肝試しに来た「友人の友人」のノリが悪すぎる
俺と駿は、暇になるとだいたい一緒にいた。
飯を食いに行ったり、ゲーセンに行ったり、車で意味もなく隣の市まで走ったりする。夜中にコンビニでコーヒーを買って、そのまま駐車場で1時間くらい喋って帰ることもあった。
地方で、夜になると本当にやることがない。
それにも飽きると、ときどき肝試しに行った。別に2人とも心霊マニアではない。動画を撮るわけでも、霊感があるわけでもなく、単に暇つぶしの一つだった。
「次の休み、何する?」
数日前、駿とラーメンを食べていたときも、そんな話になった。
「なんもなくね?」
「隣町に廃旅館あるらしいぞ」
「廃旅館?」
「山の方。昔、温泉旅館だったとこ。もう何年か前から潰れてるって」
「入れんの?」
「入ったやついるらしい。夜に中から声聞こえたとか、2階の窓に女立ってたとか……あと、肝試しで入ったやつが、そのまま行方不明になったこともあるらしい」
「へぇー、ありきたりだな。あとさ、行方不明って普通に山で迷ったんじゃねえの?」
駿が吹き出し、俺も笑った。
「じゃあ行く?」
「いいよ」
「あ、Bも誘おうぜ。こういうの好きだし」
「B?」
「前話したじゃん」
「あー……誰だっけ」
「俺がたまに遊んでるやつ」
「ああ、なんかいたな」
「いたなって何だよ」
Bとは会ったことがなかった。名前も聞いたことはあったはずだが、その場では出てこなかった。
駿が連絡すると、Bも来ることになった。
3人の予定が合う日を決めた。当日は俺だけ隣町寄りのところに用事があったので、そこから直接向かい、駿とBは2人で来るという話になった。
*
当日の夕方、駿からメッセージが来た。
《悪い、今日行けなくなった》
信号待ちでスマホを見て、
《は?》
と返した。
《ちょっと用事できた》
《じゃあ今日なし?》
《Bは行くって言ってたし、2人で行ってきなよ》
《初対面と2人で肝試しとか気まずすぎだろ笑》
《お前なら平気だろ笑》
少し考えて、
《まあいっか》
と送った。
もうかなり近くまで来ていたし、今さら引き返すほどでもなかった。
そこから山側へ入ると道はすぐ細くなり、民家も次第に減っていった。スマホの電波表示も1本になり、そのうち圏外になった。
待ち合わせ場所は、廃旅館から少し離れた道路脇だった。
俺が車を停めると、ガードレールの近くに同じくらいの年のやつが立っていた。
車を降りて近づいたところで、名前を覚えていないことに気づいた。
「え、あ、えっと……駿の友人、の?」
Bは旅館のある方を指した。
「旅館あっちだよ、早く行こう」
「お、おう」
2人で歩き出した。
旅館は道路から少し奥に入ったところにあった。
3階建てほどの古い建物で、玄関の上には大きな看板が残っている。ところどころ文字が剥がれていたが、建物自体は想像していたよりもしっかりしていた。
「うわ。ちゃんと旅館じゃん」
「思ったよりでかいな」
「これ普通に泊まれそうじゃね?」
「無理だろ」
「掃除すればいけるって」
「じゃあお前泊まれよ」
「500円ならな」
玄関の引き戸は少し開いていた。
中へ入ると、古い木と湿った畳の匂いがした。床には落ち葉が入り込み、壁際には剥がれた壁紙や細かなガラス片が落ちている。
正面には受付があった。
木製のカウンターの奥に棚が並び、壁には昔、客室の鍵を掛けていたらしい板も残っている。
カウンターの上に、小さな金属製のベルがあった。
「あ、これ鳴るかな」
押すと、チン、と澄んだ音がした。
「おお」
もう一度押し、そのまま続けて何度か鳴らした。
「すいませーん、2名なんですけどー」
「おい。何回も鳴らすなよ。1回でいいだろ」
「何だよ」
俺は笑いながら、もう一度だけ鳴らした。
「誰に気使ってんだよ」
Bは答えず、ライトをカウンターの奥へ向けた。
光が棚の下を通ったとき、分厚い帳面が見えた。
「ん? 何それ」
「帳面じゃね?」
俺はカウンター越しに手を伸ばし、引っ張り出した。
表紙を開くと、昔の宿泊名簿だった。日付、名前、住所、人数などが手書きで並んでいる。
「うわ。宿帳残ってる」
何ページかめくったあと、俺は自分のペンを取り出した。
「俺も泊まっとくか」
空いていた欄に、
《フランシスコ・ザビエル》
と書く。
「何だよそれ」
「知らねえの? ザビエル」
「そうじゃねえよ」
人数の欄に《1》と書き、部屋番号のところで顔を上げた。
壁の鍵掛けには、木製の札がいくつか残っている。
その中で目についた番号をそのまま書いた。
《203》
「よし。チェックイン」
Bが横から宿帳を見た。
「書くなら本名で書けよ」
「嫌だよ。こんなとこに本名残す方が怖いだろ」
俺は宿帳を閉じた。
「じゃ、行こうぜ」
その前に、カウンターの内側が気になった。
手をついて、そのまま乗り越える。
「おい。そっち入んなよ」
「何あるか見るだけだって」
「普通そこまで入らねえだろ」
「普通の旅館じゃねえじゃん」
古い電話機が残っていたので、受話器を持ち上げた。
「はい、廃旅館でーす。ご予約ですか?」
「お前ほんとやめろって」
「本日まだ空室ございますよ」
「うるさいやつだな」
「よく言われる」
受話器を戻して、棚に残っていた古いパンフレットを何枚かめくった。
「もう行くぞ」
「はいはい」
受付を出て階段を上がると、2階には客室が並んでいた。
戸が閉まった部屋もあれば、半分開いたままの部屋もある。番号札が外れかけているところもあった。
開いていた一室を覗くと、押し入れに古い浴衣が残っていた。
「うわ、あるじゃん」
「触んなって」
1枚引っ張り出し、服の上から肩に掛けた。
「どう?」
Bは俺を見て、ため息をついた。
「宿泊してねえのに着るなよ……」
「旅館なんだからいいだろ」
そのまま畳へ上がると、Bがすぐに言った。
「いや、靴くらい脱げよ」
「廃墟で靴脱ぐ方が馬鹿だろ」
「そういう問題じゃなくてさ」
「ガラスとか釘あったらどうすんだよ。絶対脱がねえよ」
浴衣を脱いで押し入れへ放る。
「ちゃんと戻せって」
「戻したじゃん」
「投げただけだろ」
「細けえなあ」
客室を出て廊下を進むと、《従業員以外立入禁止》と書かれた札の残った扉があった。
「ここ何あんだろ」
「入んなよ」
「入るなって書かれると入りたくなるよな」
「ならねえよ」
中は小さな事務室のようだった。古い机と棚が残り、床にはファイルや書類が散らばっている。
俺はそのまま奥へ入った。
「汚ねえな」
「だから出ろって」
「ちょっと待てよ」
棚の上に、色の褪せた集合写真があった。
旅館の玄関前らしい場所で、従業員が何人か並んでいる。
俺は写真を手に取った。
「あれ。これお前に似てんじゃん」
「いいから出てこいって」
「ほら、見ろよ」
「だから、そういうとこ勝手に漁んなって言ってんだよ。マジで引くわ」
「何キレてんだよ」
「普通にありえねえだろ。人んとこの書類踏んで、勝手に写真漁って。早く出ろよ」
「はいはい」
写真を机へ戻し、廊下へ出た。
少し進むと、203号室があった。
Bが番号をライトで照らした。
「ここじゃん」
「何が?」
「203。さっき書いたろ」
「ああ」
203の戸は閉まっていた。
手を掛けようとしたとき、少し先にある205号室が目に入った。
そっちは戸が斜めに傾き、半分以上開いている。中も203より荒れていて、見るからに廃墟らしかった。
「いや、205行こうぜ。こっちの方ヤバそう」
俺が歩き出すと、Bが後ろから言った。
「お前203って書いたじゃん」
「だから何だよ」
「自分で書いたんだから203行けばいいだろ」
「肝試しにそんなルールあんの?」
「そういう話じゃなくて」
「こっちの方おもしれえって」
そのまま205へ入った。
Bも少し遅れてついてきた。
205は窓の一部が割れていて、冷たい風が入っていた。そのたびに入口の戸が動き、ガタッ、と音を立てる。
「閉めれば?」
「暗くなるじゃん」
「ずっとうるせえだろ」
近くに転がっていた木箱を戸の下に挟んだ。
「これでいいだろ」
「お前ほんと何でも雑だな」
「褒めんなよ」
「褒めてねえ」
部屋の中を見て回ったが、大したものはなかった。
古いテレビと空の冷蔵庫、割れた鏡。押し入れにも何もない。
「思ったよりなんもねえな」
窓際まで行くと、外には暗い山しか見えなかった。
「もういいべ。帰ろうぜ」
Bは部屋の入口に立ったままだった。
「203まだ行ってないだろ」
「もうよくね?」
「すぐそこなんだから、そこだけ見て帰ろうぜ」
「何でそんな203行きてえの?」
Bが一瞬黙った。
「お前が自分で書いたんだろ」
「だからって行く必要ねえだろ。俺もう帰るわ」
「すぐだって」
「じゃあお前1人で見てこいよ」
Bは何か言いかけて、やめた。
「……もういいわ」
「何が?」
「お前と来てもマジでつまんねえ。好き勝手やって、人の言うこと全然聞かねえし」
「お前が細けえんだろ」
Bはしばらく俺を見ていたが、やがて廊下へ出た。
「もういい。俺、先出るわ」
「はいはい」
そのままBは階段の方へ歩いていった。
俺は205号室をもう一度だけ見回し、少し遅れて廊下へ出たときには、Bの姿はもうなかった。
「おーい」
呼んでも返事はなかった。
階段を下り、受付の前を通って玄関へ向かったが、そこにもいない。
「マジで先行ったのかよ」
外へ出てもBは見えなかった。
相当機嫌を悪くしたんだろうと思いながら、自分の車へ戻った。
駿に何か言われるかもしれないが、まあ初対面だし、二度と会わなければそれまでだ。
エンジンをかけ、山道を下った。
しばらく走ると、スマホが立て続けに震えた。
電波が戻ったらしい。
路肩の少し広いところへ車を寄せ、画面を見る。
駿から何件かメッセージが来ていた。
《Bもやっぱ今日パスするって》
《初対面と2人は気まずいって笑》
《だから今日はなしな》
《また今度行こうぜ》
「……は?」
時刻を見ると、俺が旅館へ着く前だった。
画面を見たまま、しばらく動けなかった。
「いや……」
待ち合わせ場所にいたBの姿が浮かんだ。
そういえば、道路脇に停まっていたのは俺の車だけだった気がする。
Bがどうやって来たのかなんて、聞きもしなかった。
不意に、
「203まだ行ってないだろ」
という声が頭に残った。
俺は駿へ電話した。
数回鳴って、すぐに出た。
「もしもし?」
「おう」
「メッセージ見た?」
「見た」
「お前もう向こう行ってた?」
「……行った」
「マジで? 1人で?」
俺は少し黙った。
「いや……今日お前来なくて正解だったわ」
「何が?」
俺は答えなかった。




