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好きの返事は、翌日になります  作者: 白川 透


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17/20

その仕事、半分ください

 火曜の朝の天気予報で、土曜に傘のマークがついた。


 降水確率は六十パーセント。小雨の予報だった。


 灯り市は屋外の広場と、テラスの一階の通路と、二階のイベントスペースを使う。雨の日の案は十月のうちに作ってあった。広場の出店を一階の通路に寄せて、家具の展示は二階にまとめる。案はある。あとはその案が本当に動くかを確かめるだけだ。


 夕方、四人で二階に集まった。


 菜月さんと私が案内の動線。瀬尾さんと相沢さんが家具の配置。役割は最初から決まっていた。


「じゃあ、ひよりは階段から入ってみて。私は受付の位置で、人がどこで詰まるか見るから」

「はい」


 雨の日は来場者がみんな階段を上がってこの部屋に入ってくる。受付はその入口に置く。菜月さんがクリップボードを持って、入口の受付の位置に立った。相沢さんは床にメジャーを伸ばして、通路の幅を測りはじめた。


 私は階段を一段降りたところに立って、配置図を広げた。来場者として奥まで歩き、座ってもみる。迷うところや案内板が見えなくなるところに、印をつけていく。


 歩く側と座る側の確認は両方とも私がやるつもりだった。


「高瀬さん」


 瀬尾さんが配置図を覗き込んだ。


「その仕事、半分ください」

「え」

「座った側からの見え方は僕が見ます。家具の高さで、どこまで見えるかがわかるので。高瀬さんは歩く側を」


 私は配置図と瀬尾さんを交互に見た。


 確かに、二人で同時に見たほうが早い。それに、座った高さから何が見えるかは、家具を作った人の目で見てもらったほうがいい。


「お願いします」


 瀬尾さんはうなずいて、奥のベンチのほうへ歩いていった。


---


 階段を上がって、入口から一歩入る。


 階段を上がりきった人がそこで立ち止まらずに済むように、受付は入口から三歩奥に置いてある。菜月さんがそこで「ここは大丈夫」と手で丸を作った。


 案内板を目で追いながら、通路を進む。三枚目の案内板のところで、柱の陰になって四枚目が見えなくなった。印をつける。


 それから、奥に向かって曲がったところで、足が止まった。


 床に仮の目印が貼ってあった。


 養生テープの上に、黒いペンで書いてある。


『椅子(かなり低め)はこちら』


 笑ってしまった。声が出た。


 瀬尾さんの字だった。几帳面で、少しだけ右上がりの字。


 低いベンチの名前を考えていたとき、この人がわざと出した仮の名前だ。どこかで使いたいです、と言っていた。本当に使った。


「瀬尾」


 後ろで相沢さんの声がした。メジャーを持ったまま、テープを見下ろしている。


「本番の札は高瀬さんのほうのを使えよ」

「仮です」

「仮でもだよ」


 私は笑いをこらえながら、そのテープの横に印をつけた。「本番は札に差し替え」。ついでに、自分の手帳の端に小さく書いた。かなり低め、まだ健在。


---


 奥のベンチに着くと、瀬尾さんが座っていた。


「まちのひとやすみ」の端に腰かけて、通路のほうを見ている。私が近づくと、手招きされた。


「ここに座ると、入口が見えます」


 隣に座った。確かに、入口の受付まで見通せる。菜月さんがクリップボードを振っているのが見えた。


「でも、こっちの椅子だと」


 瀬尾さんが立ち上がって、向かいの「はなしごえ」に座り直した。


「四枚目の案内板が柱で隠れます」

「私もさっき、そこで迷いました」

「やっぱり」


 二人で同じ柱を見た。


「柱の手前に案内板を一枚足します。低い位置にも矢印をつけて、歩く人からも座っている人からも見えるように」

「それなら、ここから見えます」


 瀬尾さんは「はなしごえ」に座ったまま、柱のほうを指さした。


 確認はそれで終わった。直すところは一か所。それ以外は、雨の日の案のとおりに動いた。


---


 相沢さんと菜月さんが先に一階へ降りていって、二階には私と瀬尾さんだけが残った。


 配置図をたたんでいると、瀬尾さんが言った。


「受付を入口から三歩奥にしたのがいいですね」

「え」

「雨の日は、みんな階段から上がってきます。入口のすぐ前で止まると、階段の上で人が詰まるので」


 そこを見てくれていたとは思わなかった。誰にも言っていなかった工夫だった。


「ありがとうございます」


 それから、瀬尾さんは少しだけ声を落とした。


「ひよりさん」


 二人きりのときだけの呼び方だった。


「今日も、顔を見られて嬉しかったです」


 その日の嬉しさを、その日のうちにもらった。


 胸の奥が温かくなって、それをそのまま返したいと思った。


「私も、嬉しかったです。直人さんが半分くださいって言ってくれたのも」


 直人さんは少し照れたように、配置図のほうへ目をそらした。


「土曜」


 私は言った。


「片づけが終わったら、一緒に帰りませんか」

「はい。一緒に帰りましょう」


 答えはすぐだった。


 一階から、菜月さんが「ひよりー、二階の電気消してきてねー」と呼ぶ声がした。


「今行きます」


 返事をして、私は配置図を抱え直した。階段を降りる前に一度振り返ると、直人さんが仮のテープを一枚、そっとはがしているところだった。


 かなり低めのほうではなかった。そっちは、土曜の朝まで残しておくらしい。

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