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悪夢

レアは大学に通いつつ隊の任務も行うため、高校生のリアと2人で親元を離れ、ここのアパートで生活している。だから、俺がいてもあまり問題はないと言っていた。ひとまず一晩レアの部屋で寝かせてもらった。

不思議な感じだった。

まるで現実世界にいるようだった。

いや、ここは現実なのだ。


布団に入りながらまだ目を開けているとき、俺はレアに聞いた。

「第2人格での俺がもし死んだら、第3人格での俺も死ぬのか?」

「そりゃ死んでみないとわからないな。でも、ずっと言われてる予想ならあるよ。」

「どんな予想?」

「もし両人格を持っている人間の片方の人格が死んだとき、死んだ人格の記憶がなくなり、もう片方の人格のみ残る。」

「じゃあ、死んだりはしないのか。あっちでは。」

「まぁ、あくまで予想だけどな」


「記憶がなくなるっていうことは、全部忘れるのかな。レアのことも、この世界も。」

「そうかもな。」


しばらく、お互い暗闇で目を開けて、天井を見つめていた。別に記憶がなくなっても、いうてあまり関わりはないので、被害もない。それでもなぜかあまりいい気持ちで眠りにつくことはできなかった。


それでも深夜、俺は夢を見た。


遠くから、懐かしい人達の影が。薄っすらとだがわかるようになってきた。

目を凝らしてみる。


「叶翔」

あぁ、父さんの声だ。母さんの声もする。まだ小さい頃、本当に僅かな記憶。声も正直あっているかわからない。でもあと一人は…あと一人が思い出せない。


「叶翔」

声の高い、男の子だ。



『なんでお前』


その子の軽快な声が一気に沈み、低くなって一気に怖さを含んだ言い方とその瞬間にハッキリと浮かんだその人物の姿に驚き、いつの間にか俺は布団をバッとめくり、息切れをしていた。


「思い出したくなかった」

クソっと頭を掻きむしりながら長めにため息を付く。外を見ると、まだじんわりと暗かった。

しばらくして、やっと息切れが収まった。が、心臓はまだ早く鼓動している。


あの日のことを、鮮明に思いだしてしまった。

これもここに来たせいなのか。


そうだ。

あっちの世界で俺は、1人だけ友達がいたんだ。

名前は優(ゆう) 。俺と同い年だ。

小学生の頃、1人ぼっちで遊んでいた俺に唯一話しかけてくれた子だった。名前の通り優しいやつでいつも笑っていた。小学生6年生になって、優と俺は中学受験をすると決めていたので、何気ないある日同じ神社に行って、合格祈願をしようと俺が提案した。優も優の家族も快く賛成してくれて、どうせ行くならと大きい有名な神社に車で連れて行ってくれた。

 

事故が起きたのは、その道中だった。


前を走っていた優の車のブレーキが利かなくなった。そして高速のガードレールに正面衝突した。

そして俺の車も、なんとか急ブレーキは掛けたものの、優の車と衝突した。


優の車は燃えた。俺の車は、運転席と助手席に座っていた父と母が衝撃をもろに受け、意識を失っていた。俺は意識はあった。

でも、目の前に迫る火の手と父と母を目にして、動けなかった。


「死ぬのかな」


怖かった。とてつもなく怖かった。

でも、火が来る一歩手前で俺は消防士に助けられた。道路に降ろされた瞬間、俺は走り出した。

逃げた。消防士の声も無視して走った。

そして数十メートル走ったところで振り返ると、

俺の車も燃えていた。


思わず目をぎゅっとつぶった。泣きながらまた走った。走って走って、走って転んだ。


もういっそこのまま立ち上がらずに高速をすごいスピードで走っている車にひかれてしまおうか。

そんなことを考えていると、いきなり声をかけられた。高速道路、こんなところに自分以外の誰がいるのかと驚いた。最初は警察の人だと思って怯えた。怒られるのか。なだめられるのか。どうじょうされるのか。でも、どれも違った。


その人はこう言ったのだ。


「立て」

「え‥?」


「立て。こんなとこで死んだら戦えないだろ。」


「でも立ったところでもう何もないよ」

俺はぶっきらぼうに言った。涙が出てきそうだった。でも、堪えた。


「あるだろ。」

‥‥?


『生きてる限り、お前にはお前がいるんだよ。

だからせめて自分に恥をかかせないようにしろ。』


『そして、死んだやつの分もな。』

その人は一瞬だけ、寂しそうな雰囲気を出した。


悔しくて、立ち上がった。

そしてその人の顔を、姿を見た。


スラッとしていて、背が高かった。

顔は、どこか見たことがあるような、無いような、シュッとした顔をしていた。

そして肝心のその表情は、厳しすぎる言葉や口調とは裏腹にすっとしたほほ笑みを浮かべていた。

分かりやすい笑顔ではないが、その人の優しさは十分伝わるようなほほ笑みだった。


「戻れよ。お前が戻らなきゃいけないところに。」


「あ、あなたはどこに‥?」

俺は食い入るように聞いた。でもその人は何も答えず、俺にもう背を向けながら歩き始めていた。


俺はその背中をずっと見つめていた。


そしてその人はしばらく離れてから数秒、立ち止まって俺になにか言った。


「よく泣かなかったな。」

 

そしてそのまま、ビュンビュンと通り過ぎていく車の中に消えていった。

その後の記憶は覚えていない。


ただ、『よく泣かなかったな』

と褒められてから少し経ってからなぜか涙が止まらなくなったのだけは覚えている。

今考えると高速道路をむやみやたらに走って、よくひかれなかったなと思った。

車がその時たまたま通らなかったのか。

いや、そんなことはありえない。


あの人にはあれ以来会うこともなかった。


その後、警察に保護されてから両親の死を知り、そして優と、優の家族の死を知った。


俺だけ生き残ったのだ。


優に妬まれて、恨まれて、呪われるのも当然だ。

あれから8年、俺は友達も作ろうとしなかった。

人と関わるのを嫌った。


俺と居ると、必ずその人は不幸になる。

そんな気がした。


早いところ、レアの元から離れよう。もう撃たれて死んでもいい。捕まってもいい。

俺はレアを起こさないようにそっと布団を避け立ち上がり、まだ夜が明けきっていない外へ出ようと部屋のドアを開けた。


『どこ行くんだ』


その瞬間、寝ているとばかり思っていたレアの声が静かに響いた。俺が驚いて振り返ると、まっすぐな目をしていた。でも、その目は優しかった。

『どこ行くんだよ』レアはもう一度俺に聞いた。

俺は答えることができなかった。


あぁ、そうか。あの人も不安だったんだ。

どこに行くかと俺に聞かれたとき答えられなかったのは、どこに行くべきかわからなかったからだ。それでもあの人は俺に不安を見せないように笑ったんだ。ただでさえ泣きそうだった、十二歳の俺への優しさだったのだ。


「ばっと夜中に飛び起きたと思ったらそこからずっと頭を抱えててさ、しまいにはどっかに行こうとしてんだから、そりゃ声をかけたくなるよ。」

レアはくすっと呆れながら笑った。


「悪夢だと思ったら、現実だったんだよ」

俺は立ち止まったまま静かに答えた。悪夢でいい。ただ夢でいて欲しかった。でもこれは現実だ。12年間で、それくらいのことは理解できるようにはなったのだ。


「…そうか。」

静かに言うと、レアは膝に腕を乗せながらふぅっと長い息を吐いた。


しばらく沈黙が続いた。外はまだ暗闇に包まれていた。太陽なんてものを見る気持ちにはなれなかった。


「まぁ座れよ」とレアは俺に促した。俺はそのばにふらふらとしながら座った。12年間封印し続けてきた物が一気に溢れてきて、疲れたのだ。


俺は膝の力が抜けたようにペタッと座った。

そしてゴロッと布団の上に倒れ込んだ。

「ごめん、」と俺はレアに言った。

するとレアは「大丈夫大丈夫」と優しくも明るく言い、俺の心がちょっぴり軽くなった気がした。


レアは許してくれた。けど一生家族や、優には許してもらえない。でも一時でも忘れられるように。そう願いながら俺はそのまま深い眠りに落ちていった。

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