16話 夢と、涙
私は、寒さで意識が戻る。 まるで、冷え込んだ夜に野営をしているかの様だ。
「さ……寒。 焚き火の前なのに……!」
目を覚ますと、そこは焚き火を囲んだ林の中ではなく、あの夢だった。
私は、海の上で横になっていたみたいで、立ち上がる。
だが、いつもの夢と違い、周囲の霧と足元の海は真っ黒で私が操ったあの漆黒のようだ。
今回は、酷い寒さもあり、異様だと感じた。
「何よこれ。 まるで、死の世界じゃない」
今までなら、変な世界の夢で終わるところ、今回は正に悪夢と言えた。
「ふぅー……ふぅー」
吐く息は白く。
寒さで両手を組んで、体を少し丸める。 それでも、体は震え出す。
早く目覚めてほしい。 そうすれば、この寒さなら逃れられる。
そう思っていると、後ろから気配を感じ取り振り返る。 だが、何もない。
だが、目の前の水面に波紋が出来る。
見えない何かがいる。
見えなくても、触れる事が出来るかもしれない。
私は、何もない空間に手を伸ばす。
「……⁉︎」
突然、私の中に何かの感情が流れ込んでくる感覚を覚える。 哀しみとも、悔恨とも傷心とも取れる感情。
悲しみは、あまりに強くなり私は胸を押さえて前屈みになる。
「……⁉︎」
突然、前が明るくなり真っ白になっていき眼を閉じる。
そして、眼を開けると何かの情景が映る。
青空の下で、青く透き通った広大な湖……否、海を見下ろす景色。
太陽に照らされ、透き通る海が青と緑に輝いている。
これは、誰かの視界を私が見ていると直感する。
私の意思とは関係なく視界が動き、隣を見る。
隣には1人の女性が立っている。 顔は良く見えながいが、綺麗な髪が風でなびいている。
《また2人で、この星々を散りばめた様な、海を見たいわね》
声の主は、視界の主であり隣の女性に言っているのだと直感する。
この状況意外な、気になったのが私の視線の高さである。
私の視界の主は、女性を見下ろしている。
だが、余りにも視界が高い。
これは身長が高すぎるのか、相手が低すぎるのかが分からない。 もしかしたら、夢だからなのかも知れない。
『そうですね。 また、この場所でこの景色を見ましょう』
彼女が、私に顔を向ける。
世界が暗転し、体が沈んでいく感覚に陥る。
そして、私の意識が遠のく。
♢
「――は! はぁっ……はぁっ……。 また、変な夢」
私は、目が覚めると、体を起こして息を整える。
夢の中の内容を思い出す。
暗さと寒さ……不安と哀しみの感情。
青空の下で、誰かと眺めている景色。
私には意味が分からない夢だった。
ただ、怪物の姿は見当たらなかった……ただ、それだけは分かる変な夢だ。
周囲を見ると、林の中だ。
「……?」
私は、違和感を覚え頬を触る。
「⁉︎……これって」
指が、濡れている。
なぜか、私は泣いていた。
「なぜ? 泣いているの? あの感情に触れたから?」
今まで、睡眠中に涙を流すなんて事は無かった。
あの、夢で泣いたのは間違い無いが、私には理由が分からない。
「……」
私は、涙を拭うと立ち上がる。 空が明るくなってきている林の中で、私は息を吐く。
焚き火の火が弱まっており薪を追加する。
「……」
焚き火を挟んだ向こう側を見ると、クラリーチェが背中を向けて寝ている。
弱まった火で、寒いのか少し体が動いている。
私は、薪をもう少し焚べる。
そして考える。 流石に、寝直す気にもなれない。
「まだ、あの感情が残っているし、気晴らしに訓練でもしようかしら」
弓矢を担いで、焚き火から離れる。
♢
日が昇った林に、重い音が響く。
「……」
ちょうど良い倒木を置き、ナイフで円を掘ってそこに矢を撃ち込む。
矢は円の中に吸い込まれていき、音が響く。
朝の、あの気分を紛らわすのには訓練が1番だ。
「……」
「朝から、頑張るね」
振り返ると、クラリーチェが石に座っている。
「そうね。 いざと言う時に、動ける様にしないとね」
私は、1番円の小さい部分を狙い矢を放つ。
矢は、円の真ん中に当たる。
「鈍らないように……ねぇ。 本当にそれだけ?」
クラリーチェの言葉に、私は弓を下げる。
「……本当よ」
私は、答える。 クラリーチェは、私を見てくる。
クラリーチェは、石からおりる。
「私が、雷に撃たれたって話をしたよね」
「ええ。 そうね」
昨日、彼女が話していたのを思い出す。
「それから、たまに変な夢を見るんだよね」
「……どんな、夢かしら?」
私が、そう言うとクラリーチェが話を続ける。
「霧のかかった深い森の中。 空は、緑に染まった変な世界。遠くには、天まで届く程の大樹がある世界の夢」
場所は異なるが、私と同じような夢だと思った。
「……ねぇ、その夢に何か出てこなかった? 例えば、大きな怪物とか」
私の言葉に、彼女は少し微笑む。
「出てきたな。 大樹のに近づくと、根本に何か大きな影が見えたな」
「その影は、どんな姿だったかしら?」
私が質問をすると、クラリーチェは首を振る。
「姿がわかる前には、目が覚めたよ」
「そうなのね。 でも、私もたまに見る夢と魔獣に締め殺されそうな時、貴女と似た様な夢を見ていたわ」
私は、改めて夢の話をする。
昨日は、夢の事までは話さなかったが、彼女も似た夢を見ているなら、情報共有をしておきたい。
「なるほどね。 やっぱり」
「やっぱり? 何の事かしら?」
「実はさ、アリスの漆黒が原因で倒れた後にさ、いつもとは違う夢を見たのよ」
クラリーチェは、話す。
彼女が見た夢の中は、霧が黒く染まっていく様だった。
最初は、自分にも纏わりつかれたが体が軽くなっていたと言う。
「だけど、状況は変わっていった」
最初は、良かったが黒い霧が濃くなり寒さも覚えた頃、急に吐き気や眩暈に襲われていく。
まるで、栄養が高いからと大量に食べて逆に気分が悪くなる感覚だったとも説明する。
「あれは、アリスの漆黒による影響なんだって思ったよ。 同時に、何か説明できないけど……なんか、懐かしさも感じたかな」
「懐かしさ?」
「そう。 良く分からないけど」
クラリーチェは、そう言いながら木の実を取り出すと口に入れる。
私は、彼女に質問をする。
「もしかして、私の後をつけたのって……楽しかったとかじゃなくて」
私が言い終わるまえに、クラリーチェが気の実を投げてくる。
私は、受け取るとクラリーチェが枝まで飛ぶ。
「それ以上は、言わなくてもいい」
「そうかしら? 私に、何を感じたんだったかしら?」
私は、彼女にイタズラな笑みを浮かべる。
だが、彼女も笑みを返す。
「さあね。 まぁ、寝ながら泣く程ではないけどね」
「……え。 は?」
彼女の言葉に、私は固まる。
寝ながら泣くって、今朝の話しの事だろう。
けど、彼女は寝ていた筈だ。
「その怪物が怖くて、泣いたのかな?」
「こ……この、妖精」
クラリーチェは、笑いながら話の奥に飛んでいく。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
私は、彼女を追いかける。
さっきまでの、空気が消し飛び騒がしい声が響いた。




