不安
「早く帰るぞ!!」そうレアは言うと慌てたように銃をしまい俺の手を引っ張った。
えっ、と困惑したまま引っ張られて地下室を出ると、なんと昼間はあんなに暗かったカフェに明かりがともり、お客さんでにぎわっていた。
しかも、なんとそのお客さんの7割が若いお姉さんなのだ。それにもう何人かは酔っ払っているようだった。
そうだ。ここは夜はBARになるんだった。
「マスター!!俺達帰るから!!」
とレアが人が多い中大声で叫ぶと、カウンターの方から「わかりました。またご連絡しますので」
とMr.セルも声をなんとか張って答えた。
するとカウンターの方から
「ねぇセルー、このあと席に来てよぉ」
「セルー!ウイスキーちょうだーいっ」
「こっちよセル~」
若い女性の声にかき消される。でもそんな中マスターは「少々お待ち下さい、」「もう1本飲んだのでは‥?これ以上飲むと色気が増しますよ、」
などと綺麗にかつ完璧にさばいている。
レアが「マスター、あのルックスであの丁寧な仕草だから女の子が絶えなくてさ、昼はみんな仕事とかなんだけど夜になると埋もれちまうんだよ」
そういったそばから酔っぱらった綺麗なお姉さんが近づいてきて、耳元で「お兄ちゃんたち、飲んでく?」と囁いてきた。
俺はお酒の匂いと女の人の声に驚いていると、レアは慣れたように「おあいにく、君は僕たちなんかよりもMr.セルにお似合いだよ」
と返しながら、出口まで来た。女性は機嫌よく席に戻っていった。
「レア、お前もマスターに染まってる?」
そうきくと、
「染まったつもりはないんだけどセルがプロすぎてさ」
なるほど、という他なかった。
夜の街を、俺たちは静かに歩く。でも来たときとは違い、俺の右ポケットにはレアと同じ常備型の銃が入っている。いつ襲撃されもいいようにと。
レアは、あの時逃げた1人から情報が伝わるのがどれだけ速いか、そしてどれだけ速く行動に移してくるかが鍵だと言っていた。つまり、いつまで安全な「普通の大学生」として見られるかわからない。いつ、「第3人格と第2人格」持ちだとバレるかわからない。だから、いざというときは戦わなければならない。
「明日の実戦頑張ろうぜ。俺が援護するな。何もない限り撃っとけば生きていられるから」
実戦なのだ。戦うのだ。実際に、人を殺すのだ。
「ただいまぁ」とレアが言うと、最初にあった時のように「おかえり~」 とリアの声が出迎えてくれた。やっぱり声がかわいくて優しい。レアの妹‥なんだよな。やはりそんなふうには見えない大人しさだった。
「お兄ちゃん、ご飯できてるけど‥叶翔さんも食べますか‥?」
「え、あ、えっといただきます」
思わぬ声かけに驚いた俺はぎこちない返事をしてしまった。手を洗ってリビングに行くと、そこには3人分の美味しそうなカレーが並んでいた。
「レアに聞いたら、叶翔さんカレーが好きって言ってたから‥」
そういえば、叶翔と初めて会って弁当を食べ損ねたとき、俺はカレー弁当を買って食べていた。
あれは安いからいつもカレーにしてるだけで、特にこれが好物、というわけではない。
でも、カレーは好きだしコンビニ弁当ではなくあつあつの手作りカレーとなると喜びが増した。
「ありがとう。いただきます、」と俺が言うと、リアは初めてニコっと笑ってくれた。やっと緊張が解けたのかと思うとうれしかった。
そして3人で食卓を囲んだ。
何年ぶりだろう。誰かと晩ご飯を囲むのは。
誰かの声が聞こえ、それだけで安心してしまう。
俺はいただきます、と手を合わせ、一口カレーを口に入れる。
なんとも言えないスパイスの風味が広がり、辛さと熱さがあとからふわっと効いてくる。
おいしい。
続けて口に放り込む。おいしい。
そうだ。カレー、好きだ。母さんが作ってくれたカレーが大好きだった。
父さんと、母さんと机を囲んで。
「受験の前日は、勝つカレー作ってあげるから、がんばるのよ!」
「うん!」
そのまま母さんはカレーを作ってくれることなく事故で死んだのだ。母さんの嘘つき。勝つカレー、作ってくれなかったじゃん。俺、楽しみにしてたんだよ。
なぁ、作ってくれよ。
食べている間に、気づくと涙がこぼれていた。
「え、え?!あの、辛かった、ですか‥、!?」
とリアが心配してくれたので、俺は必死に首を横に振った。「美味しいんだ」と俺が言うと、リアはもっと困惑した顔をした。そのまま俺はカレーを頬張り、食べて、食べた。レアも隣で同じくらいたくさん食べた。そして2人で、ごちそうさまでしたと手を合わせた。
リアは嬉しそうに「はーい!」と言った。
レアの部屋に上がりながら「リアちゃんって料理ほんとにうまいんだね」と言うと、レアは
「まぁ小さい頃からやってきたし、今の暮らしはもちろん親無しだからさ、自立できるようにって料理がんばってたんだよ」
「なるほどなぁ。すげぇよ、」
「リアに言ってやったら喜ぶよ」
「こんどな」
そして俺は部屋の椅子に座る。
「明日、実技テストだ。俺は今回は受けないから、お前の援護に回る。指定された場所に4、5人ほどで行って、そこでどれだけ敵を殺せるか、生き残れるかが鍵だ。」
「もう1回聞くけど、そこで死ぬことはないんだよな?」
「まぁ、ほとんどないな。あまりにも弱かったり運が悪かったりしたらあるかもしれないけど。」
「それが1番怖いんだよ」
「なんかあったら俺がいるから安心しろって言ってるだろ」
「そーだけど‥‥」
まぁ今日は寝ろ、と言われベッドに押し込まれてしまった。しかし、不安と恐怖でなかなか寝れない。レアは‥と隣を見ると、とっくのとうにいびきをかいて気持ちよさそうに寝ている。さすがだ。
俺はそんなレアを起こさないように俺は静かにゆっくりとリビングに降りていった。
ふぅ、と長い溜息をつきながらソファーに腰を掛ける。しばらくぼーっとしていると、不意に階段の方からコツコツと降りてくる音が聞こえてきた。まずい、レアを起こしたかな、と思い恐る恐る階段を除くと、そこにはレアではなく、リアがひょっこりと顔を出した。
「寝れないんですか?」と言われて、「あ、うん。そんなとこ、かな。」と答えた。
するとリアはすっと台所に行き、なにかを用意し持ってきてくれた。
「ココアです。眠れない時、私も飲みます。よかったらあったまっていってください。」
「ありがとう。」
温かいココアが、おそれや不安をいだいていた体に優しく染み渡る。リアもそっと近くの椅子に座った。
「やっぱり、実践の前って寝れないですよね。」
「リアちゃんもそうなの?」
「はい。やっぱり実践の怖さには慣れないです。死と隣り合わせなのは変わりないから…」
「レアも、怖いのかな」
「お兄ちゃんはちょっと特殊なので(笑)どんなに怖くても寝れるんですよね、」
そう言ってリアはくすっと笑った。
「そっか、なんか安心したよ」
リアも不安だと知ってなんだか同じなんだと安心した。やっぱり、怖いのだ。戦うことが。死ぬことが。
「でも、何かあったらお兄ちゃんがきっと援護してくれますよ。上に行くともっと強くてかっこいい人達がいますから」
そうだ。2級、1級。レアより上の人達は、一体どんな強さなのだろう。怖いけど、どこかワクワクしている自分にとことん呆れてしまう。
「ありがとう。明日、頑張ろうな」俺はせめて年下のリアにカッコ悪いところを見せないよう胸を張って言った。すると、リアは頷いた。
ココアが聞いたのか、その晩はあの後すっと寝ることができた。人見知りのリアともちょっとずつ距離が近づいてきた気がして、嬉しかった。
そして翌日当たり前のように朝日が上った。




