16話
昔から身軽さだけが取り柄だった。身軽じゃない奴は捕まるか殺された。
生きる為には食べなければならない。どれだけ寒かろうが眠らないといけない。
明日まで生きられるかわからない。
明日が今日より良い日になるとも思えない。
でも死にたくない。
これは理屈ではなく生物に埋め込まれた本能だろう。
自分の行為で困る人がいる。
自分の行為で潰れる店がある。
それでも
『死ぬよりましだろう。こっちはいつも死にかけてんだ』
そう思いながら自分の行為を正当化してきた。
むしろ
「俺がこんなことになったのはお前らのせいだ」
と、自分の現在の境遇に何の関係もない市民を逆恨みしていた。
捕まったほうが良かったのかも知れない。
捕まれば少なくとも飢えて死ぬことはない。
牢の寒暖はわからないけれど。
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お、年寄りが大きなカバンを持っている。
あれだけ大きければ一つくらい良いものが入っているだろう。
習ったわけではないが、経験上年寄りの動きが鈍いことは知っている。
数多の追手を撒いてきた俺があんなのに捕まるわけがない。
いつもの行為だ。気にすることはない。
あの年まで生きてこられたということは、俺より恵まれた人生だったはずだ。
スピードのピークをカバンを取る時に合わせるため、
年寄りの数十メートル後ろから走り出す。
カバンを掴む。
後は走って逃げるだけだ。
「ほう。スピードはなかなか」
カバンを取ったまでは良かった。
そのまま走り去ろうとすると、年寄りが持っていた杖を足に引っ掛けられて転ぶ。
「くそぼけ……」
「ワシにそのような言葉を投げた奴は久しくいないぞクソガキ。
……いや、クソガキだからこそ吐けるのかのう」
年寄りが俺の喉に杖を突きつけながら言う。
「うぜぇ……好きにしろ」
「猿っぽいのうお前は。うちで飼ってやる」
年寄りの肩に担がれる。
「どうした?暴れて逃げても構わぬぞ。逃さぬがな」
「俺は嘘はつかねえ。『好きにしろ』と言ったからには
これ以上ジタバタしねえ。勝手にしろ」
「変なところで素直じゃのう」
肩から降ろされる。
「……何がしてえんだよじじい」
「ジタバタせんのじゃろう。ならば自分の足でついてこい」
年寄りが先に歩き出す。杖を持っているとは思えないくらい足取りは軽やかだ。
「おい、見張ってなくていいのかよ」
「逃げたければ逃げればいい。ただ、
ここで逃げればお前の今までの言葉全てが『嘘』になるぞ。
それは即ち自己の否定、実質的な『死』だ」
「何言ってんだかわからねえよじじい」
「ならば理解できるまで生きることだ。行くぞ」
年寄りが歩いていく。
逃げることもできた。ただ、
ついていかなければいけない気がした。
理屈じゃない。これは俺の意思だ。
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「違う。何度言えばわかるんだ猿」
「猿じゃねえ!ヨーデルだ!」
「ヨーサル」
「ヨーデル!」
ぼろぼろな姿でうつ伏せで倒れているヨーデルに男が立ったまま話しかけている。
「怒鳴れる元気があるんなら立てるだろ。甘えるな」
「なんでてめえの言う事聞かなきゃならねえんだよ」
「お前、勘違いしてるだろ」
服の首の部分を捕まれ、ヨーデルが無理やり立たされる。
「お前が俺の言うことを聞かなきゃならないんじゃない。逆だ。
なぜ俺がお前なんかの相手をしなきゃならないんだ」
「ならほっとけくそぼけ」
首の部分を掴まれながらも、掴んでいる男を睨みつけながらヨーデルが言う。
「お前がここに来て一ヶ月。その野良犬みたいな目はいつまでも変わらないな」
「てめえらが俺を人として見てねえからだろ」
「人として見られたければ一般教養くらい身につけることだ」
男が、服の首の部分を持ちながらヨーデルを振り回し芝生の上に放り投げる。
「がぁっ……」
芝生とは言え衝撃はそこそこあったのだろう。ヨーデルが呻く。
「まあ、俺も一般教養があるタイプじゃないからな。だからこんなことになってるわけだが。
おい、猿」
「だからっ……」
「ソーニャやレイドと違って俺は優しくねえ。お前も俺のことが嫌いだろう。
いつでも斬りかかってきていいぞ。俺を殺せたら褒めてやる」
「死んだ後じゃ褒められねえだろ。てめえこそ猿だろ」
「言葉じゃ人は殺せないぞ腰抜け。いつでもいいと言ってるんだ。もちろん今でもな」
男が腕を組みながらヨーデルを見下ろす。
「立てないのか?この程度で?お前本当は俺のこと好きなんじゃないのか?」
「んなわけねえだろっ!!」
ヨーデルがバネのように起き上がり、男の体目掛けて剣を突く。
「お、今のはいい感じだぞ」
男がヨーデルの剣を自分の剣で弾く。
「でもまだまだだな」
「くそぼけっ!」
ヨーデルが男の顔に剣の切っ先を向けて投げる。
「ふん。子供だな。自分から武器を破棄してどうする」
男が軽く体をヨーデルから見て右側に曲げ、避けながら言う。
「こうすんだよ!」
ヨーデルがジャンプし、体のバランスを崩している男に左足で蹴りを放つ。
「ふん」
男が体を曲げながら右手でヨーデルの足を掴む。
「発想は悪くないが、スピードがまだ足りないな。出直せ」
「てめえがなっ!!」
左足を掴まれたままのヨーデルが不安定な態勢ながらも右足で追撃を放つ。
「おっと」
男が顔を後ろに引っ込め躱す。
「発想は悪くないが、足の長さがまだ足りないな。出直せ」
打つ手無しのヨーデルを再度、芝生の上に放り投げる。
「発想は悪くなかったぞ。それに免じて今日はこれで終わりにしてやる」
男が去ろうとする。
「てめえ何度発想の話したんだよ他に言うことねえのかよ」
ヨーデルが芝生に寝転がりながら憎まれ口を叩く。
「さっき言っただろ。俺も一般教養がねえんだよ」




