32話 体育祭の帰り道
いつもと同じように見えて、違う帰り道。
今日は雪河朱音が恋心に気づいた日。そして今こうして二人で歩き言葉を交わしていないせいか、雪河はどんどん自覚し始めており赤面しており視線を落としていた。
関口はその様子を見て少し心配する。
(やっぱり、二人三脚の結果が悔しいのかな)
約束事が無くなったにしても、勝負事で負けるのはやはり悔しいものだ。
それが真剣勝負で負けられないことならなおの事。
関口はどう言葉をかけるか悩んでいた。
「……」
「……」
いつもの長い時間の沈黙……関口は別にこれでもいいかと思っていた。
無理に話さなくても、ただ隣で歩く。それだけでいいんじゃないかと思っていた。
何度も二人で帰っているので特段気まずいという事はない。
無理に話そうとするから気まずくなるだけで普通にしていればいいのだ。
(とはいえ……心配なのには変わりないんだよな)
関口はそう心の中で独り言ち、目線は前を向いたまま話しかける。
「……体育祭、楽しかったね」
「うん、そうだね」
「……」
「……」
今まではこんな感じで会話が終わってしまえば絶対に重い空気が漂うのだが……今日はやはりそういう雰囲気が流れるという事は一切なかった。
むしろ、雪河の心はどんどん軽くなるような感覚に陥っていた。
(なんでだろう……不思議だ。こうして黙って帰っててもなんか落ち着くというか……本当になんでだろう)
先程まで好きと自覚してしまったというのもあり顔も赤く、どうしていいのかわからなかったが今は普通でいられる。
本当に不思議な感覚だ。
そしてそこからまた沈黙した時間が続き、二、三分が経過したところで今度は雪河が話しかけていた。
「リレー……すごくかっこよかったよ」
「ほんと?今考えると結構恥ずかしいけどね」
「そんなことないよ!みんな関口くんの事で話が持ちっきりだったし、すごいね……本当にすごいよ。どんどん皆に注目され始めるんだもん」
雪河はここまで言った所で我に返り肩を竦める。
関口は怪訝そうな顔をしていたが、視線を空に向けながら言った。
「すごいのは雪河さんの方だよ」
「……え?」
「もし俺が雪河さんの立場だったら、何度も心が折れてたと思う」
雪河はこの時、体育祭のことを言っているんだろうと思っていたが……関口は違った。
雪河朱音という人物に対し、言っていた。
高校に入学してから現在に至るまで、雪河朱音という人物像を自分自身が汚さないようにする……そんなこと普通はできない。でも彼女は今も尚続けており、ずっと学校内でトップの成績、トップの人気を保っている。
いくらすごいといっても雪河はきっと「そんなことないよ」というのだろう。
そう言うのを全部、わかったうえで関口は告げるように言った。
「俺は、雪河さんを尊敬してる。俺にはできないことを平気でやってのけて、皆を明るく照らす人……俺はそれを知ってるから、二人三脚のガチ対決はすげぇ燃えた。本当にかっこよかった」
「……ッ」
そんなことを言われると思っていなくて、気が付けば雪河は涙を流していた。
他の誰でもない、関口祐介に言われたのが嬉しくて、嬉しくてたまらなかったから出た涙。
雪河は嗚咽し、涙を拭いながら口にする。
「ずるいよ。関口くん……本当にずるい」
「ず、ずるい?」
雪河の言葉に関口は肩を竦めながら言う。
本来、これを言うのは自分だったのにと……雪河はそう思っていた。
「私は、関口くんのように器用じゃない。今日の二人三脚も、借り物競争も、きっと関口くんだったらもっとうまくやれて一位とか平気で取れたと思う」
なんで私、こんなこと言ってるんだろう。
そんなことを言いたくて一緒に帰ろうって誘ったわけじゃないのに。
むしろ、尊敬するのは私の方なんだよ。関口くん。
自分の発言に後悔する雪河だったが、関口はそれを否定するわけでもなく、ただいつも通りの優しい声で言った。
「雪河さんには雪河さんの良さがある。一位が全てじゃない。大事なのはその過程だよ」
「……過程?」
「うん、雪河さんの努力や葛藤、全員に見せてきたわけじゃないけど知ってる人は知ってる。幼馴染の布瀬さんや、俺、伊藤たちもそうだ。でも何より……それを一番知ってるのは自分だよ。」
「……ッ」
「だから二人三脚の時、悔しかったんだよね?練習もたくさんして、勝ちたいっていうのがすごい伝わってきた」
あぁ……やっぱり関口くんはすごいや。
白赤生徒会長とはまた違う見透かし方だ……本当にすごいよ君は。
そうだよ。私はあの時……関口くんがとられてしまうって思ったけど、それ以上に単純に二人三脚で負けたのが悔しかったの。
そしてその瞬間、もっと私は関口くんの事が好きになった。
雪河はこの時、何も言えなかった。
厳密にいえば言いたかったが嗚咽で言いたいことがいえなかったというのが正しい。
それでも関口は何も言わず、ただ隣で背中を軽くさすっていた。
しばらくすると雪河は泣き止み、関口の方へと視線を向ける。
「ありがとう関口くん。ほんとに、ありがとう。」
好きだよ。反射的にそう言いそうになった。
ずっと、独り占めしていたい。こんなかっこよくて、優しい人、私は関口くんしか知らないし、知りたくない。
そして関口くんはまた、優しい顔で言った。
「それじゃあ、帰ろうか」
「うん!そうだね!」
二人はそうして自分の家へと帰った。
この時、関口は心臓がどきどきで仕方がなかった。
雪河の泣き顔が可愛いのはもちろんの事、自分自身の発言、行動が気持ち悪いと振り返っていた。
自分の部屋に着くなり、布団へダイブして枕元に叫ぶ。
「ぐわぁぁぁあああ!キモイ!キモすぎるぞ俺!何上から目線でものを言ってるんだ!やばい……嫌われたかな?」
今度は枕を頭の上に置いてうずくまるようにする関口。
用事があり弟の部屋に来ていた姉がジト目で話しかける。
「何してん」
「うわっ!?姉さん!?ノックくらいしろよ!」
「したんですけど……」
叫んでいたせいでそのノック音が聞こえなかったのだろう。
用事できていたはずの姉は初めて見る弟の行動ににやにやしながら言った。
「もしかして今日の体育祭でいいことあったのん?」
「どこを見てそう言ってるんだよ!」
「自分の発言に後悔するって事は気持ちが高ぶってた証拠だよん」
「……ッ」
姉が核心突いたことを言うと弟の祐介は何も言えず黙りこくり視線を逸らしてしまう。
それをいいことに姉は近づき頬や横腹をツンツンしながら言った。
「それで~?君がそんなんになってるって事は~?」
「だから、そんなんじゃないって」
「んもう!ノリが悪いんだから」
「姉さんのノリがきつすぎるだけでしょ」
「……ギクッ、言っちゃいけないこと言ったね!」
姉は頬を膨らませてまるでぶりっ子のような仕草をするが、弟はそれに触れることなく布団から起き上がる。
「んで、何の用?」
「あ、そうだった……もう少しであんた夏休みじゃん?私とお母さんで海外行くから家いないよ~って伝えときたくて」
「ふ~ん、そっか」
「あ、くれぐれも羽目を外し過ぎちゃだめだからねん」
「だまれ」
にやにやしながら言ってくる姉を部屋から追い出し、関口は椅子に座って手を頭の後ろに組む。
(母さんと姉さんがいないのか~……まぁ別によくあることだもんな)
そしてふと、関口は気になってしまった。
「雪河さん……今何してるんだろ」
◇
雪河はというと……帰ってきた瞬間関口同様布団にダイブして足をバタバタとさせて悶絶していた。
「バカバカバカ!なんで私泣いたの!?絶対嫌われちゃったじゃん!」
それでも……あの優しさは今でも思い出すだけでドキドキしてしまう。
ずっと、あそこにいたい気分だった。
何でも肯定してくれて、何でも許してくれそうな、そんな感じ。
関口を考えてしまうと自然と顔がにやけてしまう雪河。
「……関口くんは私の事……どう思ってるんだろう」
この思考が何度も頭の中で蘇ってしまう。
もし雪河の事が嫌いだったり、なんとも思っていなかったらあんな態度はとらないだろう。
でもだからといって好きなのかと言われたら全く分からないし、下手したら相手に失礼だ。
雪河はぐるぐると頭の中で考えショート寸前。
そして、何も考えず出た言葉が……
「関口くん、今日もかっこよかったなぁ」
関口に対する想いだった。
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