第七件 言の葉の裏
「蓮香さん」
僕はできるだけ凄むように声を低くして声をかける。
「何?急に怖い声出して」
「同じ本が4冊あるのは何でですか?しかも本の形がほとんど正方形。ページ数多すぎるでしょ」
僕が今手に持っている本は、縦は通常の単行本サイズだが、横幅も縦幅と同じデカさがある。それが4冊は棚が壊れても文句は言えない。
こんなのが頭に落ちてきてよく僕は死ななかったな。
「違うんだよ!これには深いわけがあって…」
蓮香さんが必死で近づいてきて弁明しようとする。
「僕も鬼じゃないんで、捨てろとはいいません。けど、家に持って帰りましょうか」
「ちょっと、それだけはやめていただきたく…」
急に威勢がなくなった。動揺が出ている。動揺を引き出すのは探偵技術の基本だ。
動揺から言葉の裏を引き出す。十年前後の努力の結晶だ。
「何でですか?本を買うためにまた家賃を滞納したとか?」
「いや、そういうわけじゃなくて……、私の知識と娯楽の結晶が家の床をぶち抜きそうで、置けないんだよ」
だから職場に置くということか。あまり事務所を汚くしすぎても良くないが、同じくらい何もないのも良くない。
ここは、どうすべきか。
蓮香さんが懇願する目でこちらを見てくる。
もうめんどくさくなってきたので後で考えよう。
「めんどいことは後で考えましょう。とりあえずこの棚を片付けてバーにでも行きましょう。呑みたい気分なんで」
「しょうがないなぁ。相棒がそこまで言うなら付き合ってあげるよ」
蓮香さんが完全に勝ったといった表情をしている。うざい。
店の片付けが終わった頃、外は日がすっかり落ちて、良い子はねる時間となった。
大人は今からが本番の時間である。
「へー、ボトルズフォレストっていうんだ。なかなかおしゃれな名前してるじゃん」
蓮香さんが顔を上げて店名を読み上げる。
「おしゃれですよね。僕も初めてきたんで楽しみです」
カランカラン
店に入るとマスターに近いカウンターの席に座る。
「いっぱい種類ありますね。棚にもたくさんある。あれってボトルキープなんですか?マスター」
マスターは寡黙な人に見えたが、意外に優しく答えてくれる。
「そうですね。ここの一面の棚はボトルキープ専用になっております」
そうなのか。ウィスキーから日本酒まで幅広い種類がある。
「今日は飲み明かしましょう。蓮香さん」
「言われなくてもそのつもりだよ」
ドヤ顔でそう言ってくる蓮香さん。
この人とは十年前後の付き合いだが、お酒にめっちゃ弱いんだよな。飲み明かせるかな?
「マスター、ゴッドマザーをロックで」
「あ、ちょっと待ってよ相棒。先に頼まないで。えっと…マティーニで」
マスターはコクリと頷くと、カウンターの下で作業に入っていった。
「そういえば蓮香さん。僕らも長い付き合いですけど、相棒以外で呼ばれたことないですよね、僕。名前覚えてます?」
そう聞くと途端にせわしなくなる。絶対に忘れてる。
「もちろん覚えてるよ。十年前後一緒にいるんだよ。覚えてないほうがおかしいって」
「じゃあ教えてくださいよ」
僕が問い詰めようとすると、マスターがカウンターにお酒を置いてくれる。
美しい琥珀色の液体には一輪の花が刺さっていた。
四葉のクローバー。幸運の花だ。こういう事ができるから人気なんだろうと分かる。
蓮香さんの半透明の透き通ったマティーニにはオレンジのガーベラ。
「オシャレだね。飲むのがもったいないくらい」
そう言いながら蓮香さんは一口、口をつける。
それにつられて僕も一口。アマレットの甘さが、ウォッカの鋭さを包んでくれる。
そこから色々なカクテルを楽しみながら、夜は更に更けていった。
「ちょっと、蓮香さん。酔った勢いで秘密を暴露しないでください!」
「そんぁことんぁいけど」
まだ、二、三杯しか飲んでいないはずなのにかなり酔っ払っている。
「すいませんマスター。タクシーを呼んでいただけますか?あと、今聞いたことは秘密でお願いします」
マスターは上品に笑うと、コップを拭きながら言った。
「もちろんですとも。私、口の硬さには自信がありますので」
タクシーに乗り込むと、蓮香さんはすぐに僕の肩に寄りかかってきた。行き先を告げる前に、もう目を閉じていた。
「カードでお願いします」
タクシーで事務所に着いたはいいが、蓮香さんが少し重くて動きづらい。
長い時間をかけてどうにか事務所のソファーに寝転がす。
「はぁあああ。重かった」
それにしても、まだやることがあるなんて。思いたくもない。
けれども、明日の依頼者の資料を作らなくては。
僕は目を覚ますために冷蔵庫からエナジードリンクを取り出し、一気に飲み干す。
「さて、もうひと頑張りするか」




