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地方怪談集 ~短編・中編の怖い話~  作者: シシモヨウ
【第七話】肝試しに来た「友人の友人」のノリが悪すぎる
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肝試しに来た「友人の友人」のノリが悪すぎる

 俺と駿は、暇になるとだいたい一緒にいた。


 飯を食いに行ったり、ゲーセンに行ったり、車で意味もなく隣の市まで走ったりする。夜中にコンビニでコーヒーを買って、そのまま駐車場で1時間くらい喋って帰ることもあった。


 地方で、夜になると本当にやることがない。


 それにも飽きると、ときどき肝試しに行った。別に2人とも心霊マニアではない。動画を撮るわけでも、霊感があるわけでもなく、単に暇つぶしの一つだった。


「次の休み、何する?」


 数日前、駿とラーメンを食べていたときも、そんな話になった。


「なんもなくね?」


「隣町に廃旅館あるらしいぞ」


「廃旅館?」


「山の方。昔、温泉旅館だったとこ。もう何年か前から潰れてるって」


「入れんの?」


「入ったやついるらしい。夜に中から声聞こえたとか、2階の窓に女立ってたとか……あと、肝試しで入ったやつが、そのまま行方不明になったこともあるらしい」


「へぇー、ありきたりだな。あとさ、行方不明って普通に山で迷ったんじゃねえの?」


 駿が吹き出し、俺も笑った。


「じゃあ行く?」


「いいよ」


「あ、Bも誘おうぜ。こういうの好きだし」


「B?」


「前話したじゃん」


「あー……誰だっけ」


「俺がたまに遊んでるやつ」


「ああ、なんかいたな」


「いたなって何だよ」


 Bとは会ったことがなかった。名前も聞いたことはあったはずだが、その場では出てこなかった。


 駿が連絡すると、Bも来ることになった。


 3人の予定が合う日を決めた。当日は俺だけ隣町寄りのところに用事があったので、そこから直接向かい、駿とBは2人で来るという話になった。


         *


 当日の夕方、駿からメッセージが来た。


《悪い、今日行けなくなった》


 信号待ちでスマホを見て、


《は?》


 と返した。


《ちょっと用事できた》


《じゃあ今日なし?》


《Bは行くって言ってたし、2人で行ってきなよ》


《初対面と2人で肝試しとか気まずすぎだろ笑》


《お前なら平気だろ笑》


 少し考えて、


《まあいっか》


 と送った。


 もうかなり近くまで来ていたし、今さら引き返すほどでもなかった。


 そこから山側へ入ると道はすぐ細くなり、民家も次第に減っていった。スマホの電波表示も1本になり、そのうち圏外になった。


 待ち合わせ場所は、廃旅館から少し離れた道路脇だった。


 俺が車を停めると、ガードレールの近くに同じくらいの年のやつが立っていた。


 車を降りて近づいたところで、名前を覚えていないことに気づいた。


「え、あ、えっと……駿の友人、の?」


 Bは旅館のある方を指した。


「旅館あっちだよ、早く行こう」


「お、おう」


 2人で歩き出した。


 旅館は道路から少し奥に入ったところにあった。


 3階建てほどの古い建物で、玄関の上には大きな看板が残っている。ところどころ文字が剥がれていたが、建物自体は想像していたよりもしっかりしていた。


「うわ。ちゃんと旅館じゃん」


「思ったよりでかいな」


「これ普通に泊まれそうじゃね?」


「無理だろ」


「掃除すればいけるって」


「じゃあお前泊まれよ」


「500円ならな」


 玄関の引き戸は少し開いていた。


 中へ入ると、古い木と湿った畳の匂いがした。床には落ち葉が入り込み、壁際には剥がれた壁紙や細かなガラス片が落ちている。


 正面には受付があった。


 木製のカウンターの奥に棚が並び、壁には昔、客室の鍵を掛けていたらしい板も残っている。


 カウンターの上に、小さな金属製のベルがあった。


「あ、これ鳴るかな」


 押すと、チン、と澄んだ音がした。


「おお」


 もう一度押し、そのまま続けて何度か鳴らした。


「すいませーん、2名なんですけどー」


「おい。何回も鳴らすなよ。1回でいいだろ」


「何だよ」


 俺は笑いながら、もう一度だけ鳴らした。


「誰に気使ってんだよ」


 Bは答えず、ライトをカウンターの奥へ向けた。

 光が棚の下を通ったとき、分厚い帳面が見えた。


「ん? 何それ」


「帳面じゃね?」


 俺はカウンター越しに手を伸ばし、引っ張り出した。


 表紙を開くと、昔の宿泊名簿だった。日付、名前、住所、人数などが手書きで並んでいる。


「うわ。宿帳残ってる」


 何ページかめくったあと、俺は自分のペンを取り出した。


「俺も泊まっとくか」


 空いていた欄に、

《フランシスコ・ザビエル》

 と書く。


「何だよそれ」


「知らねえの? ザビエル」


「そうじゃねえよ」


 人数の欄に《1》と書き、部屋番号のところで顔を上げた。


 壁の鍵掛けには、木製の札がいくつか残っている。

 その中で目についた番号をそのまま書いた。


《203》


「よし。チェックイン」


 Bが横から宿帳を見た。


「書くなら本名で書けよ」


「嫌だよ。こんなとこに本名残す方が怖いだろ」


 俺は宿帳を閉じた。


「じゃ、行こうぜ」


 その前に、カウンターの内側が気になった。

 手をついて、そのまま乗り越える。


「おい。そっち入んなよ」


「何あるか見るだけだって」


「普通そこまで入らねえだろ」


「普通の旅館じゃねえじゃん」


 古い電話機が残っていたので、受話器を持ち上げた。


「はい、廃旅館でーす。ご予約ですか?」


「お前ほんとやめろって」


「本日まだ空室ございますよ」


「うるさいやつだな」


「よく言われる」


 受話器を戻して、棚に残っていた古いパンフレットを何枚かめくった。


「もう行くぞ」


「はいはい」


 受付を出て階段を上がると、2階には客室が並んでいた。


 戸が閉まった部屋もあれば、半分開いたままの部屋もある。番号札が外れかけているところもあった。


 開いていた一室を覗くと、押し入れに古い浴衣が残っていた。


「うわ、あるじゃん」


「触んなって」


 1枚引っ張り出し、服の上から肩に掛けた。


「どう?」


 Bは俺を見て、ため息をついた。


「宿泊してねえのに着るなよ……」


「旅館なんだからいいだろ」


 そのまま畳へ上がると、Bがすぐに言った。


「いや、靴くらい脱げよ」


「廃墟で靴脱ぐ方が馬鹿だろ」


「そういう問題じゃなくてさ」


「ガラスとか釘あったらどうすんだよ。絶対脱がねえよ」


 浴衣を脱いで押し入れへ放る。


「ちゃんと戻せって」


「戻したじゃん」


「投げただけだろ」


「細けえなあ」


 客室を出て廊下を進むと、《従業員以外立入禁止》と書かれた札の残った扉があった。


「ここ何あんだろ」


「入んなよ」


「入るなって書かれると入りたくなるよな」


「ならねえよ」


 中は小さな事務室のようだった。古い机と棚が残り、床にはファイルや書類が散らばっている。


 俺はそのまま奥へ入った。


「汚ねえな」


「だから出ろって」


「ちょっと待てよ」


 棚の上に、色の褪せた集合写真があった。

 旅館の玄関前らしい場所で、従業員が何人か並んでいる。


 俺は写真を手に取った。


「あれ。これお前に似てんじゃん」


「いいから出てこいって」


「ほら、見ろよ」


「だから、そういうとこ勝手に漁んなって言ってんだよ。マジで引くわ」


「何キレてんだよ」


「普通にありえねえだろ。人んとこの書類踏んで、勝手に写真漁って。早く出ろよ」


「はいはい」


 写真を机へ戻し、廊下へ出た。


 少し進むと、203号室があった。

 Bが番号をライトで照らした。


「ここじゃん」


「何が?」


「203。さっき書いたろ」


「ああ」


 203の戸は閉まっていた。


 手を掛けようとしたとき、少し先にある205号室が目に入った。


 そっちは戸が斜めに傾き、半分以上開いている。中も203より荒れていて、見るからに廃墟らしかった。


「いや、205行こうぜ。こっちの方ヤバそう」


 俺が歩き出すと、Bが後ろから言った。


「お前203って書いたじゃん」


「だから何だよ」


「自分で書いたんだから203行けばいいだろ」


「肝試しにそんなルールあんの?」


「そういう話じゃなくて」


「こっちの方おもしれえって」


 そのまま205へ入った。

 Bも少し遅れてついてきた。


 205は窓の一部が割れていて、冷たい風が入っていた。そのたびに入口の戸が動き、ガタッ、と音を立てる。


「閉めれば?」


「暗くなるじゃん」


「ずっとうるせえだろ」


 近くに転がっていた木箱を戸の下に挟んだ。


「これでいいだろ」


「お前ほんと何でも雑だな」


「褒めんなよ」


「褒めてねえ」


 部屋の中を見て回ったが、大したものはなかった。

 古いテレビと空の冷蔵庫、割れた鏡。押し入れにも何もない。


「思ったよりなんもねえな」


 窓際まで行くと、外には暗い山しか見えなかった。


「もういいべ。帰ろうぜ」


 Bは部屋の入口に立ったままだった。


「203まだ行ってないだろ」


「もうよくね?」


「すぐそこなんだから、そこだけ見て帰ろうぜ」


「何でそんな203行きてえの?」


 Bが一瞬黙った。


「お前が自分で書いたんだろ」


「だからって行く必要ねえだろ。俺もう帰るわ」


「すぐだって」


「じゃあお前1人で見てこいよ」


 Bは何か言いかけて、やめた。


「……もういいわ」


「何が?」


「お前と来てもマジでつまんねえ。好き勝手やって、人の言うこと全然聞かねえし」


「お前が細けえんだろ」


 Bはしばらく俺を見ていたが、やがて廊下へ出た。


「もういい。俺、先出るわ」


「はいはい」


 そのままBは階段の方へ歩いていった。

 俺は205号室をもう一度だけ見回し、少し遅れて廊下へ出たときには、Bの姿はもうなかった。


「おーい」


 呼んでも返事はなかった。

 階段を下り、受付の前を通って玄関へ向かったが、そこにもいない。


「マジで先行ったのかよ」


 外へ出てもBは見えなかった。

 相当機嫌を悪くしたんだろうと思いながら、自分の車へ戻った。


 駿に何か言われるかもしれないが、まあ初対面だし、二度と会わなければそれまでだ。


 エンジンをかけ、山道を下った。

 しばらく走ると、スマホが立て続けに震えた。


 電波が戻ったらしい。


 路肩の少し広いところへ車を寄せ、画面を見る。

 駿から何件かメッセージが来ていた。


《Bもやっぱ今日パスするって》

《初対面と2人は気まずいって笑》

《だから今日はなしな》

《また今度行こうぜ》


「……は?」


 時刻を見ると、俺が旅館へ着く前だった。

 画面を見たまま、しばらく動けなかった。


「いや……」


 待ち合わせ場所にいたBの姿が浮かんだ。


 そういえば、道路脇に停まっていたのは俺の車だけだった気がする。

 Bがどうやって来たのかなんて、聞きもしなかった。


 不意に、


「203まだ行ってないだろ」


 という声が頭に残った。


 俺は駿へ電話した。

 数回鳴って、すぐに出た。


「もしもし?」


「おう」


「メッセージ見た?」


「見た」


「お前もう向こう行ってた?」


「……行った」


「マジで? 1人で?」


 俺は少し黙った。


「いや……今日お前来なくて正解だったわ」


「何が?」


 俺は答えなかった。

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