ずっと見える町・中編
町が見えなくなってからも、しばらくは誰も右側の窓から目を離さなかった。
木々が途切れるたび、その向こうには暗い畑が広がっているだけで、さっきまで同じ距離に見え続けていた明かりはどこにもない。
「……あれ、カメラ回しとけばよかったな」
増子が後ろから言った。
「今さらですか」
「撮れてたら一本できたぞ。オカルト番組で」
大木戸が笑う。
「変な町が見えて、変な金属音して、人の声まで聞こえるんだぞ。十分だろ」
「企画出します?」
「出してみるか」
二人の会話に河端も運転席で笑い、植松も愛想笑いを浮かべて相槌を打った。
笑い声が途切れれば、車内にはすぐ走行音だけが戻ってくる。
会話が続く間も、植松は木立の切れ目を何度か目で追った。
見えるのは畑ばかりで、町の明かりがもう一度現れることはない。
やがて植松も前を向き、河端の運転するワンボックスは、ヘッドライトの中へ現れては消えていく道路をそのまま進んでいった。
その先で、ヘッドライトの中にY字の分かれ道が浮かんできた。
一本だった道路が途中から二つに分かれ、右は緩くカーブしながら先へ続き、左にも同じくらいの幅の舗装路が伸びている。
「こんなとこ、分かれてたっけ」
河端が速度を落とし、増子も前へ身体を寄せた。
「これ、来るとき通ってないよな」
植松がナビを見ると、画面には分岐そのものがなく、緩く右へ曲がる一本の道路しか表示されていない。
「ナビだと右ですね」
河端はそのまま右へ入り、再び速度を上げていく。
画面の現在地も一本の道路上を進んでいたが、少しすると矢印が徐々に線の外へずれ始めた。
「GPS、ちょっとズレてるだけじゃないですか」
大木戸がナビを覗き込む。
「まあ、GPSがずれることはあるよな……」
増子はそう言ったものの、画面上の矢印は道路の脇をしばらく進み、少ししてまた線の上へ戻ってきた。
右側の木立が途切れて畑が大きく開き、次のカーブでは古い倉庫がヘッドライトの端を流れていく。
その先では再び木立が道路へ近づき、抜けたところに農家らしい家が一軒、その窓だけを明るくして立っていた。
「この辺、家あるんですね」
大木戸が何気なく言う。
「まあ、家くらいどこにでもあってもおかしくはないよな」
増子の返事を聞きながら植松がナビへ目を落とすと、現在地は線の上に戻っている。
ところが次の緩いカーブへ入るころにはまた少し外れ、道路と平行するように何も表示されていない場所を動いていた。
「またズレてますよ」
「ほんとだな」
河端も一度だけ画面を見る。
「道は合ってるんですよね?」
「あってるはずなんだけど……」
増子がそう返したところで、道路の左側にも一軒、古い家が見えてきた。
その家を越えれば再び畑が広がっていたが、次の木立の向こうには低い倉庫と二階建ての住宅があり、さらに先では道路から少し離れた場所にも窓明かりが見えている。
植松は右側を眺めながら、往路でこの辺りを見た記憶を探していた。畑も木立も似た景色ばかりなので、家の一軒や二軒まで覚えているわけではない。
それでも、先ほどの分岐を含めて何か一つくらいは見覚えのあるものがあってもよさそうなのに、窓の外に現れるものはどれも初めて見るような気がした。
道路はやがて緩い下りに入り、カーブの先が見えなくなり、河端がハンドルを切るのに合わせてヘッドライトが道路脇の木々の幹を横切っていった。
カーブを下り終えて視界が開けると……
その向こうには、家が並んでいた。
道路のすぐ脇から二階建ての住宅が続き、反対側にも低い建物が何軒か見え、少し先では細い道が横へ入り、その奥にも黄色い窓明かりが重なっている。
河端が速度を落とすあいだにも家は左右を流れていき、その数は減らない。
直前まで畑の中に一軒ずつ離れていたはずなのに、カーブを抜けた先では屋根と屋根の間が急に狭くなり、道路沿いには商店らしい建物まで混じっている。
「こんな町、ナビに出てます?」
大木戸が画面を覗き込んだが、ナビの地図上に町らしい表示はない。
現在地の矢印だけが、道路から少し外れた場所を進んでいる。
植松が右側の奥へ目をやると、何軒もの屋根の向こうに、周囲より少し高い建物があった。
「……あれ」
声を出した植松の方を、増子が見る。
「どうした?」
「いや……さっきまで見えてた町にも、ああいう建物ありませんでした?」
大木戸も窓へ寄り、しばらく同じ方向を見ていた。
「……あった気がします」
*
河端は何も言わず、そのまま少し先の広くなった場所へ車を寄せた。
「一回、人に道聞くか」
これまで人は見かけていないが、民家の窓からはいくつもの明かりが漏れており、住民に話を聞くべく、4人は車を降りた。
大木戸が荷室を開け、積んでいた機材の横から撮影用のLEDライトを引き出したところで、手がスイッチに触れた。
強い白色光がいきなり道路を横切り、向かいの家を真正面から照らした。
「うわ、すいません」
大木戸が慌てて腕を下げるのに合わせ、白い光が壁から地面へ滑っていく。
「お前、いきなりそれ当てんなよ」
「すいません、押ささってしまいました」
「住民の方に迷惑だろ、気をつけろ」
増子が向かいの家を見ながら言ったものの、カーテンは動かず、玄関にも人が出てこない。
増子が道路を渡っていくあいだも向かいの家には動きがなく、植松たちも明かりの点いた窓を見ながらその後へ続いた。
「とりあえず、ここで道聞いてみるか」
増子も玄関脇で少し首を傾けてから、
「すみませーん」
と声をかけた。
返事を待ちながらもう一度呼び、扉を叩くと、乾いた音と一緒に玄関の周囲までわずかに揺れた。
「……え、軽すぎ……」
増子がもう一度扉を叩き、そのまま取っ手へ手をかけると、鍵は掛かっていなかった。
扉を開け、大木戸がライトを中へ向ける。
「……え?」
玄関の先にあるはずの廊下がなかった。
白い光の中に浮かんだのは、薄い壁板の内側を支える木材と金属の骨組みだった。
その間をむき出しの配線が走り、外から窓に見えていた場所の裏には部屋もなく、薄いカーテンへ向けて照明が一つ取り付けられている。
植松も玄関から中を覗き込み、ライトの先を追った。外から見れば二階建ての家だったはずなのに、その内側には階段も廊下もなく、人が暮らせるような造りそのものがない。
「ドラマのロケセットみたいですね」
「……隣の家、行くぞ」
増子がそう言うと、大木戸はライトを足元へ向けたまま外に出て、植松と河端も続く。
増子が隣の民家の玄関で「すみません」と声をかけるがやはり反応がなく、玄関を開けてみると、そこにも廊下や部屋はなく、薄い壁板の内側に木材と金属の骨組みが組まれているだけだった。
「こっちも同じですね」
河端が中を覗き込みながら言う。
「おいおい、まさか全部こんな作りの家ばかりなのかよ……」
増子が周囲の家々へ目を向ける。
大木戸がライトを上へ振ると、白い光は薄い屋根の縁を越えて夜空へ抜け、そのまま隣の壁へ落ちた。
人がいないか確かめるように左右へ動かすたび、家だと思っていたものの表面だけが次々に照らされ、光が外れればまた暗がりへ沈んでいく。
大木戸は一度ライトを持ち直し、今度は思い切って空へ向けた。
強い光を屋根の上まで抜けさせ、そのまま左右へ振り、途中では道路側へも大きく向けてみる。
しかし、見えるのはすべてがハリボテであろう民家だけであり、どの家からも扉が開く様子はなく、人の声も返ってこない。
明かりはあるのに人の気配は全くなかった。
増子は道路側へ出ると、家並みに向かって声を張り上げる。
「誰かいませんか」
「助けてください」
「誰かいたら、助けてください!」
4人は玄関や窓のある建物をいくつか確かめていくが、どれも外から見れば普通の家や店にしか見えない。ところが中へ入ると、壁の裏側には薄い板と骨組みがむき出しになり、まともな部屋らしい空間はどこにもなかった。
「誰かいませんか!」
増子が呼びかけながら建物の間へ入っていき、植松たちも明かりの残る窓や玄関を見つけるたびに声をかけて回ったが、返事はどこからもなく、中を確かめた建物も薄い壁板の内側に骨組みや配線があるだけだった。




