第29話 重ね、混ざる
「着いたぞ」
カインさんの声で馬車がすでに停まっていることにようやく気付きました。
またぼんやりしていたことを悟られないようにそそくさと馬車から降ります。
幸いに、と言っていいのかわかりませんが、皆、必要な荷を下ろしたり持ち物の最終確認などで忙しそうにしていたため、今回は気付かれなくてちょっとほっとしました。
辺りを見回すと、ふいに勇者さんと目が合いました。何か言いたそうにしていましたが、カインさんに呼ばれたようです。もう一度私を見たものの、返事をしてすぐにそちらに向かっていました。
また小さく息を吐く。少しは落ち着いたつもりでしたが……いけませんね、この調子では。
馬車のへりにでも腰かけさせてもらって皆の用意が終わるまで目を閉じていようかと、馬車に手をついた時。
「ん~……」
何やらうなり声が聞こえてきました。今しがた手をついた馬車の中から、ですね。外を見ると勇者さん、カインさんに……勇者御一行は全員いますね。となればあとは……。
「サニア。何をうなっているんですか」
馬車の中へと戻って声をかけます。振り返り、こちらを見上げたのはサニア。手には彼女の武器である弓が握られています。宿を出発する際にも手入れを行っていた記憶があるのですが……何をうなっていたのでしょう。
「それがね、思い出したんだけど……ぼくの矢、あんまり効いてなかったかなあって」
どういうことかと聞いてみると、以前この近くを通った時……つまりは、商人のふりをしていた“彼ら”とともに魔物に遭遇した時のことを言っているようでした。
あまり思い出させるのは……とも思いましたが、どうやら魔物のことだけを考えているらしく、辛そうな様子は見せずとにかく悩んでいる様子でした。
それに、もし本当に矢が効いていないのであれば、いざという時にサニアが危険にさらされてしまうことになります。
と、ここでようやく思い出します。そうでした、物理攻撃が効きにくい魔物ばかりだから私が連れてこられたんでした……。
じゃあどうすべきかと考えを巡らせる時、やはり最初に考えるのは前世、ですね。
思い返してみると、前世もこういった状況はありました。
攻撃魔法を使えるのは魔法使い、竜、女戦士。神聖魔法に限って言えば神官、剣に魔法を付与して一時的な魔法剣とする戦い方も含めていいのなら勇者も、といった感じでしたね。
サニアは弓を使いますから……戦い方は狩人の少年・ニルスと同じですね。ニルスはそんな時どのようにして戦っていたか……。
「ああ、そっか」
あることを思い出し、手をポンと叩いてしまいました。
「もしよければ、サニアの矢に魔力を込めてもいいですか?」
「え?」
ニルス自身にも魔力は少なからずあったはずなんですが、彼は勇者のように魔力を付与して戦うことは出来ませんでした。矢の威力を底上げしたり、速度を上昇させたりといったことはさせていたと思うんですけど、聞いてみると感覚でやっていたようです。
普通ならそこで話は終わりなんですが……まあなんというか、私たちも旅の中で暇を持て余すことがあります。
『ひまだねー……あ、そうだ。リィム、矢に魔法って入らないの?』
『うーんどうだろ……時間あるし、やってみようか!』
そんなこんなで成功しました。まあ初めてやった時は魔力が多すぎて矢がでたらめに飛んでいったり、空中で爆散したりしたんですけど。後でものすごく怒られました……。
とはいえそこから何回かやったので、今なら矢が壊れない程度に魔力を付与することは可能です。
「どんな感じかよくわからないけど……うん! 見てみたい!」
本当ならこんな風に中途半端に手を貸すのもどうかと思うんですけど……やはりどこか、ニルスに重ね合わせて見てしまっているのでしょうか。
そんな言い訳を思い浮かべながら、矢に魔力を装填し始めました。
選ぶ属性はこれで……魔力の量は……今回は属性が付けばいいだけだからいつもよりさらに少なめにして、と……。
馬車の中だと周囲の様子がわからないので、馬車のへりに戻りサニアとふたり、並んで座りました。
勇者さんたちの準備は……まだ終わっていないようですね。いえ、荷物なんかはもう大丈夫みたいなんですけど、カインさんが洞窟の中の様子を見ていて、トマスさんが周囲に魔物が潜んでいないか警戒しているようです。洞窟に入った途端囲まれた、出口ふさがれた、なんてことになったら洒落にならないですからね……。
勇者さんとメサイアは中間地点にいますね。どちらにも対処できるようにしているみたいです。こうして見ていると私も一緒にいたほうがいいのかとも思いましたが、私もサニアも本来いなかったはずの人員なので何もしないほうがいいかもしれない、なんて考えていました。
……ごめんなさい、本音を言うとまだちょっと勇者さんと距離置いておきたくて……これはこれで私の必要な時間だということにしておいてください。
一呼吸。手にした矢に魔力を装填していきます。久々でしたが、やはり感覚で覚えていますね。隣にいるサニアが興味深そうにじっくりと眺めていますが、これくらいでは集中は途切れません。問題なく一本目が終わりました。
「すごいね! とってもきれいだった!」
作業のキリのいいところを待っていたのか、先ほどまで黙っていたサニアが興奮気味にそう述べました。彼女には美しいものに見えたんですね。その感想を聞いて、つい笑いが漏れました。
「そう? 君には――そう見えたんだね」
「―――」
視線を手元に落としたまま、次の矢を手にしました。サニアが無言だったので、おや、と少し考えを巡らせました。あ、もしかして私が笑ったので嫌な思いをさせてしまったのでしょうか。
「ごめんなさい、おかしいと思ったわけじゃなくて……前にも同じことを言われたものだから」
「そ……、そうなの?」
「ええ」
軽く頷いて、その時のことを思い浮かべる。初めて矢に魔力をこめた時のニルスも、同じように眺めて、同じことを言っていたな、と。
弓使いは似た感覚を持っているんですかね。
「よし、と……」
二本目も無事終了。一度顔を上げて見渡しました。まだ先ほどと変わった様子はなさそう。
私が見渡すのと同じくして、サニアも周囲をきょろきょろと見渡していました。するととある一点を見つめて「あ」と声をあげました。
「ここからも山が見えたんだ」
山? サニアの視線を追うと、洞窟よりさらに先――そびえ立つ山が見えました。
――そう、山が見える。あれは何か意味があったはず。
「ぼくの家はね、あの山のふもとにあるんだよ」
「………え」
山のふもと? 家がある?
誰かと……混ざる。記憶が、曖昧で。
――竜の住まう山のふもとで生活する狩人の少年は、
「おかあさんといっしょに住んでるんだ」
――母親とふたり暮らしで、
「ぼく、弓矢のあつかいもうまくなってきたって最近ほめられるんだ」
――弓矢を扱わせれば仲間のうちで右に出る者はなく、
「あ、山のてっぺんにはね、マモリガミサマ? っていう、竜がいるんだって!」
――竜とはまるで、兄弟のように親しかった。
「……っ!」
世界が、歪む。混ざって、混ざって、自分がどこにいるのか一瞬わからなくなる。
立っているのかもわからない。何もかも吐き出してしまいそう。
混ざる。世界が、見えているものが。
彼は、彼女は? 私はこれまで何を見てきたのだろう。
どこか思い出せるだなんてそんな半端なものじゃなかった。
この子は、彼は、
私は一体、誰なのだろう?




