クラスLINEに1人多い 〜エピローグ〜
〜それから1年半あまりが過ぎた〜
4月、県立北瀬高校のある卒業クラスが、地元テレビのニュースで取り上げられた。
北瀬高校は、この地域ではごく普通の県立高校だった。大学へ進む生徒もいれば専門学校へ行く生徒もおり、地元企業へ就職する卒業生も少なくない。
ところがその年、卒業した3年2組からは国公立大学や首都圏の難関私立、県外の有名大学への進学者が例年になく相次いだ。
そのクラスを受け持っていた担任も取材を受けていた。
「何か特別な受験指導をされたんですか?」
記者に聞かれ、担任は苦笑した。
「いや、それが、私は本当に何もしてないんですよ」
「何も?」
「学校として普通にやることはやりましたけどね。2年の夏休みが終わったころから、急にあの子たちが自分たちで勉強するようになって」
「クラス全体で?」
「最初は何人かだったと思います。放課後、西側の空いてる教室を使ってました。それがいつの間にか増えて」
担任は少し笑った。
「冬休みもやってましたね。3年の夏休みも。こちらから言うことが、どんどん減っていきました」
「かなりまとまりのあるクラスだったんですね」
「そうですね。誰かだけ置いていく、みたいなのがなかったんですよ」
少し考えてから、担任は続けた。
「本当に、手のかからないクラスでした」
ニュースでは、地元の国立大学へ進学した卒業生にも話を聞いていた。
入学したばかりの男子学生が、大学構内でマイクを向けられて笑った。
「みんなで頑張れたのが大きかったと思います」
「高校時代はLINEでも連絡を取っていたそうですね」
「はい。分からないこと聞いたり、声かけたりしてました」
「最初からそういうクラスだったんですか?」
「いや、最初は全然」
男子学生は少し考えた。
「一人が始めて、そのうちみんなやるようになった感じです」
画面には北瀬高校の校舎と、卒業前に撮影された3年2組の集合写真が映った。
ニュースは、クラスの団結が生んだ異例の進学実績として紹介された。
*
同じ4月。
及川圭司は、東京都内の大学で菅原直樹を見つけた。
第二外国語の最初の授業が始まる少し前だった。
教室へ入って座る場所を探していると、窓側の席に見覚えのある顔があった。
「……菅原?」
声をかけると、男が振り向いた。
「ああ」
やっぱり菅原だった。
「マジか。同じ大学だったんだ」
「うん」
及川と菅原は、峰丘町にある同じ中学の出身だった。住んでいた集落は違い、同じ学年なので授業や行事で普通に話したことはあったものの、特別に仲が良かったわけではなく、高校も別だった。
及川は中学卒業後、県庁所在地にある進学校へ進み、下宿生活を始めた。
中学ではそれなりに成績が良かったつもりだったが、進学校へ行けば上にはいくらでもいた。朝から勉強し、授業後も学校に残り、下宿へ帰ってからも机に向かった。盆や年末年始には峰丘町へ帰ったが、その間も参考書を手放さず、周囲に負けまいと3年間やり続けて、ようやくこの大学へ届いた。
だから、北瀬高校へ進んだ菅原が同じ場所にいることには素直に驚いた。
「お前、ここ受かったんだな」
「ああ」
「すごいな。中学のころから考えたら」
悪意があったわけではなく、本当にそう思っただけだった。
菅原は、
「まあな」
と答えた。
昔ならもう少し何か返してきた気もしたが、高校3年間ほとんど会っていない。人なんて変わる。
菅原の隣には、知らない男子が座っていた。
「こいつ田中。高校で同じクラスだった」
「田中です」
「あ、及川です。同じ中学で」
「どうも」
田中も同じ大学へ進学していた。
「北瀬って、そんな進学良かったっけ」
及川が言うと、菅原は、
「去年はよかったみたいだよ」
と答えた。
少し他人事のような言い方だった。
三人とも第二外国語は中国語だった。
「お前も中国語選んだんだな」
「ああ」
「何で選んだん?やっぱ、単位とりやすいって先輩とかから聞いたからか?」
菅原は少し考えた。
「人口多いし、しゃべる人数も多いから」
「……ああ。まあ、そうだな」
理屈としては分かるが、少しだけ変な言い方だと思った。
もっとも、それも3年ぶりに話した相手へ抱くほどの違和感ではなかった。
教室にはまだ半分ほどしか学生が集まっておらず、先生も来ていない。
及川はスマホを取り出した。入学前からSNSで同じ学部の新入生何人かとつながっていて、そのうち数人は中国語を選んだと聞いている。
菅原が言った。
「LINE作っとく?」
「何の?」
「このクラスの」
田中が、
「その方が楽だな」
と言った。
「まあ、確かに」
菅原はその場で新しいグループを作った。
「このクラスで知ってるやついる?」
「何人か。入学前からSNSで話してた」
「じゃあ、入れといて」
「俺から?」
「うん。みんな誘って」
及川は少しだけ引っかかった。
「みんなって、このクラス全員?」
「ああ」
田中も隣で、
「その方がいいだろ」
と言った。
別におかしな話ではない。授業の連絡を取るなら、人数が多い方が便利だ。
及川は、入学前からSNSでつながっていた学生を何人か招待した。
そのうちの一人が別の学生を誘い、さらにその学生が知り合いを入れた。授業も始まっていないのに、参加者は少しずつ増えていった。
菅原はそれを見ながら、特に何も言わなかった。
やがて教師が教室へ入り、学生たちがそれぞれの席へ戻った。
教科書を開く音が重なり、前の席では、まだ名前も知らない学生同士が小声で話していた。
授業が始まる直前、及川のスマホが一度震えた。
さっき作ったばかりのグループだった。
最初のメッセージを送ったのは、菅原だった。
《みんなで頑張ろう》




