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地方怪談集 ~短編・中編の怖い話~  作者: シシモヨウ
【第九話】 撮られる男
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撮られる男

 「なあ、聞いてくれよ。俺さ、昔、知らない男にずっと写真撮られてたことがあるんだよ」


 午前1時を過ぎたコインランドリーには、乾燥機の回る低い音が途切れず続いていた。県道沿いの24時間営業の店で、外では少し前から雨が強くなっている。壁際のベンチの奥には20代くらいの男が座り、洗濯物を入れた大きなバッグを足元に置いていた。


 そのベンチの入口側へ腰を下ろし、上半身を若い男の方へ向けた男が、さっきから一方的に喋っていた。


「いや、最初から怖かったわけじゃないんだ。そりゃ気持ち悪いとは思ったけどさ、今なんてみんなスマホ持ってるだろ。人にカメラ向けてるやつだって珍しくないし、俺を撮ったんじゃなくて、後ろの店とか看板とか撮ってたのかもしれないじゃん。だから最初は、俺もそういうふうに考えたんだよ。あれ、俺が28くらいのころだったかな。仕事帰りにコンビニ寄って、弁当とビール買って出てきたら、駐車場の端におっさんが立っててさ」


 若い男は返事をしなかった。両手でスマートフォンを持っていたが、画面は少し前から消えたままだった。


「50くらいかな。灰色っぽいジャンパー着て、黒いズボン履いて、髪も普通に短くてさ。別に顔が怖いとか、目つきがおかしいとか、そういうんじゃないんだよ。仕事帰りのおっさんですって言われたら、普通にそう見える感じ。それが俺が店から出たときにスマホ持ち上げたんだ。ちょうどこっち向けて。で、光ったから、あ、撮ったなって分かった」


 男は少し身体を前へ倒し、思い出すように話を続けた。


「俺も若かったから腹立ってさ。『何撮ってんですか』って、そのまま近づいたんだよ。そしたら逃げもしない。ずっと自分のスマホの画面見てんの。だからもう一回、『今、俺撮りましたよね』って言ったら、やっとこっち見てさ。何て言ったと思う?」


 若い男は答えなかった。


「『ちゃんと写るんですね』だぞ。意味分かんないだろ。俺も『は?』って言ったよ。そしたら『すみません』って頭下げて、そのまま歩いていった。追いかけるほどでもないし、変なやつだったなって、それで終わりにしたんだよ」


 若い男は乾燥機の残り時間へ目を向けた。まだ11分残っていた。


「ところがさ、3日くらいして、またいるんだよ。今度は会社の近く。夜8時過ぎに仕事終わって駐車場まで歩いてたら、道路の反対側に立ってる。あ、コンビニのおっさんだって俺もすぐ分かった。向こうも俺に気づいたみたいで、またスマホ上げて1枚撮って、そのまま歩いていったんだ。気持ち悪いけど、そのときもまだ偶然かなって思った。だけど次がスーパー、その次がガソリンスタンドで、日曜に家から結構離れたホームセンター行ったときまでいたんだよ。さすがに偶然じゃないだろ」


 そこで若い男の指が動いた。スマートフォンを持ち直しただけだったが、握る力は先ほどより強くなっていた。


「警察にも行ったよ。俺だってそこまで馬鹿じゃないから。どこで見たとか、写真撮られたとか、分かる範囲で全部話した。向こうから脅されたわけでもないし、家に入られたわけでもないから、とりあえず日時と場所を記録して、また来たり危ないことされたりしたらすぐ連絡してくださいって言われた。まあ、それはそうだよな。だから俺も記録するようになったんだ。日時とか場所とか、車で来てたときはナンバーも控えたし、一回こっちから写真撮ったこともある」


 男はそこで少し笑った。


「ちゃんと写るんだよ、あいつ。別に写真から消えるとか、顔が写らないとか、そういう怪談みたいなことは何にもない。普通のおっさんが普通に写ってる。だから余計嫌だったんだよな。お前、こういうの分かる? 変なものだったら、まだ変なものだって納得できるじゃん。あいつはずっと普通の人間なんだよ」


 若い男はほんの少しだけ身体を横へずらした。その視線は隣ではなく、男の肩越しに見えるガラス扉の方へ向いていた。


「そのうち、向こうから話しかけてくるようになった。最初は夜のスーパーだったな。自販機の横に立ってて、俺が『もう警察に相談してるからな』って言ったら、『そうですか、すみません』って。あいつ、すぐ謝るんだよ。でもやめない。で、俺が行こうとしたら、『身内で亡くなった方っています?』って急に聞いてきた」


 男は一度だけ間を置いたが、若い男は顔を上げなかった。


「関係ないだろ。俺もそう言った。そしたら『すみません』って。またそれ。で、今度は『その人、そのあと見たことあります?』って聞くんだよ。俺が無視して帰ろうとしたら、『幽霊って信じます?』って。そこからだよ、あいつの質問がおかしくなっていったの」


 次に会ったときには、人間は死んだあと自分が死んだと分かるのかと聞かれた。その次には、死んだ場所から離れられると思うかと尋ねられた。さらに別の日には、死んだ人間が見えるとしたら何日くらいそこにいると思うか、と聞いてきたという。


「俺が何答えても、『そうですか』しか言わないんだよ。否定もしないし、何か自分の考えを話すわけでもない。こっちが怒鳴っても『すみません』って言うだけ。それで次の日にはまたいる。写真撮って、質問して、帰っていく。こっちからしたら、何がしたいのか分からないのが一番嫌なんだよ」


 若い男がバッグを足元から少し引き寄せ、両足の間へ挟んだ。


「決定的だったのが、その少しあと。ドラッグストアの駐車場でまた待っててさ、さすがに俺も我慢できなくて、そいつの腕掴んだんだよ。『もうやめろ』って。その拍子にスマホ落としたんだ。別に中を盗み見ようとしたわけじゃないぞ。画面が点いたまま落ちて、写真の一覧が見えただけなんだけど……俺の写真が、ずらっと並んでた」


 語り手の声が少しだけ低くなった。


「でも俺だけじゃなかった。知らない人が何人もいたんだよ。駅を歩いてる男とか、家に入っていく女とか、病院から出てきた爺さんとかさ。一人をずっと追って撮ってるみたいで、最初は遠くからなんだけど、日付が進むにつれてどんどん近くなってる。俺と同じなんだよ。それで、しばらく写真を送っていったら……倒れてる写真が出てきた」


 若い男の喉が小さく動いた。


「道路脇に人が倒れてる。壊れた車がある。川辺に救急車が停まってる。山の下に警察とか消防の人が集まってる。そういう写真が混ざってんの。でさ、これが一番おかしいんだけど、その写真、そこで終わってないんだよ。次の日も同じ場所を撮ってる。人が倒れてた道路を、今度は誰もいない状態で撮ってる。その次の日も、そのまた次の日も。川なら川、事故現場なら事故現場をずっと撮ってる。何も写ってないのにだぞ」


 外を走る車のライトが、ガラス越しに店内を横切った。若い男はその光を追うように入口へ視線を動かし、車が通り過ぎても、しばらくそのままだった。


「だから俺、『これ何なんだよ』って聞いたんだ。そしたらあいつ、スマホ拾いながら俺のこと見て、『残る人と、残らない人がいるんですよ』って。それだけ」


「俺、あのとき初めて、本気でこいつはまずいって思った。それから帰る道も毎日変えたし、なるべく人がいるところ通ったし、何日か友達の家にも泊めてもらった。でもいるんだよ。友達の家から少し離れた交差点にもいたし、コンビニ寄れば道路の反対側にいるし、しまいには俺のアパートの階段の下に立ってる。前は遠くから撮ってたのに、少しずつ近くなってんだよ」


「一度だけ、『もう少しですね』って言われた」


 若い男の目が、語り手の肩の向こうへ動いた。


「何がもう少しなのか聞いただろ、当然。そしたらまた『すみません』だよ。答えないんだ。ほんと、あいつ何なんだろうな」


 語り手は少し考えてから、続きを話した。


「最後の日も雨だった。仕事が遅くなって、帰るころには日付変わる少し前だったんだけど、途中で後ろの車がずっと一緒なのに気づいてさ。曲がれるところをわざと曲がって、コンビニの駐車場入ったら、そいつも入ってきたんだ。俺、そのまま店に入って警察に電話したよ。前にも相談してることとか、今もそいつが駐車場にいることとか全部話してさ。今度は勝手に動かなかった。店の中で待ってたんだ」


 しばらくすると、追跡者の車は駐車場から出ていったという。


「警察も来てくれて、駐車場とか周りを見てもらって、俺が控えてたナンバーも伝えた。結局その場じゃ見つからなくてさ。もういないようだから、また現れたらすぐ連絡してくださいって言われた。それでもすぐには出なかったよ。警察が帰ってからも少し時間置いて、それから家に向かったんだ」


 若い男は微かに息を吐いた。


「それでも、いた。家まであと15分くらいのところで、また後ろにいたんだよ。同じ車。あのときは本当にぞっとしたな。警察が来るまでどこにいたんだって話だろ。しばらく後ろについてたんだけど、山沿いの狭いところまで来たら急に前へ出てさ、俺の前で速度落としたんだよ。追突しそうになってハンドル切ったら、道路脇に乗り上げてタイヤやっちゃってさ。車が動かなくなったから、すぐまた警察に電話した。場所も伝えた。でもその間にあいつも後ろに停めて、降りてきたんだ」


 若い男は黙ったまま、男の話を聞いていた。


「スマホ持って、俺の車の周りをゆっくり歩くんだよ。窓越しに何枚も撮ってさ。運転席、前、助手席、後ろ。俺は鍵閉めて待ってた。でも道路の少し先に県の道路管理の詰所があったんだ。作業車も停まってて、建物の窓に明かりがついてた。100メートルもなかったと思う。車から出るのは怖かったけど、あいつと2人きりで動かない車の中にいるより、人がいるかもしれないところまで走った方がいいって思った」


 男はそこで少し身を乗り出した。


「そしたらあいつ、助手席側のドアに手かけたんだよ。鍵閉まってるから開かない。それでも一回引いて、次に後ろのドアを触った。だからそこで出た。反対側のドアから降りて、詰所の方へ走ったんだ。でもあいつ、走らないんだよ。これが気持ち悪いんだ。俺は必死に走ってんのに、あいつ普通に歩いてくる。だから最初はどんどん離れる。でも俺は雨の中で足取られるし、その間、後ろで時々光るんだよ。振り返ると、あいつが写真撮ってる。捕まえようとしてるんじゃない。逃げてるところを撮ってるんだ」


 若い男の視線はもう乾燥機へ戻らなかった。


「詰所へ上がる道だと思って、途中の脇道に入ったんだ。暗いし雨も降ってて、そこから行けるように見えたんだけど、進んでみたら斜面沿いの細い作業道になっててさ。そこで一回振り返って、『何なんだよ、お前!』って怒鳴った。そしたらあいつ、10メートルくらい離れたところで止まって、スマホ持ったまま俺のこと見てさ」


「『大丈夫です。もう少しなので』って」


 語り手はそこで初めて、少し嫌そうに顔を歪めた。


「何が大丈夫なんだよって話だろ。それで距離取りたくてまた後ろに下がったら、足元が崩れた。あとはもう斜面を転がって、枝とか石とか何回も当たって、最後に頭を思いきりぶつけたのは覚えてる」


 若い男の指先が白くなるほどスマートフォンを握っていた。


「身体、全然動かなかった。雨だけ顔に当たってさ。上の方にあいつが見えたから、助け呼んでくれって言ったと思う。ちゃんと声になってたかは分かんないけど。そしたらあいつ、ゆっくり下りてきたんだよ。俺の横まで来て、しゃがんで、救急車呼ぶでもなく写真撮り始めた」


 語り手は数えるように指を動かした。


「顔、頭、身体、少し離れて全身。また顔。何枚もだよ。俺は動けないのに、あいつはずっと撮ってる。それで最後の方になって、急に俺じゃないところへスマホ向けたんだ。俺のすぐ横。何にもないところ」


 若い男が、ゆっくり入口のガラス扉を見た。


「それでさ、『……まだいる?』って聞いたんだよ」


 乾燥機はまだ回っていた。


「誰に聞いてんだよな。ほんと、頭おかしいんだよ、あいつ」


 語り手は小さく笑った。


「でもなあ、俺が一番気持ち悪いと思ってるのは、そこじゃないんだよ。あいつ、そのあとも来るんだ。駅に行ってもいるし、川沿い歩いててもいるし、夜中のスーパーの駐車場にもいる。どこまで離れても、そのうち見つける。しかも相変わらず写真撮ってるんだ」


 男は足を組み替えながら、世間話でもするような調子で続けた。


「生きてるころからあれだけしつこかったのにさ、死んでからもう4年くらい経つのに、まだ追ってくるんだよな。普通そこまでやる? 俺もう会社も家も関係ないし、どこ行ったっていいわけじゃん。それなのに見つけるんだよ。この前なんか駅のホームまで来てさ、柱の陰からずっとこっち撮ってんの。ほんと、何がしたいんだろうな」


*


 『死んでから』


 隣の男は、雨に濡れた髪を額に張りつかせ、泥だらけの服のまま座っていた。こめかみは大きくへこみ、首は妙な角度に傾いている。左腕も、肘から先がおかしな方向を向いていた。


 ああ、こいつ、やっぱり死んでるんだ。


「死んだらもうちょっと楽になると思ったんだけどな。あいつ、ほんと関係ないんだよ。どこまで行っても、そのうち見つけるからさ」


 男は何でもないことのように、そのまま話を続けていた。


 その肩越し、ガラス扉の向こうには、さっきから一人の男が立っていた。


 50歳くらい。灰色のジャンパーに黒いズボン。雨に濡れながら、片手にスマートフォンを持っている。


 年齢も、灰色のジャンパーも、スマートフォンを構える姿も、話を聞くほど外の男と重なっていった。


 俺は、何度も入口を見ていた。


 隣には死んだ男がいて、外には、その死んだ男を追ってきた生きた人間がいる。洗濯物なんか置いて逃げればいいと何度も思ったのに、出口へ行くには、あの男の前を通らなければならなかった。


「それでさ、この前なんか――」


 隣の幽霊はまだ喋っていた。


 外の男は、ずっとそいつにスマホを向けていた。


 その視線がふと俺の方へ動き、目が合った。しばらく男は動かなかったが、やがてスマホをほんの少しだけ横へずらした。


 レンズが俺を向いた気がした……。

 男がスマホを覗いている。


 次の瞬間、フラッシュが光った。

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