第10話 絵画と、信仰
太陽が昇り、世界を照らす。
起きた私は、シーツを整えて教会の広場に出る。
広場では、神父が石像に祈りを捧げている。
私は、並べられた長椅子に座ると広い空間を見渡す。
木造の内装を、日光が壁を照らしている。
神父が祈っている像は、女性であり鎧を身につけ剣を立てている。
私は、像を眺めていると神父は立ち上がる。
そして、私の所に来る。
「お待たせしました。 ミス・ユニヴェール」
神父が、笑顔を向ける。
「ただ、座って待っているのも退屈だったでしょう?」
「そんな事ないわ。 教会も静かで落ち着けるし、森と違うけど良い場所だと感じたわ」
「そう思って貰えて、私も嬉しく感じます」
神父は、小さくお辞儀をする。
「それでは、朝食にしましょうか」
「良いの?」
「ダメだなんて言いませんよ。 食事は1人より、2人の方が楽しいものですから。 だから、遠慮は要りませんよ?」
「ありがとうございます」
私は、お礼を言う。 泊まらせてくれて、食事も出してくれるのは、感謝してもしきれない。
「私も、何か手伝うわ」
流石に、何もしないのは悪いと思ったが、神父は首を小さく振る。
「ミス・ユニヴェールはお客様ですので、お気になさらないで下さい。 それでは、食事の場所まで案内します」
神父に案内された場所は、教会の裏手から細い廊下を出て隣接小屋に入る。
小屋内には、食事をするテーブルと椅子があり、私は座る。 神父は、奥に行くと私は1人になる。
私は、周囲を見渡す。
「……あれは?」
私は、壁に掛けられている絵画が目に入る。
私は、その絵画に近づく。
5匹の、翼と角を生やした蛇にもトカゲにも見える怪物と、剣を持った1人の女性が描かれている。
怪物を見て、村長の言葉を思い出す。
「世界に、厄災をもたらす……存在」
私が、呟く。 村長が言っていた怪物は、コイツらの事かしら?
怪物達は 緑・赤・黄・白・黒 に色分けされている。
「おや? その、絵画が気になりますか?」
振り向くと、神父が飲み物とグラスをテーブルに並べながら、私に声をかける。
「村を出る前に、村長が人間族に伝わる怪物の話をしていたので」
「そうですか。 セリオス教に興味が湧いたのかと思いました」
「セ……セリ……オス教?」
神父の口から出た言葉を、私は聞き返す。
「はい。 セリオス教は、我々を救う為に主であるクリスタルが人の姿となり、勇ましく戦った勇者。 サティナ様を神人として信仰する宗教です」
「クリスタル? サティナ?」
神父の口から、よく分からない言葉が出てくる。
「急に全部説明しても、分からないと思いますので、簡単に言うなら世界をお救いになったクリスタルの御加護を持った勇者様を信仰している……って感じですね。 因みに、聖堂にある石像がサティナ様です」
「そうなのね」
山や川を信仰する、エルフとは違うってのだけは理解したわ。
とりあえず私は、5匹の怪物の絵について聞いて見る事にする。
「この蛇の様な怪物達は、何ですか?」
私の質問に、神父は答える。
「5匹は、竜と言う怪物ですね」
神父の口から、また聞き慣れない言葉が出る。
「竜?」
「はい」
私は、絵画に視線を向ける。
「名前は……竜」
私は、絵画に視線を向ける。
神父は、絵画に近づく。
「各竜にも、名前があるんですよ。 例えば」
神父が、赤の竜を指差す。
「赤い竜はテュポーンと呼ばれていて、火を操ったとも言われています」
「……」
「黄色い竜は、ヨルムンガンドで大地を操ったといわれています」
神父は、竜の簡単な説明をする。
「竜達は暴れ、世界は滅びの危機に瀕していた……と、このような感じですがセリオス教に興味がでましたか?」
「少しだけ、ですね」
私の言葉に、神父は頷く。
「最初は、少しでも大丈夫です。 興味が出ましたら、また聞いてください」
「ありがとう」
私がお礼を伝えると、神父は女性を指差す。
「右に描かれた女性。 勇者、サティナ様ですね」
私は、勇者と呼ばれる女性を見る。 右手に剣、左手は白く輝き、頭上には太陽の様に竜を照らす鉱石が描かれている。
「因みに、サティナ様の左手が輝いているのは、白銀と呼ばれる白魔術を扱っているからですね。 そして、彼女の頭上で輝いているのは、我が主であるクリスタルです」
神父は、絵画を指で線を引く様になぞる。
「今、私達がこうして滅びる事なく過ごせているのも、サティナ様のおかげなのですよ」
「勇者のおかげ……ね。 ごめんなさい。 貴方達の信仰を否定するわけじゃ無いけど、私には実際にあった事なのか疑ってしまいますね」
私の反応を見た神父は、微笑む。
「お互いに信仰が違うので、納得は出来ないと思いますね。 ですが、お互いがお互いの信仰や価値観を尊重し、信じるかは別として、他の信仰を知っていくだけでも良いと私は思いますね」
「……他の、信仰を知る」
「はい。 信仰を知り、理解し認める。 それが、中々に難しいんですが」
「……」
私は神父の言葉を黙って聞く。
神父の表情から笑顔が消え、真剣な眼差しを私に向けてくる。
「ですので……ミス・ユニヴェール」
「な、何かしら?」
私は、神父の言葉を待つ。
「……どうか、私に貴女の……エルフの信仰について、私のこの耳に聞かせて欲しい」
「……」
何を言うかと思えばと、私は拍子抜けした。
それと同時に、泊まらせてくれた恩もあるので、私は頷く。
「おお。 ありがとうございます。 では、食事が終わりましたら聞かせてくださいね」
神父はそう言うと、パンや野菜のスープや飲み物を並べていく。
「それでは、朝食の準備が出来たので、座りましょうか」
神父に言われて、席に座る。
「それでは、食前の祈りを捧げましょう」
祈り? 私は神父を見ると、両手の指を組み顔の近くまで寄せている。
「クリスタルよ。 日々を無事過ごせる事に感謝して、この食事を頂きます。 ここに用意されたものを祝福し、私達の心と体を支える糧としてください。 私達の勇者、サティナ・メグ・セリオスによって」
祈りが終わったのか、神父が私に微笑む。
「お待たせさました。 ミス・ユニヴェール。 それでは、食事にしましょうか」
神父が、野菜を取り分ける。
そして、料理を前にして私は手を合わせる。
「いただきます」
私が言うと、神父が私の方に向く。 特に、何も言ってこなかったが、少し気になった。
そんなこんなで、私達は朝食を食べる。
♢
朝食後、部屋の掃除を終わらせ、聖堂に向かうと村の人達が椅子に座り祈りを捧げている。
「もう、出発されるんでね」
神父が、私に聞いてくる。
「そうですね。 そろそろ、村を出ようと思います」
私は、神父に向き直る。
「一泊させてもらって、朝食もご馳走になってとても感謝しています。 ありがとうございました」
「いえいえ。 いつもは、1人寂しく食事をするので、久しぶりに楽しかったです。 こちらこそ、ありがとうございます」
お互いに、感謝を述べる。
「出発する前に聞きたいのですが、食事の時に祈りを捧げた時は驚いたのではないですか? 私が目を開けたら、呆気に取られていた気がしましたよ?」
「そうですね。 食事前に、祈るなんてしないから正直驚いたわ」
私は素直に言うと、神父も小さく頷く。
「確かに、そうですね。 あ、そう言えば」
「?」
神父は、何かを思い出した様子で私に向く。
「ミス・ユニヴェールが食事前に、いただきますって言うのは、どう言う意味でしょうか?」
「いただきますの意味?」
物心がついた頃からの行為で、余り深く考えていなかった私は、一瞬考える。
「……そうですね。 私達エルフは、自然の恵み……食材の命と言った方がいいかしら? それらをありがたく、いただくという感謝の気持ちと、恵みを育てる自然に対する感謝の気持ちを込めて、手を合わせて"いただきます"って言うのよ」
まだ、子供だった頃にそう教えられた言葉を、神父に伝える。
神父は、真剣な表情で頷く。
「なるほど。 アクシオス教では、食事の祈りは主であるクリスタルに感謝と祝福を捧げるものですが、エルフ族は自然と動植物の命に感謝を述べて食事をするのですね」
神父は、顎に指を当てる。
「エルフの、信仰対象は山岳であり大自然。 その営みから、生まれた動植物に感謝するのは当たり前の行為……ですね」
神父が、1人で呟いている。 神父は、私が見ている事に気がつく。
「……あ! すいません。 少し考え事をしていました。 昨日、ドワーフの名を出したと思いますが、彼らは片手を掲げてから食事はしますが、いただきますは言わないので同じ山岳信仰でも違うのだなって考えまして」
「ドワーフが?」
エルフ以外の、山岳信仰は知らないから、何とも言えない。
「そうですね。 彼らも山岳信仰で、山とそこで取れる鉱石を信仰しています」
「鉱石? 私達は、川だから全く違うわね」
「そうですね。 ですが、2つの共通しているのは、川も鉱石も山から産まれるって所ですね。 川は山から流れ出し、鉱石は山の中から掘られる」
神父は、小さく頷くと目を瞑る。
「もしかしたら、他にも何か似た所と違う所があるのかも知れないですね。 例えば……そうですね」
神父は腕を組みながら考えている。 そして、目を開ける。
「象徴……とか」
「象徴?」
「はい。 ドワーフで蛇は繁栄の象徴です。 エルフも象徴はあるのではないですか?」
「エルフで蛇は、再生の象徴ですね」
「なるほど、再生ですか!」
神父は、頷いている。
「ドワーフで蛇が繁栄なのは、脱皮の度に、大きく成長する姿をみて、"成長"する蛇を"繁栄"の象徴にしていると……聞きましたね‼︎」
神父の声が、徐々に大きくなっている。 周りの視線が恥ずかしくて、私は背中を少し丸くする。
「エルフで、再生の象徴と言われる理由は、何ですか?」
「それは――――」
私は、理由を説明する。
神父は、大きく頷いている。
「なるほど‼︎ しかし、なぜ種族によって蛇の象徴が違うのでしょうか? これは、後で調べなければスッキリしませんね。 他の種族の山岳信仰での象徴は、何だったでしょうか」
神父は、思い出そうと腕組みをしている。
だが、すぐに首を振る。
「いやはや、思い出せないですね」
神父は、苦笑いしている。
「私が思い出すのを待つの、ミス・ユニヴェールの旅の邪魔になりますね」
そう言うと、神父は私に向く。
「今回は、色々と話を聞けて良かったです。 ありがとうございます」
神父は話を続ける。
「また、町を訪れる事がありましたら、また教会に来てください」
「わかりました。 ありがとうございます」
私と神父は別れる。
教会を出る時、神父が深くお辞儀をする。
私も、お辞儀をして教会を出る。
町の出入り口まで来ると、私は振り向き見渡す。
夜とは、違った活気ある町並に、私は少し心が躍る。
そして、私は新たな場所に向けてイヴと歩き出す。




