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好きの返事は、翌日になります  作者: 白川 透


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助けての返事は三秒

確認したいことは三つあった。


展示札の説明文に書く木の種類。仕上げに使った塗料が子どもの手に触れても大丈夫かどうか。雨の日に屋外へ出すことがあるか。


工房の作業台の端で、瀬尾さんは三つとも即答した。


「ナラです。塗料は植物性のオイルで、乾いていれば問題ありません。屋外は出しません」

「ありがとうございます。説明文、これで書けます」


メモを閉じた。用件はこれで終わりだ。五分もかからなかった。


立ち上がろうとして、作業台の隅に並んだ木片が目に入った。手のひらくらいの大きさで、十枚ほど。色がそれぞれ違う。表面のつやも違う。一枚ずつ鉛筆で何か書いてある。


「それ、何ですか」

「仕上げの見本です。同じナラでも、削り方と塗り方で手触りが変わるので」


手触りが変わる。見ただけではわからない。触ってみたい。


でも、確認は終わっている。瀬尾さんは作業の途中で、私の用件のために手を止めてくれたのだ。これ以上は仕事ではない。仕事ではないことで時間をもらうのは、なんとなく気が引けた。


「そうなんですね。じゃあ、私はこれで」


言いかけたところで、瀬尾さんが壁の時計を見た。


「接着剤が乾くまで、次の作業に進めないんです。二十分くらいは手が空きます」


それだけ言って、瀬尾さんは木片のほうを見た。私を見たのではなく、木片を。


私は立ち上がりかけた姿勢のまま止まった。言わなくてもいいことを、この人は言った。


「あの」


座り直した。


「仕事の確認は終わったんですが、私がもう少し知りたいんです。教えてもらえますか」


言ってから、心臓が少し速くなった。


「はい」


三秒もかからなかった。


---


瀬尾さんは木片を作業台の真ん中に並べ直した。刃物や機械から離れた、何も載っていない側だ。


「左から、削っただけのもの。次が紙やすりで仕上げたもの。その次がオイルを一回。二回。三回」

「触っていいですか」

「どうぞ」


一枚目を手に取った。ざらりとしている。細かい溝が指先に引っかかる。木を触っている、という感じがする。


二枚目はなめらかだった。三枚目は少ししっとりしていて、四枚目、五枚目と進むにつれて、指が吸いつくような感触になっていく。


「全然違いますね」

「違います」

「見た目より、ずっと違う」

「目で見るより、手のほうが正直なので」


瀬尾さんの声はいつもより速かった。木の話になると、この人は早口になるらしい。初めて知った。


私はもう一度、端から順に触っていった。今度は目を閉じて。


「これ」


三枚目で手を止めた。オイル一回のもの。なめらかだけれど、まだ少しだけ木の目が指に残る。


「これが好きです」

「理由を聞いてもいいですか」

「えっと」


言葉を探した。探して、出てきたのがこれだった。


「キャラメルラテでいうと、ホイップなしの感じです」


瀬尾さんが顔を上げた。


「ホイップなし」

「はい」

「飲み物は多めなのに、木はホイップなしなんですね」

「飲み物と木は別です」

「別ですか」

「別です。三回塗ったのは、ホイップ七センチです。甘すぎて木の味がしない。削っただけのはブラックです。苦い。オイル一回が、ちょうど甘さと木のバランスがいい」


言いながら、自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。木に甘さはない。でも指先の感触は、確かにそういう順番に並んでいた。


瀬尾さんは三枚目の木片を手に取って、親指でゆっくりなぞった。それから五枚目をなぞった。それから一枚目。


真剣だった。


「確かに」

「確かに、ですか」

「三回だと、木の目が消えます。それを甘すぎると言うなら、そうかもしれません」


そう言って、瀬尾さんは笑った。声は出さなかったけれど、口元から目まで、全部で笑っていた。


「そういうたとえ方をされたのは、初めてです」

「変でしたか」

「いえ。わかりやすかったです」


本気で言っているのがわかった。わかったから、私も笑ってしまった。木の見本を前に、二人でキャラメルラテの話をしている。誰かが見たら意味がわからないと思う。


二十分はぴったり過ぎた。接着剤のほうへ向かう瀬尾さんに頭を下げて、私は工房を出た。


---


階段の手前まで来たところで、後ろから足音がした。


振り向くと、瀬尾さんだった。作業用の手袋を片方だけはめたまま、急いだ顔をしている。


「すみません。言い忘れました」


何か仕事の確認を忘れたのだろうか。私はメモ帳を出しかけた。


「今日、話せて楽しかったです」


それだけだった。


私はメモ帳を持ったまま、瀬尾さんを見た。瀬尾さんは軽く頭を下げて、もう工房のほうへ戻りかけている。手袋の片方だけが白い。


「あの」

「はい」

「私もです」


瀬尾さんは一度だけうなずいて、引き戸の向こうに消えた。


私は階段の一段目に足をかけたまま、しばらく動けなかった。


今日中に間に合った。


頭の中でそう採点してから、自分で笑いそうになった。いつから私はこの人の言葉の到着時刻を測るようになったのだろう。


階段を上がりながら、指先をこすり合わせた。オイル一回の手触りが、まだそこに残っている気がした。

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