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好きの返事は、翌日になります  作者: 白川 透


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4/20

甘党とブラック派の仁義なき戦い

一階のカフェには私の定位置がある。


カウンターの一番端、工房の引き戸が見える席。見えるからといって見ているわけではない。たまたま空いていることが多いだけだ。


その席に座る前に、まずレジで注文する。


「いつもので」

「はい。キャラメルラテ、ホイップ多めですね」


店員さんが言い直してくれるのは、たぶん親切だ。いつもの、で済ませたい気持ちを毎回言葉にされる。私は小さくうなずいた。


午後三時十五分。灯り市の資料を印刷に出して、戻ってくるまでの十五分が今日の休憩だった。カフェの奥では低い音でラジオが流れている。


後ろで引き戸の音がした。足音がレジに近づいてきて、私の隣で止まった。


「ブラックを。ホットで」


振り向かなくてもわかる。わかったけれど振り向いた。瀬尾さんは作業着のままで、袖に木屑がついていた。


「お疲れさまです」

「お疲れさまです」


それだけ言って、二人で受け取り口の前に立った。店員さんが私のラテにホイップを絞っている。山になっていく。瀬尾さんの視線がその山を追っているのがわかった。


「それは」

「はい」

「飲み物ですか」

「飲み物です」

「デザートに見えます」

「飲めるデザートです」


瀬尾さんが黙った。否定しなかったので、たぶん納得した。


私のラテと瀬尾さんのブラックが同時に出てきた。白と黒。並ぶと絵に描いたみたいに対照的で、店員さんが少し笑った。


「十分だけ、いいですか」


瀬尾さんが言った。私が言おうとしていたことを先に言われた。


「十分なら」


---


窓際の小さいテーブルに向かい合って座った。私の定位置ではない席に座るのは久しぶりだった。


瀬尾さんはカップを両手で持って、香りを確かめてから一口飲んだ。何も入れない。砂糖もミルクも見なかった。


「苦くないんですか」

「苦いです」

「苦いのに飲むんですか」

「苦いから飲みます」


苦いのをわざわざ選ぶ気持ちが、私にはわからない。


「高瀬さんのは、甘いですか」

「甘いです」

「甘いから飲むんですか」

「甘いから飲みます」


言ってから、同じ構文で返してしまったことに気づいた。瀬尾さんの口元が少し動いた。


「じゃあ、お互い様ですね」

「お互い様です」


私はスプーンでホイップの山をすくった。すくいながら、ふと思いついた。


「一口、飲んでみますか」


言ってから、これは変な提案だっただろうかと思う。でも瀬尾さんは変だと思わなかったらしく、少し考えてから「お願いします」と言った。店員さんに小さいカップを一つもらって、私はラテを分けた。ホイップは入れない。初心者にいきなり山は厳しい。


瀬尾さんがカップを持ち上げて、飲んだ。


動きが止まった。


目が見開かれて、それから何かを確かめるようにもう一口飲んだ。二口目でも止まった。


「どうですか」

「甘いです」

「甘いって言いました」

「思っていたより、ずっと甘いです」


真剣な声だった。嫌そうではない。ただ驚いている。カップの中を覗き込んで、底に何か沈んでいないか確かめている。


「これは、糖分が」

「気にしたら負けです」

「負けですか」

「負けです」


瀬尾さんはもう一度カップを見て、小さく「そうですか」と言った。負けを認めた顔ではなく、新しい材料を見つけた職人の顔だった。


「じゃあ、こっちも」


瀬尾さんが自分のカップをこちらへ押し出した。同じように小さいカップをもらって、ブラックが移される。黒い。本当に黒い。


私は覚悟を決めて飲んだ。


「っ」


声にならなかった。苦い。苦いというより、口の中が一気に仕事モードになる味だった。顔に出さないように努力したけれど、努力が顔に出た。


「苦いです」

「苦いですよね」

「なんでこれが飲めるんですか」

「慣れです」

「慣れたくない」


正直に言ったら、瀬尾さんが笑った。声を出して笑ったわけではない。でも肩が揺れた。この前の命名のときより、はっきりと。


「高瀬さんは、顔に全部出ますね」

「出ます。知ってます」

「仕事のときは出ないのに」

「仕事のときは出さないんです。今は休憩なので」


言ってから、休憩だから出していいと自分で決めていることに気づいた。瀬尾さんの前で。


---


結局、私はラテに戻り、瀬尾さんはブラックに戻った。


それでよかった。それがよかった。


「ホイップの山は」


瀬尾さんが私のカップを見て言った。


「どのくらいまで高くできるんですか」

「店員さんの気分です」

「構造的には限界があります」

「それは瀬尾さんが考えてください」


瀬尾さんが本当に考え始めたので、私は止めなかった。十分は、たぶん少し過ぎていた。


---


数日後の午後、二階で動線の確認をしていたら、階段を上がってくる足音がした。


瀬尾さんだった。仕事の用件かと思って図面を手に取ったら、瀬尾さんは図面を見ずに言った。


「カフェに、新しいのが出ていました」

「新しいの」

「ほうじ茶のラテです。ホイップが乗せられます」


私は図面を持ったまま、何を言われたのかすぐにはわからなかった。


「それを、わざわざ」

「高瀬さんが好きそうだったので」


早い。即答だった。


「飲んだんですか」

「飲んでいません。見ただけです」

「見ただけで、私が好きそうだと」

「はい」


この前の一口で何を学んだのか知らないけれど、この人は私の好みを覚えて、新しいラテを見つけて、わざわざ階段を上がってきた。仕事の用件ではなく。


「ありがとうございます。あとで行きます」

「はい」


瀬尾さんはそれだけ言って、来たときと同じ速さで降りていった。階段の途中で一度、足音が止まった。


「ホイップの限界ですが」


下から声がした。


「たぶん、七センチです」


足音が再開して、遠ざかった。


私はしばらく図面を見ていた。見ていたけれど、何も読んでいなかった。七センチ。本当に考えたらしい。この前の十分のあとも、たぶん工房で。


午後の休憩はほうじ茶ラテにした。ホイップは多めで、と頼んでから、つい付け足した。


「七センチくらいまで、いけますか」


店員さんは一瞬きょとんとして、それから笑って「挑戦してみますね」と言った。


山になっていくホイップを、私は定規を当てる気持ちで見ていた。

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