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【地方怪談集】~短編・中編の怖い話~  作者: シシモヨウ
【第三話】無音参り (短編改訂版)
5/8

無音参り・後編

 月日がたち…

 7年後の2019年、真鍋が応募したものとほとんど同じ内容の求人が、別の会社名で単発アルバイトの募集サイトに掲載された。


 応募したのは、心霊スポットや廃墟を巡る動画を配信していた若い男だった。配信だけで生活できるほどの人気はなく、その夜のライブを同時に見ていた者も30人に満たなかったという。


 男は「怪しい高額バイトを見つけた」という企画として、地方駅のコインロッカーから地図、指示書、ボイスレコーダーを取り出すところから配信を始めた。


 旧黒伏村を抜けて山中の祠へ向かい、鳥居の前で氏名と日時を録音する。その後は祠まで声を出してはいけない。

 男はその条件自体を面白がり、廃村へ向かった。山へ入ってからは通信状態が不安定になることもあったが、映像が時折荒れる程度で配信そのものは続いていた。


 鳥居へ到着すると、指示どおり名前と日時を吹き込み、


「これより参ります」


 と告げた。


 それから携帯電話の画面へ向かって口元に人差し指を立て、笑ってみせた。


 鳥居をくぐってしばらくすると、男の様子が変わった。

 何度も頭上を見て、林を指さし、背後を振り返る。やがて画面へ顔を寄せ、自分の耳を指して何かが聞こえていると訴え始めたが、視聴者には男が反応している音のほとんどが聞こえなかった。


《何かいる?》

《こっちは何も聞こえない》

《演出じゃね?》

《風の音も入ってなくない?》


 コメントが流れる。


 男は何度も首を振り、足早に山道を進んだ。

 やがて祠へ到着し、扉を開けて内部を映したところで、コメント欄の流れが一度止まった。


 中には古いカセットテープ式録音機が2台あり、その間に小型のデジタル式ボイスレコーダーが1台置かれていた。

 男は3台を指さしてから両手を広げた。自分より前にも、同じ仕事をした人間がいると伝えたかったらしい。


 男はその隣へ自分のボイスレコーダーを置き、カメラへ親指を立ててから下山を始めた。

 異変が起きたのは、その直後だった。


 ライブ配信の音声へ、男自身の名前が入った。続いて日付と時刻が読み上げられ、最後に、


「これより参ります」


 と聞こえた。


 男が足を止めた。

 今度は視聴者にも聞こえていた。


《今の本人の声?》

《録音再生されてる?》

《祠から聞こえてるの?》


 コメントが流れる中、男は何度も背後を振り返った。


 誰もいない。


 再び名前が聞こえた。最初は右側、次は左側からだった。男が足を速めるにつれ、声も少しずつ近づいてくる。

 その途中、配信音声へ別の男の声が一瞬だけ混じった。


「……修司」


《今、別の人いた?》

《しゅうじって聞こえなかった?…習字?人の名前?》

《もう帰った方がいい》


 男は走り出した。


 自分の名前が前後左右から聞こえ続け、やがて耐えきれなくなったように悲鳴を上げた。

 その直後、映像の外から湿った声が入った。


「もらいうけた」


 それ以降、男自身の声だけが配信から消えた。

 男は喉を押さえ、携帯電話へ向かって何かを叫んでいた。唇は動いているのに、音声には何も入らない。


 そのまま山道を走り始め、何度も転びながら鳥居を目指した。しばらくすると、人名や時刻、古い言葉、聞き取れない節までが配信音声へ少しずつ混ざり始めた。


「午後5時」

「戸を閉めよ」

「……参ります」


 鳥居をくぐった直後には男にしか聞こえていなかったものが、今度は視聴者の耳にも届いていた。


 やがて男は立ち止まり、片手で胸を強く押さえた。もう片方の手で耳を指し、何度か首を振ってから、携帯電話へ向かって口を動かした。


《胸?》

《何か聞こえてる?》

《うるさいって言ってない?》


 コメントが流れる。

 男は胸を押さえたまま、もう一度耳を指した。

 その直後、男のすぐそばから声がした。


「もらいうけた」


 男は崩れるように倒れ、携帯電話が地面へ落ちた。

 映像は濡れた落ち葉を映したまま動かなくなったが、配信そのものはしばらく続いていた。


 画面の外では、


「ドク……ドク……ドク……」


 と、重い鼓動が鳴っていた。


 後に映像を見返した者の中には、その音は倒れた男の身体からではなく、少し離れた場所から聞こえていたと話す者もいたという。


                    *


 視聴者からの通報を受け、警察は翌朝、旧黒伏村と周辺の山中を捜索した。

 配信者の遺体は、鳥居まであとわずかという場所で発見された。


 祠からは4台の録音機が押収された。古いカセットテープ式が2台、その後のデジタル式が2台で、機器の年代や内部に残されていた録音を調べた結果、それぞれ1998年、2005年、2012年、2019年に持ち込まれたものとみられた。


 2012年の録音機には、


「真鍋修司。2012年10月27日、午後4時12分」

「これより参ります」


 という音声が残っていた。


 真鍋修司は、7年前から行方不明になっていた。

 さらに捜査すると、1998年と2005年にも、似た名目の仕事を引き受けた人物がその後行方不明になっていたことが分かった。1998年、2005年、2012年、そして2019年。失踪や事件は7年間隔で起きていた。


 2019年の配信者より前の3人については、いずれも旧黒伏村へ向かった形跡までは確認できたものの、山から戻った記録も遺体も見つからなかった。

 警察は求人を出していた側についても調べ、掲載時の会社名こそ毎回違っていたものの、報酬の送金記録やメールの通信履歴などから、複数の元村人が関わっていることを突き止めた。


 全員、旧黒伏村の出身だった。


 村を離れた後は各地で別々に暮らしていたが、7年目が近づくたびに連絡を取り合い、架空の会社や担当者を用意して、旧黒伏村とは何の関係もない人間を1人だけ山へ送り込んでいた。

 元村人たちは、人を山へ送ったことについては認めた。無音参りについても、その存在自体は否定しなかったという。


 ただし、それについて記された文献は見つからず、村の公的記録にも残されていなかった。彼らの話では、無音参りは昔から7年ごとに行われていたものの、本来は現在のように1人を山へ送り込むものではなかったらしい。


 村が廃れ、人が離れるうちに、本来使われていたものは散逸し、正式な手順を最後まで再現できる者もいなくなった。それでも7年ごとの無音参りだけはやめられず、廃村後は不完全な方法で続けられていたという。


 なぜ録音機を持たせるのかと尋ねられた元村人の1人は、


「録るためじゃありません」


 と答えた。


「声を出すなと言われれば、自分の声を気にするでしょう。あそこまで静かなところを歩けば、今度は足音や息も気になる」


 そこで男は口を閉じた。


「それから?」


 捜査官に促されると、しばらくして自分の胸元へ目を落とした。


「もっと中まで聞こえるようになります」


 それ以上、その仕組みについては説明しなかった。

 何がその音を聞いているのかと尋ねても、元村人たちは答えなかったという。


 さらに、無音参りを行わなければ何が起こるのかと質問されると、誰も長い間口を開かなかった。

 最後に1人だけが、


「全部が奪われます」


 と答えた。


「全部とは?」


 男は俯いたまま、


「分かりません。昔から、そう言われてきただけです。ただ……たぶん、そうなんだと思います」


 とだけ言い、それ以上は話さなかった。


 元村人たちがその後どのような罪に問われ、どのような処分を受けたのかについて、報道は詳しく伝えていない。


 少なくとも、偽の求人を出し、事情を知らない人間を山へ送り込んでいたことは事実だった。一方、1998年、2005年、2012年に消えた3人について、元村人たちが失踪後に直接手を下したり、遺体を処理したりした証拠は見つからなかった。


 彼ら自身も、その先については知らないと話した。


 彼らが人を山へ送り込んでいたことは確かだったが、その先で何が起きたのか、声や鼓動を奪うものが本当に存在したのかまでは証明できなかった。


 真相は分からないまま、2019年のライブ配信は、間もなく動画サイトから削除された。

 

 配信を録画したという映像もいくつか出回ったが、途中から音声が消えているものや編集されたもの、明らかな偽物まで混ざり、どれが本物なのか分からなくなった。

 事件そのものも、廃村を利用した異常な犯罪、あるいは作り込まれた心霊配信として一時は話題になったものの、日々新しいニュースや動画が消費されていく中で、やがて多くの人々の記憶から消えていった。


 ただ、数年後、あの夜の配信を見ていたという人物が、匿名掲示板へ妙な書き込みを残したとされている。配信者が倒れたあと、画面の外で鳴っていた鼓動を覚えていること。

 そして、それを聞いてから毎年秋になると、誰もいない場所で自分の名前を呼ばれるようになったこと。


 最初は遠くからだったという。

 翌年は、もう少し近かった。

 最近では、声がどちらから来ているのか分からない、と書かれていたらしい。


 投稿そのものはすでに削除されており、現在残っているのは、それを読んだという者たちの記憶だけである。


                    *

       

 確認されている無音参りは、1998年、2005年、2012年、2019年と7年ごとに続いている。


 その次にあたるのが、2026年である。

 2019年の事件後、旧黒伏村へ続く道は立入禁止となり、祠へ向かう山道も封鎖された。人を送り込んでいた元村人たちも特定され、少なくとも以前と同じ方法で無音参りを続けることは難しくなっている。

 そして、現時点では、これまでと同じ内容の求人が出たという記録は確認されていない。


 元村人の1人は、無音参りをしなければどうなるのかと尋ねられたとき、


「全部が奪われます」


 と答えた。


 それが何を意味しているのかは分からない。


 ただ、確認できる限りでは、彼らは7年ごとに1人を山へ送り込んでいた。そして、その間に何かが起きたという記録は残っていない。


 今年は、その1人がまだいない。


          *


 この話をお読みになり、ありがとうございました。

 

 最後に……

 無音参りを視聴した人物の書き込みは本当なのでしょうか…毎年秋になると自分の名前を呼ばれるようになったと…。


 彼は旧黒伏村へ行っていません。

 配信を見て、そこに入った音を聞いただけです。


 それでも異常が起きたのだとすれば…

 

 映像でなくても同じことが起きるのでしょうか。

 例えば、文章でも。


 あるいは、音を意識するだけでも。


 皆さんも、もし今、何か聞こえたような気がしても、その音の正体は確かめないでください。

 自分の声が出るか試したり、息を止めて本当に静かになったか確かめたりもしないでください。


 胸へ手を当てて、鼓動を数えることもしないでください。

 どうか、自分の音に集中しないでください。


 それが自分の音だと気づいた瞬間、向こうにも聞こえてしまうかもしれません。


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