のことを考えて、別の家具を勧めている。
「……あら、ご親切に」
私は腕を組んだまま本気で感心した。
---
「何やってんの」
入口から声がした。相沢さんだった。手に段ボールを抱えている。
「説明の練習です」
「説明の練習で、なんで高瀬さんがマダムになってんの」
「質問の多い来場者の役です」
「その前は?」
「小学二年生です」
「見たかった」
相沢さんは段ボールを床に置いて、そのまま来場者の立ち位置に並んだ。
「俺も聞きたい。瀬尾、俺にも説明して」
「相沢さんは、全部知ってるじゃないですか」
「知らない人の役やるから。俺、家具のこと何もわからないサラリーマン。質問はしないから、まず紹介してみて」
瀬尾さんが私を見る。私はうなずいた。瀬尾さんが相沢さんを見る。相沢さんは腕を組んで黙っていた。
「このベンチは、ナラで、座面は細い板をつないで、脚は」
瀬尾さんが止まった。
「脚は、ほぞ組みで」
「出た」
相沢さんが手を叩いた。私は思わず吹き出した。
「質問されると答えられるのに、自分から話すと全部言おうとするんだよな」
「どれも大事なので」
「大事なのはわかる。でも最初の一言で全部は入らない。去年俺がやったときも、来た人に先に座ってもらってから話したほうが聞いてくれた」
瀬尾さんは黙った。相沢さんの言っていることは、去年の現場で覚えたことなのだろう。
私も黙って、瀬尾さんの顔を見ていた。
聞かれたら答えられる。自分から話すと、何から言うか選べない。だったら、最初の一言だけ決めておけばいい。
「瀬尾さん」
「はい」
「さっき、小学二年生に言ったこと、覚えてますか」
瀬尾さんが少し考えた。
「並んで座ると、同じものを一緒に見られる」
「それです。それを最初に言ってください。ほぞ組みは、聞かれたら言えばいいです」
瀬尾さんはベンチの横に立ち直した。相沢さんは腕を組んで待っている。私は来場者の位置に戻った。
「このベンチは」
一呼吸。
「親子で、並んで座ってほしくて作りました。低いのは、子どもが座りやすいように。並んでいれば、同じものを一緒に見られるので」
それだけだった。
それだけで、十分だった。
相沢さんが「おお」と小さく言った。
「で、なんで一緒に見られると嬉しいの」
「一緒に見ているって、わかるからです」
相沢さんが私のほうを見た。私も相沢さんを見た。
「瀬尾、それ去年の展示で言えよ」
「去年は思いつかなかったので」
「今年は思いついたのか」
「高瀬さんが聞いてくれたので」
即答だった。
相沢さんが私を見る目が変わった気がした。気のせいかもしれない。相沢さんは段ボールを拾い上げて、「じゃ、俺は荷物運んでくる」と言って出ていった。出ていきながら「最初の一言はそれでな」と付け加えるのを忘れなかった。
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二人きりになった二階は急に静かになった。
窓の外はもう暗くなりかけている。私は図面と練習用のメモを片づけて、瀬尾さんは家具の位置を直していた。
「今日、ありがとうございました」
瀬尾さんが言った。
「いえ。私も楽しかったです。マダム、意外と楽しかった」
「本格的でした」
「小学二年生は?」
「本格的でした」
同じ答えだった。私は笑った。
瀬尾さんも笑った。声を出さずに、でもちゃんと。
「高瀬さんがいると」
瀬尾さんがベンチの縁に手を置いたまま言った。
「話しやすいです」
私はメモを持ったまま手を止めた。
話しやすい。この人が、私と話すと話しやすい。
ほぞ組みを封じられて、小学二年生に言い直しをさせられて、マダムに七つ質問されたあとで。
「……それは、よかったです」
それ以上の言葉が出てこなかった。出てこなくてもよかった気がした。
階段を降りる瀬尾さんの背中を見送ってから、私は「まちのひとやすみ」に一人で座った。低い。膝が少し上がる。
並んで座れば、同じものを一緒に見られる。
窓の外の暗くなりかけた空を見ながら、隣が空いていることを少しだけ意識した。
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