伝聞・前編
最初にその話を聞いたときは、正直、よくある怪談だと思った。
話してくれたのは、高校のころから付き合いのある小野という友人で、仕事帰りに二人で飯を食べていたとき、何かの流れで地元の怖い場所の話になった。
「隣の市に、川沿いの古い公園あるだろ」
そう言われ、俺は箸を止めて記憶を探る。隣の市といっても車なら40分ほどで、買い物や映画を見に行くときにはたまに通る。川沿いにはいくつか公園があるため、それだけではどこを指しているのか分からない。
「古い団地の近く。遊具ほとんどなくて、でかい木が何本か立ってるとこ」
「ああ。あそこか」
「道路側に公衆トイレあるじゃん」
言われてみれば、小さな建物があった気がする。昼間に前を通ったことしかないが、駐車場の端には、ずいぶん古そうな平屋のトイレが建っている。
小野によると、何年か前、その公園の近くに住んでいた男子高校生が、夜になってから公衆トイレの中で亡くなっているのが見つかったという。
学校ではいじめられており、親しい友人もほとんどいなかったらしい。授業が終わってもすぐ家へ帰らず、公園のベンチや川沿いで一人、暗くなるまで時間を潰している姿を何度も見られていた。
高校生が亡くなってしばらくすると、そのトイレで妙なものを見るという噂が出始めた。
「夜に一人で入って、手ぇ洗ってるとな」
小野は箸を置き、自分の前に鏡があるような仕草をする。
「鏡に男が映るらしいんだよ。制服着た高校生」
洗面台で顔を上げたとき、自分のすぐ後ろに立っている。
驚いて振り返っても人の姿はなく、個室を見ても誰もいない。気のせいだと思ってもう一度鏡へ目を戻せば、そこには自分だけが映っているという。
暗い公衆トイレなら、それくらいの見間違いはありそうな気もする。
気味が悪くなってトイレを出ようとすると、背後から声をかけられることがあるらしい。
「一人じゃ嫌だ」
とか、
「一緒にいて」
とか。
誰が言っているのかは分からない。振り返っても何もおらず、声を無視して外へ出れば、それ以上は何も起こらないという話もある。小野が聞いた話では、その人も怖くなってそのまま駐車場まで走り、車で帰ったらしい。
「……それで終わり?」
俺が聞くと、小野は笑った。
「終わり」
「何も起きねえじゃん」
「いや、鏡に知らん奴映って声かけられたら十分怖いだろ」
「まあ、それはそうだけど」
「俺も詳しくは知らねえよ。自分で体験したわけじゃないし」
そう言いながら、小野は残っていた飯を口へ運ぶ。
「友達の友達が体験した話らしい」
その言い方に、俺は怪談とは別のところで少し興味を引かれた。
「それ、本当に友達の友達なの?」
「何が?」
「こういう話って、大体そう言うじゃん。友達の友達が見たとか、知り合いの知り合いが体験したとか」
「ああ」
「その友達って誰?」
小野は少し考えてからスマホを取り出し、連絡先を探しながら「前田」と答えた。
「前に一緒に飲んだ奴。お前も一回来てたろ」
名前だけではすぐに思い出せなかったものの、小野が見せてきた写真には見覚えがある。何人かで飲んだときに一度だけ会い、それ以降は特に付き合いのない男だった。
「じゃあ、その前田ってやつの友達が体験したってこと?」
「俺はそう聞いたよ」
「その人に話聞けたりしないの?」
「前田に聞けば分かるんじゃね?」
怖い話の真相を突き止めたいというほど大げさな気持ちはなかった。
ただ、本当に「友達の友達」が体験した話なら、その本人までたどっていけるのか試してみるのも少し面白そうに思えた。
前田とは以前飲んだときにLINEを交換していたことを思い出し、翌日の夜になってから連絡してみる。
《お久しぶりです。小野から、公園のトイレの怖い話を前田さんの友達が体験したって聞いたんですけど、その人って誰ですか?》
ほどなく既読がつき、
《俺の友達?》
と返ってくる。
《はい。小野はそう言ってました》
少し間を置いて、前田さんからもう一通届いた。
《もしかして公園の幽霊の話?…いや、あれ俺も友達の友達の話って聞いたよ笑》
やっぱり、と思った。
《え、そうなんですか笑》
《じゃあ前田さんは、誰からその話を聞いたんです?》
《えっと…たしか、田村から聞いたよ》
《その田村さんの連絡先、教えてもらえたりします?笑》
《いいよ笑 おもしろそうだし連絡してみなよ笑》
俺は前田さんから、田村さんの連絡先を教えてもらい、今度はそちらへ連絡した。
《突然すみません。前田さんに、公園のトイレに出る幽霊の話は田村さんから聞いたと教えてもらって、連絡しました》
《田村さんもその話、知ってますか?》
田村さんからの返信はそれほど待たなかった。
《え、急にびっくりした。はじめまして笑》
《あれね、高校生の幽霊の話ね、知ってるよ》
《田村さんは、体験した人のこと知ってるんですか?》
返ってきたのは、
《いや、俺も友達の友達の話として聞いただけだよ》
という答えだった。
《また友達の友達なんですか…笑》
《そうなるな笑》
《全然本人に近づかないですね笑》
《確かに笑》
俺の方も、この時点では気味悪さより面白さの方が勝っていた。
《じゃあ、田村さんは誰から聞いたんです?》
《新田ってやつだよ。俺は新田から聞いたよ》
ここまで来ると、さすがに少し楽しくなってくる。次へ行ったらまた同じことを言われるのか、それとも今度こそ話の元までたどり着くのか確かめたくなり、そのまま新田さんのLINEを教えてもらった。
一人たどれば、そのぶん体験者へ近づくはずなのに、実際に相手へ聞いてみると、なぜかまた「友達の友達」へ戻される。
人づてに広がるうち、誰が誰から聞いたのか分からなくなっただけなのだろう。
翌日の夕方、田村さんから教えられた新田さんへメッセージを送った。
《突然すみません。田村さんから連絡先を教えてもらいました》
《川沿いの公園のトイレの話について聞きたいんですけど》
30分ほどして、
《ああ、あの話ね》
《知ってるよ》
と返信が来る。
ここでもまた同じことになるのかと思い、
《新田さんは、誰からその話を聞いたんですか?》
と送った。
《そのへんも話せるよ》
《もし近いなら、会って話す?》
新田さんは隣の市に住んでおり、俺の職場からなら仕事帰りに寄れる距離だった。
知らない相手とわざわざ会ってまで聞くほどのことかとは思ったものの、ここまで何人もたどってきて、今さらやめるのももったいない気がする。
《大丈夫ですよ》
と返し、数日後の夕方、駅前で会うことになった。
当日、約束の時間より少し早く着いた俺が、
《着きました》
と送ると、すぐ、
《東口のベンチ》
と返ってくる。
ロータリー脇のベンチに、一人で座っている男がいる。年齢は俺より少し上に見え、黒い上着にジーンズという、どこにでもいるような格好だった。
近づいて声をかける。
「新田さんですか?」
「はい。そうです」
俺が名乗ると、新田さんは軽く頭を下げ、隣へ座るよう場所を空けてくれた。
俺が小野から始まって、前田さん、田村さんと話をたどってきたことを説明すると、新田さんは少し面白そうに笑う。
「そこまで追ってきたんですか」
「はい。最初は、友達の友達が体験したって聞いたんですよ」
「うん」
「で、その友達に聞けば、次が体験者じゃないですか」
「普通はそうですね」
「でも前田さんに聞いたら、前田さんも友達の友達の話だって言うし、田村さんも同じで」
新田さんが声を出して笑った。
「全然たどり着かないじゃないですか」
「そうなんですよ。だから新田さんまで来ました」
「なるほどね」
「で、新田さんは誰から聞いたんです?」
「俺も友達の友達の話として聞きましたよ」
「また友達の友達なんですね」
「そうですね」
新田さんは少し笑いながら答えた。
「じゃあ、その話は誰から聞いたんです?」
「川村です」
「川村さんって、今も連絡取れるんですか?」
「取れますよ」
「話、聞けたりします?」
「大丈夫だと思います。連絡先送りますよ」
新田さんがスマホを操作すると、ほどなく俺の画面に川村さんのアカウントが届く。
話が一段落してからも、そのまましばらく雑談を続けた。
「こういうの好きなんですか?」
「いや、別に怪談マニアとかじゃないですよ。今回なんとなく気になっただけで」
「何人も連絡して会いにまで来てる時点で、結構好きでしょ」
「それは自分でもちょっと思いました」
別れ際、新田さんはスマホをポケットへしまいながら、
「また今度、普通に遊びにでも行きましょうよ」
と笑った。
「いいですね」
俺もその場の流れで答える。
「じゃあ、川村にも聞いてみてください」
「ありがとうございます」
「じゃあまた」
新田さんは軽く手を上げ、そのまま人の流れに混じって駅の方へ向かう。
俺も帰宅し、夕食を済ませてから、教えてもらった川村さんのアカウントを開いた。
《突然すみません。新田さんから紹介してもらいました》
《公園のトイレの話について、少し聞きたいんですが》
5分ほどすると既読がつく。
《新田から聞いた》
《あの話でしょ》
《はい》
《小野っていう友達から聞いて、そこから何人かたどってきたんですけど、みんな友達の友達の話だって言うんですよ……笑》
《新田さんは、川村さんから聞いたって言ってました》
《そうなんだ》
《川村さんは、誰から聞いたんですか?》
すぐには返信が来なかった。
ここまで何人もたどってきた。どうせまた別の誰かの名前が返ってきて、その人に聞けばまた「友達の友達の話だ」と言われるのだろう。そんなことを少し面白がりながら待っていると、やがて短い文章が届いた。
《俺は知ってるよ》
その下に、もう一通。
《その話、俺の友達の話なんだけどね》




