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地方怪談集 ~短編・中編の怖い話~  作者: シシモヨウ
【第八話】 クラスLINEに1人多い
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クラスLINEに1人多い・前編

 6月の初め、クラスLINEの参加者が33人いることに気づいた。


 2年2組は32人しかいない。


 一人、多かった。


 だからといって、その時点で怖いとは思わなかった。LINEの表示名を本名にしていないやつは珍しくないし、誰かが別のアカウントを入れている可能性もある。2年になってクラス替えをしてからまだ2か月ほどしか経っておらず、俺自身、クラス全員のLINE名まで覚えていたわけではなかった。


 参加者一覧を眺めていると、知っている名前やアイコンの中に、一つだけ見覚えのないアカウントがあった。


 表示名は、ユウ。


 名字はなく、アイコンも初期設定のままだった。プロフィールを開いてみても、誰なのか分かりそうなものは何もない。


 少し気にはなったが、その日は一覧を閉じた。


 俺の名前は菅原直樹という。


 県立北瀬高校の2年生で、部活には入っていない。ゲームや漫画が好きで、成績は真ん中あたり。田中とは席が近いのでゲームや授業の話をするし、昼になれば何人かと机を寄せることもある。


 学校で一人でいるわけではない。ただ、2年2組になってまだ2か月だったこともあって、休日まで遊ぶような相手や、何でも個人的に相談できるほど近いやつはまだいなかった。


 それで困ることもなかった。

 ユウのことも、その日はそれきり忘れた。


          *


 最初にユウが書き込んだのは、6月半ばだった。


 翌日のロングホームルームで文化祭の係を決めることになっていて、その夜はクラスLINEが少し動いていた。


《明日のLHR、係決めだって》

《全員いる?》

《休むやついたっけ》


 そんな話の途中に、ユウが入った。


【明日、一人いないよ】


 少しして田中が、


《うん》


 と返した。

 それだけだった。


 別のやつが、


《じゃあ、いないやつの分は後で決めればよくね》


 と続け、そのまま係決めの話へ戻った。

 翌朝、教室へ入ると小林の席が空いていた。


「小林、今日休み?」


 近くにいた男子に聞くと、


「陸上。県大会」


 と返ってきた。


「ああ、そうか」


 小林が陸上部なのは知っていたが、その日に大会があることまでは知らなかった。


 それで昨夜の書き込みにも説明がついた。


 小林と仲のいいやつか、部活関係で予定を知っていたやつが書いただけなのだろう。ユウという名前も、クラスの誰かが別に使っているアカウントか何かだと思った。


           *


 次にユウが書き込んだのは、それから10日ほど経った夜だった。


 その日はクラスLINEもほとんど動いていなかった。俺はベッドに寝転んで動画を見ていて、通知が一つ入ったので何となく開いた。


【今度は二週間くらいいないね】


 ユウだった。


 誰のことなのかは書いていない。

 しばらくして、一人が、


《そっか》


 と返した。

 さらに別の生徒から、


《お大事に》


 と入った。


 そこで初めて、少し引っかかった。


 誰がお大事になのか分からない。そもそも、その時点では誰かが怪我をしたという話も出ていない。


 入力欄を開き、


〈誰が?〉


 と打った。


 でも、送る直前になってやめた。


 誰も変だと思っていないところへ、自分だけが急に食いついているように見えるのが嫌だった。文字を消して、そのままスマホを置いた。


 翌朝、高橋が学校に来なかった。

 朝のホームルームで担任が、


「高橋は登校途中に自転車で転倒して、足を骨折したそうです。しばらく休むことになると思います」


 と説明した。

 大きな事故ではないらしい。


 それでも俺は、昨夜の文章を思い出した。


【今度は二週間くらいいないね】


 昼休み、田中が購買のパンを食べているところへ行った。


「なあ」

「ん?」

「ユウって誰?」


 田中はパンの袋を開けながら、

「知らん」

 と答えた。


「知らないの?」

「うん」


「昨日のLINE見た?」

「見た」


「前、お前も返事してたよな」

「うん」


「ユウが誰かは知らないんだよな?」

「うん」


 俺は少し黙った。


「じゃあ、何で返したんだよ」


 田中がこっちを見た。


「何でって?」


「いや、誰か分かんないんだろ?」

「うん」


 嘘をついているようには見えなかったし、俺をからかっている感じもない。むしろ、俺が何に引っかかっているのか分からないようだった。


「……もういい」

「何だよ」

「別に」


 それ以上は聞かなかった。


 田中とは普段から話すが、こういう妙な話を何度も食い下がれるほど近いわけではない。


 その日の夜、参加者一覧をもう一度開いた。


 今度は一人ずつ確認した。


 田中、高橋、佐藤、千葉、阿部、小林。表示名だけでは分からないやつも、過去の発言やアイコンを見れば確認できた。


 2年2組の32人は、全員いた。

 そのほかに、ユウがいる。


 33人。


 誰かが一人抜けた代わりに、知らないアカウントが入っているわけではなかった。


 悪ふざけだと思えば、それで説明できそうな気もした。高橋の怪我だって偶然と言われれば、それまでだ。


 それなのに、スマホを閉じたあともしばらく落ち着かなかった。


 何が引っかかっているのか、自分でもうまく言葉にできなかった。


          *


 高橋はすぐには戻ってこなかった。


 3日経っても、1週間経っても教室の席は空いたままだったが、本人はクラスLINEには普通にいた。


《暇すぎ》

《課題どこまで》

《数学意味わからん》


 そう書けば、何人かがいつも通り返した。


《そこ俺もわからん》

《写真送る》

《先生に聞け》


 その間、ユウは何も書かなかった。


 事故からほぼ2週間経った月曜日、高橋は学校へ戻ってきた。足にはまだ固定具を着けていたが、松葉杖はもう使っていなかった。


「長かったな」


 誰かに言われ、


「マジで暇だった」


 と笑っている。

 その声を聞きながら、俺はふと思い出した。


【今度は二週間くらいいないね】


 担任は「しばらく」としか言っていないし、高橋自身も、怪我をした直後から復帰日が決まっていたわけではないはずだ。


 それでも、ほとんどその通りになった。

 帰りのバスで参加者一覧を開くと、表示は変わらず33人だった。


           *


 7月に入っても、クラスLINEそのものは普段と変わらなかった。


 何もなければ数日静かなこともあるし、テスト範囲が発表されれば質問が増える。


 違うように見えたのは、ユウが書き込んだときだった。


 最初は田中一人しか返さなかった。それが高橋のときには何人かになっていた。


 わざわざ数えていたわけではない。ただ、ユウの書き込みに誰かが返事をすること自体が、少しずつ普通になっているような気がした。


 7月半ばの夜、通知が入った。


【明日は佐藤くんがいないね】


 初めて名前が出た。


 すぐに佐藤本人が、

《俺?笑》

 と返した。


《そっか》

《明日か》


 スタンプも一つ入った。


 俺は今度は迷わず送った。


〈何で佐藤?〉


 既読が増えた。

 返事はない。


〈どういう意味?〉


 誰も答えなかった。

 ユウも何も書かない。

 数分後、別のやつが、


《明日の英語、単語テストある?》

 と書いた。


《ある》

《無理》

《範囲どこ》


 そのまま普通の話へ戻った。

 翌朝、佐藤の席は空いていた。


 登校中、自転車で走っていた佐藤が脇道から出てきた車を避けようとして転倒し、病院へ運ばれたらしい。大きな怪我ではないが、数日は休むと担任が説明した。


 教室でも、


「昨日のLINEじゃん」

「マジかよ」


 くらいの声は出た。


 ただ、どれも面白い偶然を見つけたような反応で、俺が感じているものとは少し違った。


           *


 佐藤が戻ってきたのは数日後だった。

 腕にまだ擦り傷が残っていた。

 休み時間に声をかけた。


「佐藤」

「ん?」


「前の日のLINE覚えてる?」

「ああ」


「ユウの」

「うん」


「気にならない?」


 佐藤は少し考えてから、


「あれか。ほんとに当たったな」


 と言った。


「それだけ?」

「まあ、すげえとは思うけど」


「怖くないの?」

「事故は怖かったけど」


「そうじゃなくて。ユウって誰か知ってる?」

「知らん」


「知らないのに気にならないの?」


 佐藤は首を傾げた。


「何が?」


 田中とは反応の仕方が違ったが、結局のところ同じだった。あのLINEを気味悪がっているのは、どうやら俺だけらしかった。


          *


 誰かに相談することも考えた。


 俺が住んでいる峰丘町には高校がないので、中学を卒業するとみんな町の外へ通う。北瀬高校へ来るやつも普通にいるが、県庁所在地の進学校へ行ったやつや、スポーツで私立へ進んだやつもいた。


 北瀬高校には、同じ中学だった工藤という女子が1組にいる。


 中学のころから普通に話したことはあるし、高校でも廊下で会えば挨拶くらいはする。


 ある日の放課後、階段ですれ違った。


「菅原、今日バス?」

「うん」


「雨降るらしいよ」

「マジ?」


 工藤はそのまま、1組の友達と一緒に帰っていった。


 呼び止めようと思えば呼び止められた。それでも、「うちのクラスLINEに知らないやつが一人多くて、そいつが誰が休むか当ててる」と説明する自分を想像すると、結局声をかけられなかった。


 ほかの中学時代の同級生も似たようなものだった。高校が別になって何か月もほとんど連絡していない相手に、いきなりこんな話を送る気にはなれなかった。


 一人きりというわけではないのに、こういう話になると、誰に話せばいいのか分からなかった。


 一度、クラスLINEを抜けようとも思った。


 参加者一覧を開き、退出のところまで指を動かしたが、その先へ進めなかった。


 学校の連絡にも普通に使っているし、一人だけ突然抜ければクラス全員に分かる。それ以上に、見えなくなることの方が怖かった。


 高橋の怪我も佐藤の事故も、俺がLINEを見なかったから起きなくなるわけではない。次にユウが何を書くのかを知らないままでいる方が嫌だった。


 結局、そのまま残った。


          *


 夏休みに入ると、ユウは何も書かなくなった。


 クラスLINEも静かで、部活のあるやつ同士がたまに話している程度だった。何日も通知が来ないこともある。


 最初のうちは時々参加者一覧を開いていたが、参加者は33人のままで、ユウもそこに残っているのに何も書かなかった。


 その状態が続くうちに、学校がある時期だけなのかもしれないと思うようになり、8月になるころには参加者数を確認することもなくなっていた。


 結局、夏休みのあいだは何も起こらず、2学期が始まるころには、俺も少しずつ警戒を解いていた。

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