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好きの返事は、翌日になります  作者: 白川 透


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13/20

この人だって、不器用なんです

 月曜の昼休み、一階のカフェで瀬尾さんの向かいに座った。


 次の日曜にまた出かけることは土曜のうちにメッセージで決まっていた。決まっていないのは行き先だけだ。今日はそれを二人で決める。


 瀬尾さんはブラックを脇に置いて、スマートフォンをテーブルに出した。


「候補を、いくつか調べてきました」


 画面を見せてもらった。メモ帳に店や場所の名前が四つ並んでいる。そこまではいい。問題はその一つひとつの下に書いてあることだった。


 開店時刻。閉店時刻。ラストオーダー。定休日。年末の臨時休業の有無。最寄り駅からの徒歩分数。


 四つとも、全部。


「……ラストオーダーまで」

「はい」

「臨時休業まで」

「年末なので」


 瀬尾さんは真顔だった。真顔のまま、二つ目の候補の閉店時刻を指で確かめている。そこにはもう書いてあるのに。


 私はその指を見ていた。


 金曜の夜、閉まった札の前で、この人は営業時間の小さな文字から目を離さなかった。展示の部屋では時計を何度も見て、二十分で出ようと言った。


 それで、この画面だ。


「瀬尾さん。もしかして、金曜のこと気にしてます?」


 瀬尾さんの指が止まった。


 少しのあいだ、何も言わなかった。それから、スマートフォンをテーブルに伏せた。


「気にしています。高瀬さんが行きたいと言っていた店に、僕が道具の前から動かなかったせいで行けなかったので」

「私も聞いてましたよ。昔の家の椅子は、って」

「聞かれて、嬉しくて、止まりませんでした。すみませんでした」


 まっすぐ頭を下げられた。昼休みのカフェで。テーブルの上のブラックが湯気だけを立てている。


 私は慌てて手を振りかけて、止めた。


 ここで「全然大丈夫です」と言うのは簡単だ。笑って、なかったことにすればいい。でもそれは残業代の冗談と同じ形をしている気がした。


「瀬尾さん、顔を上げてください」


 瀬尾さんが顔を上げた。


「カフェは少し残念でした。焼きプリン、ずっと食べたかったので」

「はい」

「でも、道具の話も楽しかったんです。墨壺のまねも。あれは本当に面白かったです」


 瀬尾さんの口元がほんの少しゆるんだ。


 それに、と私は続けた。言いながら自分でも気づいた。


「私も、時計を見るのを忘れてたんです。話が楽しくて。だから半分は私です」

「半分」

「次はちゃんと時計を見て、行きたいときに言います。プリンが、って」

「プリンが、で伝わりますか」

「伝わるようにしておきます」


 瀬尾さんが小さく笑った。伏せていたスマートフォンを、もう一度表に返した。


---


「瀬尾さんはどうして気持ちが翌日になるんですか」


 聞くつもりはなかった。でも今なら聞ける気がした。


 瀬尾さんはブラックを一口飲んで、カップを置いた。


「その場で言うと、言葉が足りない気がして」


 それだけだった。


 足りない、と思うくらいなら、きっとこの人は一晩かけて言葉を探している。私の髪のことも、雨の帰り道のことも。そう思ったら、翌朝の一言が少し違って見えた。


「足りなくてもいいですよ」

「はい」

「足りなかったら、翌日に足してくれるので」


 瀬尾さんは何か言いかけて、やめて、うなずいた。


---


 それで、行き先の話に戻った。


「じゃあ、この四つから」


 私は瀬尾さんの画面を覗き込んで、自分のスマートフォンも出した。


「この喫茶店、二つ目の候補から近いんです。午前中に雑貨店に寄って、お昼をここにして、午後に美術館って手も」


 言いながら、指が勝手に地図を広げていた。候補が五つになり、六つになる。


「高瀬さん」

「はい」

「工程表の顔をしています」


 私は手を止めた。


 瀬尾さんは真顔で、私のスマートフォンの画面を指さした。


「移動の予備は何分ですか」

「……十分です」

「増えましたね」


 吹き出した。隣の席の人がこちらを見たので、カップで顔を隠す。この一か月で何度目だろう。


「瀬尾さんだって、臨時休業まで調べてたじゃないですか」

「調べました」


 瀬尾さんはそう言ってから、メモ帳の一番下を指でスクロールした。四つの候補の下に、もう一行あった。閉店時刻も、ラストオーダーも書いていない一行。


「本当は、ここに行きたいと思っていました」


 植物園だった。


「冬でも温室が開いていて、静かです。ベンチが多くて、座っていても誰にも急かされません」

「瀬尾さんが行きたいところですか」

「はい。僕が行きたいところです」


 上の四つはどれも私が喜びそうな場所だった。この人はそれを全部調べてから、一番下に自分の本命を置いていたらしい。


「行きたいです。そこにしましょう」

「ほかの候補は」

「今回はそこだけにします。一か所だけ」

「予備時間は」

「いりません」


 瀬尾さんはメモ帳の上の四つを、そっと消した。それから、植物園の下に一行だけ足した。


『喫茶店は別の日に』


「プリンが、のときに」


 瀬尾さんが言った。私は笑ってうなずいた。


 瀬尾さんはスマートフォンをしまって、残りのブラックを飲みほした。私もラテの最後の一口を飲む。


 昼休みがあと五分で終わる。今度は、ちゃんと時計を見ていた。

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